後日譚

 私には、好きな人がいます。幼稚園の時からずっと好きです。大好きです。

 家が近いので、小学校も中学校も一緒でした。流石に高校は別々になってしまうだろうと、中学の卒業式で号泣したのに、いざ高校の入学式に行ってみると、彼は私の斜め前の席に座っていました。わざと狙ったわけではないのです。本当です。それなのに同じ高校で、しかも同じクラスだったのです。

 運命だと思いませんか?

 でも私には勇気が無いので、告白なんてできません。だけどこんな私も、人並みにお付き合いとかしてみたいのです。いっそ彼が遠くの高校にでも行ってしまっていたら、簡単には会えないような存在になっていたなら、告白してくれたちょっと好きかもと思える別の誰かと、お付き合いする気にもなったはずです。でもこんなに近くにいたら、そんなことできないじゃないですか。

 ―――すみません、嘘つきました。

 仮に彼に会うことができなくなっていたとしても、私は彼を忘れることなんて、彼以外と付き合うことなんて、できなかったと思います。


 私と彼は友達です。客観的に見ても、親友と呼んでよいほどに親密な間柄だと思います。でも、恋人ではありません。どこまでも仲の良い、親友、です。

 彼は誰ともお付き合いしたことがありません。ずっとそばにいたのですから、それくらい知っています。彼が恋人をつくらないのは、つくれない、からでは決してありません。彼はよく告白されているからです。しかも相手はとても可愛い子や性格の良い子たちばかりです。はっきり言って、もったいないです。でも、私としては嬉しいです。

 一度だけ、彼に直接「どうして彼女つくらないの」と訊いてみたことがあります。

 すると彼は顔を赤く染めて、そっぽを向きました。私は鈍感なわけではありません。直ぐにピンときました。

「好きな子がいるんだ」

「うるさい!」

 更に顔を赤くした彼は、その日一日、目を合わせてくれませんでした。

 私はとても切なくなりました。好きな人に、好きな人がいることがわかってしまったわけですから。

 私は余計に、彼に告白する勇気が無くなりました。


 一年とは早いもので、私たちは高校二年生になりました。クラス替えをして欲しくないと思っていましたが……在ってくれて良かったです。私はまた彼と同じクラスになりました。その上、同じ中学だった友達とも、一緒のクラスになれました。とても幸せです。

 ―――きっとそこで、私の幸せは使い果たされてしまっていたのです。


 大好きだった祖父が、亡くなりました。しかもそれは、私の責任でした。私には元々、普通の人にはない特別な力があったのですが、私はその力をとても嫌っていたので、その力に真面目に向き合うことをせず、ずっと逃げていました。だから、その報いなのです。


 その一件以来、私は自分の力や、自分自身と、真面目に向き合うことにしました。


 私は、彼に想いを伝える決心をしました。


 以前ひょんなことから彼と恋愛の話をしたことがありました。そのとき彼が、告白されるなら直接がいいな、と言っていたのを覚えていたので、私は放課後、彼の家の前で、部活帰りの彼を待ちました。私を見るなり、彼はとても驚いた顔をしましたが、いつもの優しい笑顔で

「どうした?」

 と声をかけてくれました。

「私ね、好きなの」

「……?」

 失敗しました。主語を言うのを忘れました。まだ彼には伝わっていません。しかし、「好き」と言うだけで全ての勇気を振り絞ってしまった私は、もう一度告白し直す力は残されていませんでした。

 その場で真っ赤になって固まってしまった私を見て、感のいい彼は、何かに気づいたようでした。

「あのさ、俺に好きな人がいるの、知ってるよな?」

 肯きました。振られるんだな、と思いました。ちゃんと告白してさえいないのに。

「俺さ、早鳴が好き」

 きっと、主語を聞き間違えたに違いありません。だって、早鳴、というのは私の名前です。振る相手の名前が主語で、述語が好き、なんて矛盾して、

「ずっと前から、早鳴が好きだった。今も好き。これからも好き」

 頭が、思考を放棄しました。

「俺と、付き合ってください」

 頭が真っ白だったからこそできたのでしょう。

 私は、彼の胸に飛び込んでいました。


 こうして私は彼の彼女となったわけですが、どうやら私の幸せはまとめ払いで、不幸もまとめ払いらしいです。

 私は今、不幸のどん底です。


 昨日、初めて学校内で“目”を使いました。好きな人のことは何でも知りたいです。―――寿命だって、知りたかったのです。


 七三六日


 それが彼の頭上に表示された数字です。彼の寿命は、あと二年と六日です。


 どうして、もっと早く告白しなかったのでしょう。

 どうして、もっと早く彼の寿命を“視”なかったのでしょう。


 もっと早く知っていたら、もっとたくさん彼の傍にいようとしたでしょう。

 彼はあと二年六日しか生きられない。


 それでも、彼は私の中で、永遠に生きるでしょう。

 初恋の人として

 最愛の人として

 私の中で、生き続けるでしょう。


 二年六日後、彼は自然に息を引き取るのでしょうか。

 ―――それとも、私が送るのでしょうか。


 今はまだ、二年先のことなんてわかりません。


 今の私にできるのは、その瞬間まで、なるべく多くの幸せなときを、彼と過ごすことだけです。


「大好きだよ」


 あと何回言えるかわからないから。

 私は今日も惜しみなく伝えます。

 恥ずかしいなんて泣き言は言いません。


「愛してるよ」            ―――――完

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清士と志士 桜田 優鈴 @yuuRi-sakura

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