スキルを貰えなかったおじさん探索者が迷宮を制覇する
蒼彩
牙鼠の森
第1話 探索者
「さて帰るか」
大きく膨らんだ荷物を背負い入口へと急ぐ。
今回のクエストはピリカ草という薬草の採取だ。
依頼が終わり街へ戻りギルドに入ると受け付けに並ぶ。
「お早いお戻りですね、レームさん。ピリカ草五つ確かに受け取りました。報酬をお持ちしますのでお待ち下さい。」
レームは一息ついて受付嬢を待つ。
「お待たせしました」
戻って来た受付嬢のミナから報酬の五百ダリーを受け取った。
「おっさん早くどけよ」
五つの銀硬貨を財布に入れると後ろから声が掛かる。
後ろには若い男女の探索者パーティーが並んでいた。
「ごめんよ」
素直に謝ると小馬鹿にしたように笑われるがレームは特に何も言わず建物から出た。
外に出たレームは両腕を上に伸ばし首を左右に振って骨を鳴らす。
「飯でも食いに行くか」
少しだけ膨らんだ財布をさすりながら常連と化している安い食堂に向け歩き出した。
この世界には迷宮と呼ばれる異世界に通じているとも呼ばれている入口が各地に存在している。迷宮内には様々な金銀財宝や魔法の道具があるが、同時に魔物と呼ばれる危険な怪物が闊歩している。
そんな宝を追い求める人々は探索者と呼ばれ、子供が憧れる職業の一つでもありレームは年数だけ見れば二十年のベテラン探索者の一人だった。
翌朝もレームはギルドの受付に並ぶ。
探索者というのは免許制で簡単な試験がある。
合格した者は探索者ギルドの所属となり、受付でクエストと呼ばれる依頼を受ける事ができ、難易度や探索者の階級に分かれた依頼をこなす。
受けたクエストを成功させる事により記載された報酬を受け取る仕組みになっている。
「なんかいいのあるか?」
受付は横並びに四つある。
レームが並ぶのは一番左端の受付であり、左から白・黒・銀・金級と分かれており、新人は皆白級から始まりその内四割程度が黒級へと上がる事が出来た。
「そうですね。今日も錬金ギルドからピリカ草採取、後はララキノコ採取くらいですかね。どうしますか?」
ミナからニ枚のクエスト紙を受け取った。
「ピリカ草とララキノコは群生地が近い。二つとも受けるよ」
「畏まりました。あっ後そろそろ牙鼠の駆除が発行されますので御協力お願いします」
「分かった」
ミナは返却されたクエスト紙二枚にギルド印を押しレームに返し、レームは受け取ったクエスト紙を丸め懐に入れた。
するとまたもや後方から声が掛かった。
「よぅレーム。久しぶりだな。元気でやってるか?」
声を掛けてきたのは久しぶりに会う友人のライゼルだった。
彼はレームと同郷の探索者でこの街唯一の銀級探索者でもある『虹』のリーダーだ。
「久しぶりだなライゼル。聞いたぞ? 【茨の園】を攻略したそうだな。おめでとう」
「ありがとよ。お前にそう言われると照れるな。そういうお前は...いや...なんでもねぇさ」
二人は笑い合った後に少し雑談を重ねる。
「そんなに気を遣うなよ。俺はまだ諦めちゃいないさ。じゃあ悪いけどもう行くぜ?」
レームはライゼルの肩を叩き笑いながら片手を上げギルドから出て行った。
「ねぇライゼル。なんであんなのに気を遣うの? ほっとけばいいのに」
パーティーの魔法使いエレナがライゼルに声を掛けると。
「俺の大事な友達を悪く言うのはやめてくれ」
気に障ったようにライゼルが口調を荒げた後「すまん」と頭を下げた。
「少し頑固なところがあるけどあいつはいい奴なんだ。それに俺はレームに借りもあるしな」
レームは今年で三十八歳になった。
大半の探索者は三十になるまでに黒級に上がれなければ探索者の道を諦め他の職業に転職するのが一般的である。
ちなみに探索者の成功は運に左右する面も大きい。
この世界の人は生まれた時にスキルを一つは得て生まれてくる。
戦闘スキルや探索スキルに恵まれた者は探索者として成功する者が多く、他には生活スキルや商売スキルが存在し、そういったスキルはそれに見合った職業に付くのが一般的だ。
レームは三十八年の人生でいまだ自身のスキルを発見出来ていない。
「俺の特殊スキルさんよ。いつになったら目覚めてくれるんだい?」
返事のあるわけもない問いを呟きながらレアールの街を出た。
レアールの街から徒歩で一時間程度の場所には『牙鼠の森』と呼ばれる白級が初めに訪れる迷宮がある。
決して新人ではないがその日の稼ぎを稼ぐ為にレームは毎日のようにこの迷宮を訪れていた。
一時間の道のりで彼の右脚の古傷が痛み出す。
若き頃の無茶で受けた傷で当時金のなかった事や事情が重なってレームには治すことが出来なかった。
「いたたた...今日は人が少ないな」
ほどほどに整備された街道から立て札に沿って森に入ると涼しい風と木漏れ日が降り注ぎ気持ちが良い。
少し歩くと大きな岩にぽっかりと開いた空洞とその手前に小さな木のテーブルが置いてあった。
テーブルの上にあるのは入る探索者の名簿帳があり、日付と時間、名前やパーティー名、人数とリーダー名のみを記載する簡単な帳簿だ。
ちなみにギルドからは必ず記載するよう義務付けられており、名簿に記帳しレームは開いた穴の中に入って行った。
外から見るとただの洞窟のような穴だが、どの迷宮も入口を通ると異世界に通じていると言われる程中の様子は一変する。
とは言え『牙鼠の森』の名前通りに森から森へ行くだけなのでこの迷宮に関しては然程景観は変わらないが、世界には街の中に出現した入口に入ったら中には砂漠が広がっていたなど多種多様だ。
普段は人が多く採集物などは取り合いになる為レームは運がいいなと思った。
もうほぼ十年も通っているのだから人が知らない採取場所も知っているレームにとってはあまり採取場所を人に知られたくないというのもあり、食い扶持を守る為にも慎重に行動する。
周りを観察しながら木々の間を抜けて足元のぬかるみに気を付けながら進んでゆく。
大木が見えて来てレームはその周りを隈なく観察すると、落ち葉の下に黄色のキノコの傘が見えた。
「よし。ララキノコはこれだけあればいいだろう」
ララキノコは腹痛などに良く効き、ピリカ草は下級の傷薬の材料だ。
どちらも錬金ギルドからの依頼である。
残りのピリカ草の採取に向かおうとすると、後ろから動物の鳴き声が聞こえた。
迷宮内は一般の動物がいる迷宮もあるが固定の魔物しか存在しない迷宮もある。
この迷宮は後者にあたり、出現するのは牙鼠という三十センチ程の全長に剥き出しの大きな牙の生えた鼠のみ。
「チ゛ュウ。チ゛ュウ!」
「出たな牙鼠」
レームは腰に巻いたダガーを抜いた。
牙鼠は噛まれた箇所が腫れて一定時間その部位が麻痺を起こすと言った厄介な性質を持つ魔物だが、難易度が低い迷宮魔物だけあり明確な弱点も存在する。
鳴き声を上げながら牙鼠が素早い動きで突進して来た。
「よっと。そら!」
真っ直ぐに突進してくる鼠をレームは脚の痛みに我慢しながらヒョイっと横に避けて後を追う様にダガーを後ろから首筋に深く突き刺す。
赤色の血が飛び倒れた牙鼠は次第に動かなくなった。
「こいつは群れると面倒だけど真っ直ぐにしか来ないんだよなぁ」
若かりし頃のレームも探索者に成り立ての頃は何度か噛まれた事もあり苦戦していたが、当時の先輩探索者に「あいつらは真っ直ぐにしか来ないからただ横に避けて後ろから刺せば楽勝だぞ」と教わったものだ。
厄介なのはこの鼠は雑食で、貴重な薬草やララキノコなどを食べ尽くしてしまう事だ。
迷宮の中は不思議な物で薬草などを採り尽くしたとしても翌日には復活しているのだが、牙鼠が食べ尽くすとその日は探索者が採集できる分がなくなってしまう。
その為定期的に白級探索者に駆除依頼が出され、レアールの街の大半の新人探索者達の初戦闘はこの鼠である。
「これでよしっと」
牙鼠の駆除の証は尻尾を持っていくだけで良いが、牙も何かと売れる為レームは金槌やノミを使って二本とも持ち帰る。
さらに言えば女性探索者の中ではNGとされているが牙鼠は結構肉が柔らかく美味しいくこの肉も売れる。
身も骨も金に成る為、新人やその日暮らしの者達にとっては実に美味しい魔物である。
レームは手早く内臓を取り出し血抜きをする。
取り出した内臓や撒かれた血は何故か時間が経つと消えて無くなる迷宮の不思議効果で綺麗になる、が見た目の問題もある為他の探索者への配慮もあり基本はしっかり埋めるのがマナーだ。
血抜きが終わった後少し歩き自身と同じ背丈の生い茂る草木の中を入って行く。
「ありゃ、誰かにここの場所を知られちまったかな」
草木の中を掻き分けると少しひらけた空間に出る。
本来ならその場所はピリカ草が群生しているのだが、今は所々に小さな紫の花が顔を出している程度だった。
全てではなく感覚を開け適当な数だけ根から綺麗に抜いているのを見るに牙鼠の仕業ではなく、明らかに知っている探索者の仕業だ。
「違うとこに行くかぁ」
レームは心当たりのある他の場所に向けて再度歩き出した。
迷宮内部にも太陽が存在し日差しが強くなる。
その後無事にピリカ草を採集する事ができたレームは昼食をとる事にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます