第2話 謎の声
「何処かいい場所はっと」
レームは濡れていない地面を探し良さそうな場所に背負っていた荷物を下ろた。
背負い鞄から簡易コンロと小さめの鉄板を取り出し手際良く設置していく。
ものの数分で準備が完了し丁度いい丸太に腰をかけると、布の包みを取り出した。
巻かれた布を解き先程処理した牙鼠をナイフで食用に加工していき、加工の終わった鼠肉にオニオとガリクの果肉を串に刺し自家製のシーズニングをよく振りかける。
「今日は焼いて食べるか」
基本街の中でも牙鼠の肉は安価で売られている為レームは普段からよく食している。
熱した鉄板に油を引き牙鼠の肉を乗せて行くとじゅうっとなんとも香ばしい匂いが漂ってくる。因みにこの迷宮では割合にポピュラーな光景でもある。
「あっち。ふぅ...ふぅ。うめぇ」
昼食を満足に終え荷物やゴミをまとめる。
少し脚を揉みほぐして軽くストレッチをして古傷の痛みを緩和する。
(予定より早く終わったな、少しだけ牙鼠も狩っていくか。)
ギルドでは定期的に特定の魔物の駆除依頼が発行される。
迷宮内の魔物の数は常に変動があり、定期的に間引きをしなければ稀に迷宮外に出て来た事例や、進化を遂げ白級では対処できない魔物が出現した事例があった為だ。
駆除依頼も僅かながら報酬が出るしその他にも肉は食料品店や肉屋で、牙は道具屋や錬金ギルドで買い取ってくれる為狩りに専念する新人探索者は非常に多い。
牙鼠の足跡や巣穴を探して数体狩り終えた頃、何処からか声が聞こえた。
【こ◯△ち◻︎⚪︎】
気の所為と思えるほど小さな声だ。
「誰だ?」
声が何処から聞こえたのか分からず注意深く探るが如何せん森の中の為、木々や風の音などでよく分からない。
どうも声は女の声のように聞こえたが。
他の探索者かと思い耳を澄ますと。
「チ゛ュウ!」
一匹の牙鼠が目の前を走って行った。
何気なくその牙鼠を目で追っているとその鼠が不意に消えた。
!?
驚き近寄ってみると、茂みで隠れてはいたが人が入れる程の空洞が地面にあるようだ。
『牙鼠の森』という迷宮は探索者に探索され尽くした全一階層の森林型迷宮だ。
レームも長年通っているが噂ですらニ階があるなんて聞いた事がない。
「マジかよ。これ階段だよな?」
一人呟き茂みを手で払うと鼓動が高鳴っていく。
全貌がはっきりとしてきた空洞の手前側には明らかな人口の階段が存在していた。
レームは泊まり込みの場合もある為、バックにはランタンも備え付けてある。
ランタンを取り出し火を灯すとレームは意を決して穴の中に入り階段を下りて行った。
窮屈な入り口を抜けると大人一人分がようやく通る事の出来る空間があり、ずっと階段が奥へと続いている。
レームはゆっくりと一段一段降りて行くと、建物二階分程降りたくらいで階下に辿り着いた。
ホッと一息付き目の前の真っ暗な通路をランタンで照らす。
「これは凄い発見かも知れないな」
百年以上も前から存在を確認されている『レアールの森』には過去の探索日誌や詳細な地図も数多く出回っており、レームの持っている地図にもこのような地下の記載はない。
奥に向かって歩くとまたもや。
【こ◯△ち◻︎⚪︎◻︎き△!】
と今度ははっきりと聞こえた。
レームはダガーを念のために抜き、唾を飲み込む。
ランタンの明かりを頼りに慎重に進んでいくと、薄っすらと明るく広い空間に出た。
「これは驚いた」
壁や手が届かないくらいの天井にはぼんやりとだが淡い光を放つ苔がびっしりと生えており、ランタンがなくとも見えるくらいには明るい。
「光苔なんて珍しいな」
空間の奥には何かを祭っていたのか祭壇の様になっており、その下には棺があった。
「○▽こ◆◎!」
どうやら謎の声は棺の中から聞こえるらしかった。
「これは...どうしたものか...」
罠にしか見えない目の前の棺にレームは不安と立ち去りたい気持ちでいっぱいになったが、聞こえてくる声からは必死さが伝わる。
そしてその声は耳を近づけると少女の声のようだ。
「......開けてみるか」
レームは意を決して棺の蓋に手をかけ力を込める。
初めはびくともしなかったが、脚の痛みに耐え踏ん張ると少しずつ石の擦れる音と共に蓋が動いた。
「ふん! ぐぬぬぬ」
手汗で滑りそうになりながら歯を食いしばり力を込める。
ゴゴゴゴ、、、ゴォォォン
ようやく蓋が開き中を覗くとレームは驚きで固まってしまった。
「やぁぁっと出られたぁ!」
なんと石の棺の中から十五、六歳程の少女が声を上げ勢いよく上半身が飛び出した。
「んーーーー!」っと言いながら両腕を上げから身体を伸ばす姿を、レームは口をぽかんと開けてまじまじと見る。
灰色の古びたローブを羽織った長い白銀の髪の少女がレームの視線に気付く。
「おじさん助けてくれて有難う!」
驚きすぎて「あぁ」と空返事をするレームは少女に「おじさん?」と声をかけられハッと我にかえった。
(いやいやいやいやちょっと待て。落ち着け俺)
内心の動揺を抑えて先ずは少女を助け出そうと手を差し伸べる。
「掴まって。取り敢えずそこから出よう」
少女は「ありがとう」と言って差し出されたレームの手を掴もうとするが、
「えっ?」
「あれっ?」
握ろうとした瞬間にお互いの手はすり抜け空振りに終わり二人の間に沈黙が流れた。
その後、色々と試して分かった事は、少女は棺以外はすり抜けてしまう霊体のような存在という事だった。
二人は困惑のまま石の床に座り棺を挟んで向かい合う。
「えーっと。俺は探索者のレームだ。君は?」
レームは自己紹介からと考え名を名乗る。
「あのぉ、、、実は名前も思い出せないんですよねぇ、、、」
気不味そうに下を向く少女に質問をして分かった事はほぼ記憶がないという事だ。
「あははは、、は、、、なんかごめんなさい」
レームは長年記憶がないまま閉じ込められていたであろう少女の事が可哀想に思え、出来るだけ明るく話しかける。
「まあ助けられたなら良かったよ。まさかこの迷宮にこんなところがあるとはね」
「本当怖かったんですよ! 目が覚めたらずっと真っ暗だったし。いっぱい声を出したんですけど誰も来てくれないしでおじさんが来てくれなかったら私やばかったですね!」
本人の性格からかあまり悲壮感はないが恐怖で仕方がなかったのは本当だろう。
「しかし...こう言っちゃなんだが、幽霊っているんだねぇ。まさかゴーストとかじゃないよね?」
ゴーストは墓地型の迷宮によく出現する魔物で物理攻撃の効かない厄介な敵だ。
少女は自身の記憶はないが迷宮の知識は覚えているようで少し拗ねた様子だ。
「流石に魔物ではないと思うんですけどねぇ? いいじゃないですか...可愛い幽霊って事で!」
可愛いはさて置きレームも顎に手を置いて頷く。
確かにゴーストであればとっくに襲われている筈だし敵意があるようには見えない。
かと言って幽霊なのかと言われると普通に会話が成り立っている為微妙な線だ。
そんな彼女は「うわぁすり抜ける~」とレームの身体をすり抜けて遊んでいる。
もしかしたらこれが俺のスキル? と頭をよぎるがどんなスキルだよ頭の中で否定する。
「ごほん」と咳払いをして遊んでいる少女に声をかけて向き合う。
「君はこれからどうしたいんだい? 恐らくだけどそこの祭壇を見るになにかしらの魔法の儀式が行われて封印か何かをされていた感じじゃないかと思うんだけど」
少女は困ったように眉を下げる。
「どうしましょうか、、、でもこの場所はあまりいい気分がしないんですよね。おじさんが良ければ一緒に連れてって欲しいなぁなんて」
身振り手振りでもじもじしながらレームの顔をチラチラと見てくる少女にレームは流石に悩んだ。
(うーん。とは言えもし封印か何かだったとして開放したの俺だからなぁ。責任云々の話だと連れて行かないと不味い気もするんだよなぁ)
レームは悩んだ果てに結論を出した。
「じゃあ君が記憶を取り戻すまでは協力させてもらうよ。出来ればそのおじさんって呼ぶの止めてくれると嬉しいんだけど...」
少女の顔が綻び「やった!」と全身で喜びを表現する。
「おじ...レームさんこれから宜しく!」
「レームでいいよ。宜しくな。えっと君の名前をどうしようか。呼ぶ時に困るし」
「んーレームが好きに決めていいよ」
その答えにはレームも困った。
これまで人はもちろん動物にも名前を付けたことなどないからだ。
悩んだ結果。
「難しい迷宮に入る時とか探索者は幸運の女神ルーナフェリアの加護を祈ったりするんだけど。女神様の名前から頂いてルナ。どう?」
目を輝かせた少女が楽しげに笑う。
「凄くいいかも! 今から私の名前はルナ! 宜しくねレーム!」
二人は握れない手をしっかりと重ね合わせた。
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