壱 鎖と楔
耳からではない。脳に直接送り込まれてくる特殊な音。さっきからやけに五月蝿いと思ったら、真っ赤な消防車が三台、私の脇を走り抜けていった。その先に視線を向けると、遠くにもくもくと煙があがっているのが見て取れた。
「ねぇ聞いてる?」
「え」
とんっ、と肩を叩かれ我に返る。
「全く。
校章入りの学生鞄をリュックのように背負ったクラスメイトが、私の顔を覗き込んできた。そこでようやく、いつも独りで帰っているのに下駄箱でいきなりこいつに捕まり、何故か一緒に帰る破目になっていたことを思い出した。下校途中の考え事は、私の至福のひと時なのだ。邪魔をしないでもらいたいところだが、相手がこいつである時点でそれは叶わぬ願いだった。
「あなた、何で私についてくるわけ」
「えー。たまには深麗香ちゃんとお話してみたいな的な」
イラつく。
「私はあなたと話したいなんて思ってないですから」
「うわー、噂通りの毒舌だね」
そんな風に噂されてるのか。別にいいけど……微妙に傷ついているらしい自分が一番悲しい。
「そんな噂聞いてるなら、尚更あなたが私に用もなく近づいてくる意味がわからないのだけれど」
「用ならあったりするんですよ」
笑った顔はまあ見る人が見れば可愛らしいと評価しないでもない出来だった。こんな様な顔のアイドルをテレビで見た気がする。興味ないけど。私にはただのアホ面としか映らない。
「用があるなら早く済ませてくれない?私は暇じゃないの」
直ぐに本題を言わなければ無視して帰ってやろうと思った。確かにそう思ったが……こいつはあまりにもあっさりととんでもないことを言い放った。
「私、一遍死んでみようと思うんだ」
✻ ✻ ✻
それはあまりにも突然で、ともすれば聞き流せるくらいの自然さだった。「明日のテストノー勉で挑もうと思ってるんだ」というカミングアウトと同じほど日常に溶け込んでいた。しかしその内容は、絶対に自然じゃない。
直ぐ隣を歩く新谷は、くるりと内側にカールした自身の髪を玩んでいる。ほんの数十秒前にとんでもない発言をした張本人であるにも関わらず、別段変わった様子もない。普段どおりの、今時女子高生だ。さて、私はどうしたらいいのか。
いっそ本当に聞き流してしまおうかという名案が脳裏を過ぎったその時、ぱっと新谷が私の方を向いた。
「深麗香ちゃん、私の鎖になって」
「―――は?」
思わず立ち止まり、新谷の顔を見詰めてしまう。鎖になれ、なんて意味がわからない。
「えっと…イマイチ話が見えないのだけれど」
困惑する私を、あろうことか新谷はスルーして、歩き出してしまう。仕方なく私も追いかけるように止めていた足を前に出す。
「深麗香ちゃんってさ、霊感あるらしいじゃん」
会話の主導権は、今や完全に新谷のものだった。深く考えることが馬鹿らしくなり、素直に頷いた。誰から聞いたか知らないが、確かに私は霊――死者の“音”が聴こえる。
「それって、『清士』の力でしょう」
「……!」
『清士』のことは誰にも話したことがない。教えるわけがない。知っているのは、私の家族――大黒家の者達だけであるはず。
「どうして、そのこと……」
大体、普通の人が『清士』という者達の存在自体、知っているはずがないのだ。知ってはいけないのだ。
清士。広辞苑には、「清廉の士。心が清くて私欲のないこと。廉潔」とある。私の一族は遥か昔から、正にこの名が表すように私欲なく身を尽くして人々のためにあることをしてきたのである。
このことを知っているのは大黒一族だけ……いや、もうひとつだけ、可能性があるではないか。
「まさかあなた、『志士』なの……?」
新谷は笑顔で「正解」と答えた。
―――明らかに作り物の笑顔で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます