第7話 死者蘇生の依頼

 役場の掲示板に立ち寄った時、Sランクのクエストとして死者蘇生の依頼が貼り出されていた。その依頼人の名前が、アメリだった。


「君が死者蘇生の依頼をしたの?」


 オリヴァーが単刀直入に尋ねると、アメリは決まりが悪そうに視線を落とす。


「そうだけど……」


「なんでまた、そんな大それたことを?」


 オリヴァーが尋ねるも、アメリは俯くばかり。赤茶色の瞳は、じっと墓石に向けられていた。


「蘇生させたい人って、ここに眠っている人?」


 アメリは小さく頷く。オリヴァーもアメリに倣って墓石を見つめた。そこには『ポーラ』という名前と共に、死亡年月日が刻まれていた。見たところ、死亡したのは半年ほど前のようだ。


「大切な友達だったの」


 アメリは視線を落としたまま呟く。彼女が大切な友達を亡くしたと知って、胸の奥が締め付けられた。


 大切な友達の死をなかったことにしたいという気持ちは理解できる。だけど、その願いを叶えてあげることはできそうにない。


「残念だけど、魔法を使っても死者を蘇生させることはできない。大魔法使いアナベル様だって不可能だよ」


「やっぱり、そうなのね……」


 不可能なことは、ある程度想定していたような反応だ。それでも一縷の望みにかけて、クエストを依頼したのかもしれない。


「ごめんね。力になれなくて」


「謝ることはないわ。もともと叶いっこない願いだったんだから」


 アメリは小さく息をつく。それから重苦しい空気を払うように作り笑いを浮かべた。


「帰りましょう。これ以上遅くなると、お母さんが心配する」


「……うん、そうだね」


 無理して笑っているのは、なんだか痛々しい。だけどオリヴァーには、彼女の憂いを晴らしてあげることはできなかった。



 翌朝。オリヴァーとバーナードは再び役場に向かっていた。


 よく晴れた空を眺めながら、カラフルな石畳を駆ける。メインストリートに立ち並んだ店は次第に営業を始め、入り口の看板はクローズドからオープンに変わっていった。


「朝の町って、なんかいいよね。世界が動き出すような感じがして」


「そうか? 俺は昼まで寝てたいけどな」


「駄目だって! 今日もクエストを探さないと」


「はいはい。相変わらずお前は真面目だなぁ」


 バーナードは呆れたように「へっ」と笑いながら、オリヴァーの後に続いた。


 役場に到着すると、さっそく掲示板に向かう。掲示板には昨日は見かけなかったクエストがいくつか追加されていた。


 そんな中、受付の中年男がオリヴァーに気付く。昨日はオリヴァーを馬鹿にしていたが、今日は掌を返したような反応を見せた。


「坊ちゃん、昨日はレッドウルフを13体も討伐したんだって? 大したもんだよ。あんた相当腕の立つ魔法使いなんだねぇ」


 受付の男は椅子から立ち上がり、オリヴァーのもとへやってくる。昨日のように小馬鹿にするような意図は感じられない。男の瞳からは興味と賞賛が滲んでいた。


「レッドウルフが町中までやってきたらどうしようって、みんな怯えていたんだ。だから助かったよ。ありがとう」


 昨日とはまるで違う態度を取られて、オリヴァーは恐縮する。


「いえ、お役に立てて良かったです。またお力になれることがあれば、何でも言ってくださいね」


 その足元でバーナードは、「昨日の非礼を詫びるのが先だろ」とボソッと呟いたが、男には届いていなかった。


「またクエストを探しに来たのかい?」


「はい。何かお力になれそうなことはありますか?」


「そうだねぇ、いまあるのは流星祭関連のクエストが中心だね」


「流星祭?」


 聞きなれない言葉にオリヴァーは首を傾げる。その反応を見て、男は説明を始める。


「流星祭は死者の魂が現世に戻ってくる日だ。女神様のもとに還った魂が、流星と共に降りてくると言い伝えられている」


「慰霊祭のようなものですか?」


「そうだな」


 その言葉でオリヴァーは納得した。どこの地域にも死者の魂を弔う行事はあるものだ。東の国では「お盆」と呼ばれる行事があると、バーナードから聞いたことがある。コーランドでは流星祭がお盆に相当するのだろう。


「流星祭には準備が必要なんですか?」


 オリヴァーが掲示板に貼り出されているクエストを眺めながら尋ねると、男は頷く。


「ああ。流星祭には、町中にランタンを飾り付けて死者の魂をお迎えするんだ。死者の魂が、迷わず帰って来られるようにって願いを込めてな」


 なるほど、と納得する。掲示板には、ランタン作りのクエストの他、ランタン設置、屋台の設営、祭りの後の清掃のクエストが掲載されていた。いずれもCランクだけど。


「せっかくだし、あんたも流星祭を見ていくといい。歌って踊ってどんちゃん騒ぎをする楽しい祭りだからよ」


「楽しそうですね。ちなみに流星祭はいつなんですか?」


「三日後だ」


 それくらいならこの町に留まっていても問題はない。オリヴァーも流星祭に興味が湧いてきた。


「僕も流星祭の準備を手伝います」


「それは助かる。クエストはどれでも好きなのを選んでくれ」


「はい!」


 オリヴァーは、流星祭前日のランタン設置の依頼を受けて、役場を後にした。


「流星祭、楽しみだね」


 笑顔を浮かべながら話しかけると、バーナードは何かを言いたげにチラッと一瞥する。かと思えば、突然地面を蹴って走り出した。


「ちょっと! 師匠、どこ行くの?」


 突如走り出したバーナードを、オリヴァーが追いかける。バーナードの尻尾を追いかけながら、薄暗い路地裏に飛び込んだ。周囲に人がいないことを確認すると、バーナードは声を潜めながら言う。


「Sランクのクエスト、流星祭の日なら叶えられるぞ」


「Sランクって、死者蘇生のこと? 無理でしょ? そんなのアナベル様だってできない」


「完全に蘇生させるのは無理だ。だけど、一時的に心を通わせることはできる」


「本当に!?」


 驚いて目を丸くするオリヴァーを見て、バーナードは「へへっ」と得意げに笑う。


「ああ。三つの条件が揃えばな」


「条件? なにそれ?」


「一つ目の条件は、死者の魂が近付く日だ。それは流星祭でクリアできる。二つ目の条件は、死者との思い出の品があることだ。それも何とかなるだろう。そして三つ目の条件は……」


「条件は?」


 バーナードは勿体ぶるようにためる。オリヴァーの興味を十分に惹きつけたところで、バーナードはふんっと鼻息を荒くしながら言った。


「偉大な魔法使いがいることだ」



 オリヴァーとバーナードは、ダッシュで役場まで戻る。掲示板の前までやって来ると、Sランクのクエストを指さしながら、受付の男に声をかけた。


「死者蘇生のクエスト、受けます!」


 力強い瞳で宣言するオリヴァーを見て、受付の男は呆気に取られていた。

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