第五章 紅い悪魔と切り裂きの悪魔

第1話

 西側での仕事を終え、屋敷に戻ってから数日、アイナは、いつもの様に、遅めの朝を迎えていた。慣れない長距離移動での疲れが僅かに残る気怠い朝だった。


 アイナが、一通りの支度を終え、下階へ降りて来ると、客間の方から何やら賑やかな話声が聞こえてきた。どうやら、シンシアと客人が、愉しげに話しているようだ。声からするにどうも女性のようだ。しかも聞き覚えがある。アイナは、ノックもせずに乱雑にドアを開けた。


「あら、アイナ。元気そうね」

「また、お前か……」

 メイフェアの馴れ馴れしい態度に、あからさまに嫌そうな表情を浮かべながら、アイナは、客間へと入って行った。そして、ずかずかと奥へ進むと、テーブルの中央――誕生日席に座った。

 シンシアは、それを確認すると、アイナと自分の分のお茶を準備し、メイフェアの向かい側に座った。


「それにしても、その態度は、ひどいんじゃない?」

「私は、お前の事を信用していないからな。不審者が、家に来たら、警戒もするだろう」

「ほんと、相変わらず失礼ね。一緒に戦った仲間じゃないの」

「お前は、遅れてノコノコとやって来て、何もしてなかっただろうに」

 アイナの指摘に対し、メイフェアは、口笛を吹く仕草をしてごまかした。

「まぁ、まぁ。折角、訪ねて来てくれたんですし、ケンカは止めて、楽しくお茶にしましょう」

 シンシアが二人の会話に割って入ると、アイナは渋々ながら黙り込み、紅茶をすすりだした。


「で、今日は、どの様なご用件でこちらに?」

 アイナが厭味いやみったらしい口調で質問する。

「ああ、そうだったわ。今日は、報告する事があって来たのよ」

「ん?」

 アイナは、興味を引かれたのか、メイフェアの言葉に反応した。


「実は、王都の貧民街で、少々厄介な事件が起こっているの」

「どんな事件だ?」

娼館しょうかんを訪れた貴族が、次々と惨殺されているの」

「ほ~う。で、詳細は?」

「それが、少々残忍な事件でね。え~と」

「心配するな。私は、それなりのグロ耐性は持っている」

「私は、耳をふさいでいても良いですか?」

「確かにな。ここで『げー』されても困るからな」

「むーっ」

 シンシアは、頬っぺたをふくらませながら、両耳を人指し指でふさいだ。


 メイフェアは、二人の戯言たわごとを気にする事もなく、マイペースに事件のあらましを報告し始めた。彼女は、報告書をめくりながら、事件のあった日時や場所、殺害状況について丁寧に報告していった。その報告は、一時間にも及んだ。


             *


 王都は、周囲を取り囲む高い防壁と堀によって護られている。

 しかしながら、ここ数十年の間、王都が攻め込まれる事もなく、堀の機能は完全に失われ、一部地域では、水も干上がった状態になっていた。

 その堀は、下水道によって王都とつながっており、下水道にみついていた貧しい者達が、いつしか、堀にスラム街のような居住地域をつくり出していた。

 スラム街が拡大するにつれ、街に住めなくなった犯罪者や裏稼業を生業なりわいとする者達も流れ込み、次第にその一帯は、無法地帯と化していった。

 その一方で、その街の規模が拡大するにつれ、そこに住む者達による組織化や統治が進みある程度の力を付けて行った。それにより、王都に住む者達も、彼らと関りを持つようになっていった。

 こうして出来た街は、違法薬物や武器の取引、売春や暗殺の依頼等――王都の闇の部分をになう形へで進化をげていった。


 そんな状況の中、今回の事件は起こった。

 貧民街の娼館しょうかんを訪れていた貴族達が、次々と狙われたのである。被害者達は皆、鋭利な刃物で首をき切られたのち、性器を切り取られたり、一部臓器も摘出てきしゅつされる等していた。

 動機は不明であるが、その残忍な手口から、何らかの怨恨えんこんによるものだとの見解が強いようである。

 しかも、犯行の間隔も手口の残忍さもエスカレートしており、非常に危険な状態であるとの事だった。

 王都の貴族達の間では、この事件の噂で持ちきりで、スラム街での出来事とは言え、無視できない状況になりつつあるという事だった。


             *


 こうして、一通りの報告を終えると、メイフェアは、一息つき、用意されていた紅茶を飲み始めた。


 職業病なのか、アイナは、無意識のうちにメイフェアのたずさえていた剣を見つめていた。

 その剣には、可愛らしい幾つかのハート型の宝石が飾り付けられており、それは武器というより、一つの装飾品のようにも見えた。


「これが、気になるの?」

 アイナの視線に気付いたメイフェアが、口を開く。

「随分と可愛らしい剣だな」

「性能が、見た目通りとは、限らないわよ」


 それは、一瞬の出来事だった。


 メイフェアは、その言葉を終える前に剣を抜くと、アイナの首元目がけ、斬りつけていた。

 しかし、アイナの反応も早く、柄から剣を半分だけ抜いてそれを防いでいた。

 シンシアは、その異常な状況に言葉を失い、ただただ唖然とするだけだった。

「こんな狭い場所で、剣を振り回すのは良くないぞ」

「見た目通りとは、限らないと言ったでしょ。この剣も、貴方も」

「ふん。そんな事を示す為に、わざわざこんな真似をしたと言うのか? 私が見た目通りのか弱い乙女だったらどうするつもりだったのだ?」

「か弱い訳無いでしょ? 暗殺部隊を返り討ちにしたのだから」

「フン。一々気に障る女だ。どさくさに紛れて私を試すような真似しやがって」

 アイナは、そう言うと、不機嫌そうにメイフェアの剣を押し返した。


「フフフ」

 メイフェアは、笑ってごまかすと剣を鞘に納め、話を続けた。

「という訳で、王都の住民達が、不安な日々を過ごしているという話。報告書は、置いて行くから、興味があるようだったら、それに目を通しておいて頂戴」

「なるほど、それが、お前の目的という訳か」

「何の話? 勘繰かんぐり過ぎじゃないの?」

「どういう事です?」

 話の見えていないシンシアが、口を挟む。

「この女は、私、もしくは、お前の気を引いて、その怪物退治をさせようとしているのだ」

「姫様はともかく、何故、私の気を引こうとするのですか?」

「お前をそそのかして、私を間接的に引っ張り出そうとでも企んでいるのではないか? 違うか?」

 アイナは、視線をメイフェアの方へと戻し、少しだけ厭味いやみったらしく問い掛けた。

「もう一度言うわ。それは、貴方の、勘繰かんぐり過ぎよ。とは言え、私の考えを言わせてもらえば――」

「言わせてもらえば?」

「幸運にも、貴方は、アイナ様の力を引き継いで剣魔両刀の力を得たのでしょう? 既に、幾つかの実績も見せているし――。私は、力を持つ者は、一定の義務は果たすべきと考えているわ」

「やはり、そうじゃないか」

「誤解しないで。今回は、定例の報告として、貴方の耳に情報を入れたまでよ。第一、貴方は知らないでしょうけど、王都の騎士団には、第二王女派の部隊もあるの。いざとなれば、彼らを率いて私が対処するわ」

「なるほど、他の派閥を刺激してまで対処する程ではないと考えている訳か」

「まぁ、今のところは……そんなところね。それに本当に助けが欲しい時は、素直に依頼するわ。貴方と違ってね」

「ふん。『貴方と違って』は、余計な一言だぞ。まぁ、良い。そういう事にしておこう」

「そうして貰えると助かるわ」

 メイフェアは、そう言いながらふところから時計を取り出すと、時間を確認した。


「少し長話が過ぎた様ね。私は、この位で失礼させていただくわ。シンシア、紅茶をご馳走様」

「はい」

 メイフェアは、シンシアにそう告げると屋敷を後にした。

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