第4話 クエスト探し

「すいませーん! この宿って犬も泊まれますかー?」


 コーランドの中心街にある宿屋で、オリヴァーは女将に声をかける。恰幅のいい女将は、犬連れの客を見ても嫌がる素振りは一切見せず、カラッとした笑顔で頷いた。


「構わないよ。犬込みで一泊4500フランでどうだい?」


「はい! それでお願いします!」


 オリヴァーは、バーナードの背中を撫でながら「良かったね」と微笑んだ。


「随分大きな犬だね。たしか北の国の犬種だよね?」


「コールドハスキーです」


「ああ、そんな名前だったねぇ。お客さん小柄だから、飼い慣らすの大変なんじゃない?」


「んー、たまに言うこと聞いてくれないこともありますけど、基本的にはいい子ですよ」


 背中を撫でながら飼い犬自慢をしていると、バーバードが頭突きをしてきた。「犬扱いすんじゃねー」という声が聞こえてきそうだ。オリヴァーは何も気付かなかったふりをして、にこやかに笑う。


「そうかい。だけど、万が一部屋の備品を壊すようなことがあれば弁償だからね」


 オリヴァーは「はい」と笑顔で頷く。万が一、備品が壊れるような事態になっても、時間を戻す魔法を使えばどうとでもなる。もちろん、壊さないことを前提に行動するけど。


「ものを壊しがちなのは、お前の方だけどな……」


 バーナードがボソッと呟く。オリヴァーは聞こえないふりをした。


 受付を済ませて、部屋に案内されるタイミングで、ふと思い立って尋ねてみる。


「あの、何かお困りのことがあれば言ってください。僕、魔法使いなので、力になれることもあるかもしれないので」


 マナを貯めるために手伝いを申し出たが、女将は困ったように頬に手を添えるばかり。


「困っていることって言われてもねぇ。急には思いつかないよ」


「そうですかー……」


 力になれそうなことがなくてガッカリしていると、二階から筋肉質の中年男性が降りてきた。女将との会話を聞いていたのか、話に加わってくる。


「路銀を稼ぎたいなら役場の掲示板を覗くと良い。日雇いの仕事も募集しているはずだ」


「本当ですか!?」


 有益な情報が得られて、オリヴァーは目を輝かせる。女将も「それがいいね」と賛同していた。


「ありがとうございます! さっそく見に行ってきます!」


 軽く会釈をすると、オリヴァーは宿屋から飛び出した。女将は「荷物を置いて行かなくていいのかい?」と叫んでいたが、オリヴァーの耳には届かなかった。



 オリヴァーは役場の掲示板に貼り出されたクエストを見比べながら腕組みをしていた。クエストは難易度別にランク付けされている。


◆Cランク 流星祭のランタン作り 報酬/2000フラン 依頼人/コーランド町役場

◆Bランク サバト町までの護衛 報酬/10000フラン 依頼人/モーリス宝飾店

◆Aランク レッドウルフの討伐 報酬/50000フラン 依頼人/キャメロット農園

◆Sランク ハイド山脈のドラゴン討伐 報酬/1000000フラン 依頼人/コーランド町役場

◆Sランク 流星祭での死者蘇生 報酬/応相談 依頼人/アメリ


 オリヴァーは周囲に人がいないことを確認してから、バーナードに小声で相談する。


「この中だったら、Aランクのレッドウルフ討伐かな? Sランクのドラゴンはさっき討伐しちゃったし」


 隣に視線を向けると、バーナードは掲示板を見ながらわなわな震えていた。


「お、お前これ……ドラゴン討伐を依頼として受けてたら大金が手に入ったじゃねーか……」


「そうだね。でも依頼を受ける前に倒しちゃった」


「今すぐ自己申告しろ! ドラゴンは僕が討伐しましたって!」


「無理だよ。証拠がないから誰も信じてくれないよ。ドラゴンは灰にしちゃったから亡骸を見せることもできないし」


「あああっ! なんて勿体ないことを!」


 バーナードは、視線を落としながらグルルッと唸っていた。一方、オリヴァーはまったく執着していない様子だ。


「仕方ないよ。諦めよう」


 悔しそうにするバーナードの隣で、オリヴァーは掲示板を眺めながら考え込む。


「死者蘇生っていうのは無理そうだし、やっぱりレッドウルフの討伐が妥当かなー」


 オリヴァーは「よしっ」と立ち上がると、受付の男性に声をかけた。


「すいません! Aランクのレッドウルフの討伐を引き受けたいんですけど」


 受付にいた中年男性は、眼鏡を押し上げながらオリヴァーを凝視する。付近で立ち話をしていた数名の男性も、ギョッとした顔でオリヴァーを見た。


 受付の男性は、品定めをするようにオリヴァーを上から下まで眺める。オリヴァーがにこっと微笑むと、受付の男性は「くくくっ」と小馬鹿にするように笑った。


「坊ちゃん正気かい? そもそもレッドウルフって何か知ってるのか?」


 周囲の男性もクスクスと嘲笑うかのように笑っている。しかしオリヴァーは、周囲の反応なんてものともせず淡々と説明する。


「もちろん知っています。レッドウルフは、体長約150センチの狼族のモンスターです。火属性の魔力を持っていて、興奮状態になると辺り一帯を焼き払う特徴があるんですよね?」


「それを坊ちゃんが倒すのかい?」


「はい」


 はっきり言い切ると、周囲からドッと笑いが起きる。


「そんな細い身体で、どうやってレッドウルフを討伐するんだ? 下手すりゃ、食い殺されるぞ?」


「体格は関係ありません。僕は魔法使いなんで」


「そうかい。魔法でもなんでも討伐してくれれば文句はねえ。だけど万が一怪我をしても、こっちでは責任を負わねえからなっ」


「構いません」


 きっぱり言い切ると、受付の男性は「へへっ」と嘲笑った。散々馬鹿にされたが、クエストの手続きは進めてもらえた。



 役場を出てから、バーナードは脚にまとわりつきながら笑う。


「くくくっ……お前、思いっきり舐められてたな」


「仕方ないよ。僕、チビだから」


「いっそ、魔法で黙らせればよかったじゃねーか」


「そんな事をして何になるの? それにあの人は悪意だけでああ言ったんじゃない。危険なクエストだって教えてくれたんだ。助言をしてくれただけでも優しいよ」


 物わかりの良いことを言うオリヴァーを見て、バーナードは「けっ」と悪態をついた。


「本当にお気楽な坊ちゃんだな」




 オリヴァーとバーナードは、一度宿屋に戻る。オリヴァーが戻って来たところで、宿屋の女将が部屋に案内してくれた。


「この部屋を使いな。犬用の毛布も用意しておいたから」


「ありがとうございます!」


 案内されたのは、シングルベッドとデスクが置かれた簡素な部屋だった。床には、薄手の毛布が畳んで置かれている。


「じゃあ、ごゆっくり。夕食時になったら呼びに来るね」


「はい、よろしくお願いします」


 小さく会釈をすると、女将は部屋から出て行った。


 女将がいなくなったところで、オリヴァーはふうと一息つく。旅の疲れがドッと出てきたようだ。


「レッドウルフは夜行性だから、討伐は夜がいいだろうね」


「だな。奴らが町に降りてきたタイミングで討伐すればいい」


「うん。それまでは」


「それまでは?」


「寝る」


 体力を温存するため、夜まで眠ることにした。旅の道中では寝袋で眠っていたから、ベッドで眠るのは久しぶりだ。念願のベッドに倒れこもうとしたところ、オリヴァーよりも先にバーナードが飛び乗った。


「お前は下だ」


「ええー……。ベッドは師匠が使うの?」


「当たり前だろ? 師匠なんだから」


「でも、犬じゃん」


「犬でも師匠だ」


 バーナードは、うつ伏せになりながら目を閉じる。本格的に眠りにつきそうだ。


「ねー、僕もそっちで寝ても」


「駄目だ。男と寝る趣味はねえ」


「ちぇーっ」


 オリヴァーは諦めて毛布を広げて、床で寝転がる。固くて痛いけど、疲れていることもあり、すぐに瞼が重くなった。ゆっくりと沈んでいくようにオリヴァーは眠りについた。

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