第6話 レッドウルフの討伐

 丘の上から山の麓を見下ろすと、暗闇の中で微かにうごめく物体を発見した。山の中からやって来て、徐々に近付いてくる。


 キャメロット農園までやってくると、はっきりと姿が識別できた。赤い毛並みを持つモンスター、レッドウルフだ。


 山から降りてきたのは1体だけではない。2体、3体……とうごめいていた。


「何体いるのかな?」


「ざっと見たところ、13体だな」


「そんなに!?」


「ああ。そんじゃあまあ、ノルマは俺が3体、お前が10体ってとこだな」


「配分おかしくない?」


「これも修行だ。文句言うな」


 オリヴァーは、「怠慢だぁ!」と抗議したくなったがグッと堪える。ここで言い争っている間にも、また農園を荒らされてしまう。


「ちんたらしてたら気付かれる。そしたら農園は火の海だ」


「そうだね。なるべく興奮させないように短時間で済ませよう」


「5秒で片付けるぞ」


「了解」


 返事をした直後、彼らは攻撃を開始した。


 視界に入れたら撃つ、視界に入れたら撃つ、を繰り返す。光の矢はレッドウルフの急所に直撃して、次々と地面に倒れていった。オリヴァーは討伐数を数えながら、ひたすら撃ち続けた。


 突然撃たれたものだから、レッドウルフは死んだことにすら気付いていないのかもしれない。うめき声ひとつ上げずに、静かに倒れていった。


 5秒経過した頃、農園には13体のレッドウルフの亡骸が転がっていた。クエストは成功だ。


「全部仕留めたようだな」


「うん。良かったね。農園が無事で」


 オリヴァーは安堵したように微笑みながら、バーナードの頭をわしゃわしゃと撫でまわした。



 その後、オリヴァーはキャメロット農園のオーナーにレッドウルフの亡骸を見せて、討伐に成功したことを知らせた。


 白髪交じりの初老の男性は、オリヴァーの姿とレッドウルフの亡骸を交互に見て驚いていたが、無事に報酬を得ることができた。ついでにマナも貯まって一石二鳥だ。


「ありがとう。君は勇敢な戦士なんだね」


「戦士ではありませんよ。僕は魔法使いです」


「魔法使い……そうか。どちらにしても助かったよ」


「それより、レッドウルフの亡骸はどうしますか?」


「適当に捨てておいてくれればいいさ」


「そうですかー……」


 オーナーはレッドウルフの亡骸には興味がなさそうだった。いくらモンスターでもこのまま野ざらしにしておくのは忍びない。


 オリヴァーは農園から荷車を借りて、亡骸を積み込んだ。ついでにバーナードが試し撃ちをした梟も回収する。全部乗せると、荷車を引いて移動を始めた。


 農園から離れて人目がなくなると、バーナードが喋り出す。


「おい、それをどうするつもりだ? 言っておくが、それは食っても美味くないぞ」


「分かってるよ。食べるんじゃなくて、埋めてあげるんだ」


「はあ?」


 呆れ顔を浮かべるバーナードを横目に、オリヴァーは荷車を引いて墓地に向かった。


 縦横一列に墓石が並んでいる場所から少し離れた大木の下で、オリヴァーは荷車を止める。


「人間のお墓には埋めてあげられないけど、ここなら大丈夫かな」


「お前……レッドウルフの墓でも作ろうってんじゃないだろうな?」


「そうだけど?」


 何食わぬ顔で答えると、バーナードは「はああ……」と溜息をついた。


「ほんっとにお前は、頭ん中がお花畑だな。お人よしっつーか、アホっつーか」


「……何とでも言えばいいよ」


 モンスターであっても、命を奪ってしまったことには変わりない。せめてもの罪滅ぼしとして、亡骸を自然に還してあげたかった。ドラゴンを討伐した時は、骨ひとつ残さず焼き尽くしてしまったからできなかったけど。


 オリヴァーは大木の下に穴を掘り、レッドウルフを埋めていった。13体の亡骸が入る穴を掘るのは気が遠くなるような作業だけど、魔法を使えばそう大変なことではない。


 全部穴に収めてから、魔法で土をかけていく。その後、オリヴァーは両手を合わせて祈りを捧げた。


「女神様のご加護のもと、安らかに眠れますように」


 全てを済ませてから、バーナードを見下ろして微笑む。


「それじゃあ、帰ろうか」


「ああ」


 宿屋に帰ろうとした時、墓地に人影があることに気付く。


「こんな時間に墓参り?」


「墓荒らしだったりしてな」


「そんな!」


 本当に墓荒らしだったら大変だ。速攻、辞めさせなければ。


 オリヴァーは足音を立てないように人影に近付く。墓荒らしなら、現行犯で捕まえたい。逃げられないようにするためにも気配を消した。


 背後まで近付いたところで声をかける。


「あのー、何をしているんですか?」


 墓の前にいたのは、三つ編みの少女だった。少女はビクンと肩を跳ねさせるとゆっくり振り返る。オリヴァーの姿を見た途端、サッと顔が青ざめた。


「きゃあああああ! ゾンビ!」


 突如悲鳴をあげられて、オリヴァーは慌てふためく。


「違う、違う! ちゃんと生きてるから!」


「だって貴方、血まみれの泥まみれじゃない!」


 指摘されてオリヴァーは自分の衣服を見る。白いシャツにはレッドウルフの血やら泥やらがついて汚れていた。確かにこれはゾンビと間違われても無理はない。隣にいたバーナードは、声を潜めながら笑っていた。


「これはレッドウルフの血だから! 討伐を終えて、あそこに墓を作ってたの!」


「討伐? それに墓って……」


「嘘じゃない! ほら」


 オリヴァーはキャメロット農園のオーナーから貰ったクエスト達成のサインを見せる。そこでようやく信じてもらえた。


「な、なんだぁ……」


 少女は脱力して地面に座り込む。オリヴァーは申し訳なさでいっぱいになった。


「怖がらせちゃってごめんね」


「本当よ、まったく!」


 少女はぷいっとそっぽを向く。またしても怒らせてしまったようだ。どうしたものかと悩んでいると、あることを思い出す。


「そうだ。これをあげる」


 オリヴァーはポケットから何かを掴み、少女に差し出す。


「手を出して」


「なに?」


「いいから」


 促されるまま、少女は手を出す。オリヴァーは少女の掌に、リボンのような包み紙のキャンディーを乗せた。


「あげる。甘くて美味しいよ」


 無邪気に笑うオリヴァーを見て、少女はほんの少し警戒を解く。包み紙の左右を引っ張って丸いキャンディーを取り出すと、口の中に入れた。


「……甘くて美味しい」


「なら、良かった」


 少女の警戒心が解けたようで、オリヴァーはホッと息をついた。


「名乗るのが遅くなっちゃったね。僕は魔法使いのオリヴァー。こっちの大きい犬は、師匠……じゃなくて相棒のバーナードだよ」


 アメリは、オリヴァーとバーナードを交互に見つめた後、おずおずと名乗る。


「私はアメリ。貴方が泊っている宿屋の娘よ」


「アメリ……」


 やっぱりどこかで見聞きしたことある名前だ。どこで見たんだっけと考えていると、クエスト達成のサインが入った紙が視界に入る。そこで思い出した。


「ああっ! アメリって、死者蘇生の依頼人!?」

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