第16話

「嬢ちゃん、威勢が良い割に、押されているじゃないか」

 アイナが、ゴルゴーンとにらみ合っていると、テレサの仲間達が一斉に襲い掛かった。


「おい、迂闊うかつに近付くな!」

 アイナの声が、彼らに届く前にゴルゴーンが動いた。シャーッという蛇の威嚇声いかくごえと共に、緑色の毒霧が、頭髪の蛇から一斉に吹きかけられた。

 その毒霧を、前衛に居た斧を持った爺さんと大男の二人がもろに浴びてしまう。彼らは顔を押え、もがき苦しんでいる。

「おい、大丈夫かっ!」

 魔法剣士のチャラ男が、二人に声を掛ける。だが、ゴルゴーンから仲間へと意識をらした事が、彼の致命的なミスとなった。

「は、早いっ!」

 ゴルゴーンは、瞬時に彼の背後に回り、その背中を鋭く伸びた爪で切り裂いた。チャラ男の背中には、大きな四本の深い溝がきざまれ、彼は紅い血飛沫を吹き散らしながら、地面へと倒れ込んだ。

「仲間が……一瞬で……」


 更に最後に残っていた精霊使いの男にも、ゴルゴーンの魔の手が伸びる。恐怖により動きを止めてしまった彼は、ゴルゴーンの長い尻尾に、いとも簡単に捕らえられてしまった。そして、その尻尾は、ジリジリと彼を締め上げる。


「グハッ!」

 彼は、苦悶の表情を浮かべながら吐血した。

「ちいっ! パーティーが瞬殺か」

 アイナは、一旦、距離を取る為、後方へ飛び退いた。そして、険しい表情でゴルゴーンをにらみ付けていた。


 ゴルゴーンは、捕らえていた精霊使いの男を容赦なく締め付ける。体内からは、ミシミシと骨のきしむ音が鳴り響き、与えられた苦痛で彼の表情が更に歪んだ。

「久しぶりににえだ。たっぷり味わわせてもらおう」

 ゴルゴーンは、男の首に喰らい付き、その肉を引き千切った。彼の首からは、大量の血が噴き出し、周囲を血色に染めた。


「ひ、酷い……」

 カティアは、この殺戮さつりくショーを目の当たりにし、呆然と立ち尽くしていた。

「あ、あれ、見て下さい……」

 シンシアは、小刻みに震える指で毒を浴びた二人の方を指差した。

「い、石になっています……」

 アイナは、二人の惨状を見て眉間のシワを更に深めた。

 カティアは、声を出す事も出来ず、ただただ、口を押えながら震えていた。


「いや、あれは、石化とは違うな。毒で急速に肉や体内の組織が壊死えししているんだ……。壊死えしした肉が、灰色に変わり石の様に見える……これが石化と言われる所以ゆえんか……」


 彼らが毒を浴びた部分の肉は、既に腐り灰色に変化していた。最も多くの毒を浴びた顔は、既に窪み始めており、二人共動きは無く息絶えているようだった。

 一方、背中に傷を負った魔法剣士の方は、重症ではあったが息があり、何とか立ち上がろうとしていた。


「お前達は、もっとここから離れていろっ!」

 アイナは、後方で立ちすくんでいる二人に指示を出すと、ゴルゴーンに斬りかかって行った。


「姫様っ! 毒を避ける盾を持っていないのですから、無茶はしないで下さいよ!」

 シンシアが指摘する通り、アイナは、いつも通りの二刀流で、毒霧に対しては全くの無防備な状態だった。

「どうやら、メイドの方が、余程、冷静なようね」

 ゴルゴーンの瞳が紅く輝くと、シャーッという威嚇声いかくごえと共に、大量の毒霧が、再びき散らされた。


「盾が無ければ、代わりを用意するまでだ!」

 アイナは、地面を剣で指し示すと、大地の魔法を発動させた。すると地面から土の壁が隆起し始め、アイナとゴルゴーンの間に仕切りを造った。毒霧は、この土の壁に阻まれ、アイナに達する事はなかった。


「しかし、これでは、貴女も私に攻撃が出来ないのではなくって――何っ!」

 その台詞をさえぎるかのように、風の魔法が土の壁を突き破り飛んで来る。その魔弾は、ゴルゴーンの頬をかすめ、通り過ぎて行った。それと同時に、その風の魔法は、その場に漂っていた毒霧を、波紋を起こすようにかき散らしていった。


 しかし、アイナの攻撃は、これで終わりではなかった。


 アイナは、自ら造った土の壁を破壊しながら、ゴルゴーンの眼前がんぜんに姿を現した。ゴルゴーンは、アイナから放たれた一撃を、青銅の長い爪で受け止める。透かさず二撃目がゴルゴーンを襲う。

 逆手に構えられた左手の剣が、彼女の首目掛けて弧を描く。ゴルゴーンは、上半身を後ろにのけらして、辛うじてこれをかわした。

「ちいっ! クネクネとよく動く」

 ゴルゴーンの喉には、紫色の一筋の線が僅かに描かれ、そこから魔物特有の紫の血がしたたっていた。


「炎に風に大地の魔法……何とも多彩な」

「お褒めに預かり光栄だよ」

 二人は、互いの次の一手を見極める為、様子を探り合っていた。


 しかし、その結末は、意外な形で訪れた。


「仲間の仇だーーーっ!」

 それは、手負いの魔法剣士の声だった。

 アイナとの戦闘に神経をとがらせていたゴルゴーンにとって、それは、完全なる伏兵ふくへいだった。

 彼は、大声で叫びながら、大男の持っていた大剣をゴルゴーンの尻尾に突き立た。

「何故、出てくる!」

 突き刺さった剣により行動の範囲を狭められたゴルゴーンは、毒霧を放ち反撃した。

「ぐがーーーーーーっ!」

 毒霧をもろに浴びた魔法剣士の体が、見る見るうちにドロドロと崩れ落ちていく。

 敵を仕留め、ニヤリと笑うゴルゴーンの頬を風が撫でる。


 ――しまった。


 彼女は、致命的なミスに犯した事に気付き、慌ててアイナの方へと視線を戻す。

 だが、それは、あまりにも遅すぎた。その時既に、彼女の瞳の中には、宙を舞い目前に迫ったアイナの姿が写し出されていた。

 次の瞬間、景色が激しく回転し、その動きが収まった時には、ただ、空の景色を眺めていた。


――私は、負けたのか。


 彼女がその言葉を発する事は、既に出来なくなっていた。

 アイナは、ゴルゴーンを通り過ぎ、地面に着地した。纏っていた風が、紫色の波紋を描きながら散っていく。

 アイナの後方では、ゴルゴーンの首が、空高く跳ね上がっていた。同時に、残された胴体からは、大量の紫の血が噴き上げられていた。


 アイナは、剣に付いた血を振り払った時、後方では、ゴルゴーンの首が落ちる鈍い音が響いた。

 アイナは、きびすを返すと、再びゴルゴーンの方へと歩み寄った。その途中、地面に転がっていた彼女の頭部と視線を交えてしまう。

「そんな、卑怯者を見るような目で私を見つめるな。強敵と認めたからこそ、あの好機を見逃さなかっただけなのだからな」


 アイナは、そう言いながら、更に二、三歩前に進むと、頭部を失い、ただ立ち尽くすゴルゴーンの背後から剣を突き立てた。

 パリンという軽い音を響かせながら、ゴルゴーンのコアが破壊される。すると、その体は、あっという間に白化していき、灰と化して崩れ落ちていった。それと同時に、切り離された頭部も灰の塊と化し、風と共に散って行った。

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