北条杠葉_ホウジョウユズリハ



『……許してあげて。』

『…………ね。……ら、……っていて…。』




「…………ん。」

目がぼんやりと開く。

小鳥のさえずりが耳に響く。


時々みる母の夢。


重い身体を起こしいつものように朝の支度を行う。



私の母は8年前、私が10歳の時に他界した。

幼き頃に母は父を離れており私は父の顔すらしらない。

知ったところで何も変わらないのだからあまり気にしたことが無かったのだ。


母は回復魔法が使え、町の病院に勤めていた。

大好きだった母。

先生からは魔力の使いすぎによる死と言われた。


魔力は時に命。

基本的に魔力は使い切れば致命傷となり回復までに時間を要するか場合によっては魔力が消えてしまうこともある。

その中でも回復魔法は特殊な分類であり、限度を超えると、身を削り始め、主の命でさえも削ってしまうとされている。



母に何が起きていたのか。

母は何故死んでしまったのか。

まだ幼い一人娘を残して。






「お母さん、おはよう」


未だ気持ちに整理はつかないものの、今日も母の写真の前で手を合わせて、母に笑顔を向ける。


私の名前は北条杠葉ホウジョウユズリハ

母が亡くなってからも、母と過ごした家に住んでいる。

家も贅沢に広いわけでもないので割と丁度いい家である。


いつものように朝ごはんの用意をする。

白米とお味噌汁と魚を焼く、魚を焼いている間に小指の第一関節程の大きさのおにぎりを2つ。軽く塩をまぶして、白皿の上に置く。

魚が焼けたら自身の皿に乗せ、食卓の上に用意したご飯を満足そうに見つめ、再び真実へ足を運ぶ。



階段を少し登り寝室のドアを開けベッドのサイドテーブルの上にいる拳ほどの大きさの私の友達。

窓から風が吹き彼の髪をさらりと揺らす。


「カイさーん、朝ですよー、起きてくださいー」


そう声をかけると、ピクっとし閉じていた瞼が少し開く。

 

「……まだ眠い。」

「朝ごはんが出来ました。」

「………………zzz」


いつものことかと軽いため息をはき、両手でカイを掬い上げそのまま食卓に向かう。



 

食卓につくとまだうとうとしているカイを、白皿の前にちょこんと座らせ自分も席にかける。


「いただきます!」

と杠葉だけ声にし先に食べ進める。


カイは精霊である。

何の精霊なのかと聞いたことはあるけど、その度カイは居眠りの精霊かおにぎりの精霊と言った。

 

カイとは5歳の頃に家の裏山で出会った。

初めて精霊を見て私の心がとても踊った事を今でも覚えている。

カイは毎日木の上で寝ており、私も毎日カイに会いに行った。

彼のことがとても不思議で気になって…

友達になりたくて。


毎日会いに来る私を鬱陶しそうにしていたであろうカイは、ある時私にこう言ってきた。

 

「いい寝床を約束するなら、友達になってやる。」


その日から、小さな同居人が出来たのだ。






目の前にいる同居人はやっと起き、おおきな欠伸をしながら予め机の上に用意しておいた濡れたハンカチで手を拭きおにぎりを食べ始めた。


「っ!これは、米がいつもと違うぞ!」

目を輝かせカイがこちらを向く。


「近所の叔母さんから頂いたの!

 少し上等なお米なんだって。」


「これは美味だ、米はとても至福だ。」

そう言いながら美味しそうにカイはおにぎりをすぐにペロリとたいらげた。


朝ごはんを済ませ窓際の風当たりがいいベストポジションでまた眠り始めたカイを横目に私は片付けをし、残りの家事を行う。


外に出て洗濯を干していると玄関から声が聞こえた。




「おう、杠葉!」

「おはよう〜」

腕を袖に入れてぶっきらぼうに名前を呼ぶ白髪に赤い瞳少し目つきの悪い男はユウ

ヒラヒラと手を振り挨拶をしている少し褐色の肌に黒いふわっと癖がある髪の男は桂木誠カツラギマコト

2人とも幼い頃からよく遊んでいた、いわゆる幼馴染というやつである。


「悠、誠おはよう!朝早くから2人してどうしたの?」

 

「なんだよ、用がなきゃ来ちゃおかしいのかよ。」

 

「ははっ、悠、お前はそういちいちに噛みつかない噛みつかない。杠葉、今日夜に加賀美亭で祝いの宴があるんだ。環さんが杠葉も連れてきなさいと誘いがあったから、2人で今日の買い出しがてら朝から寄らせてもらったんだ。」


「私もいいの?加賀美亭の宴なんて美味しいものがきっとたくさんあるね!」


「お前は食い物のことしか頭にないのかよ。あー、あとちっこいのも可哀想だし連れてこいよ。俺らも忙しくてお前のところあんまり顔出してやれねえと思うし。そっちのが心細くねえだろ。」


「カイ?うん!わかった、連れて行くね!」


「夜に始まるから、誰か迎えをだすと環さんが言っていたよ。夕刻に使いが来るだろうから一緒においで。」


「迎えなんていいのに!加賀美亭のみんな忙しいのに申し訳ないよー。」


「甘えておけよ。お前に何かあったら環さんがうるさいくらいに心配するだろうから。」


「悠も心配だろうしね、僕もそっちの方が安心だよ。」


「ッ!誠、何勝手なこと言ってんだよ!まあ、とりあえずちゃんと支度しておけよ。」


そう悠が言い捨てくるっと方向を変え、誠に小言を言いながら門の外へ向かう。悠の小言を気にしてないかのように笑って対応し、こちらに手を振る誠。


いつもの光景にフッと笑みが溢れ、門へ向かう2人の黒い衣の背に手を振り家に入る。






「朝からうるさいヤツの顔をみた。」


家に入ると窓の淵にもたれ掛かり座っているカイがポツリと呟く。


「もう、なんで悠もカイもお互い悪態をつくかなー。」

昔から2人は口も悪いので喧嘩という喧嘩はしないが馬があまり合わないようだ。


「俺はただ、うるさいやつをうるさいと言っているだけだ。」


「んー、もう。分かりました。あと今日夜にねっ」

「加賀美亭の宴だろ?聞こえてたよ。着いていけばいいんだろ?」

「行ってくれるの?ありがとう、カイ」

「あぁ。」


快く了承してくれたカイの頬を撫でお礼を言う。

カイは不満そうな顔をするもののそれを受け入れる。


「よーし、夕刻までにやることやらなきゃ!」

そう気合いを入れ腕を捲る。

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