第15話

「私は、運が良いのか、悪いのか……」


 アイナの右手には、白い宝石の付いたギルドの指輪が握られていた。


 アイナは、大きく息を吸い込むと、覚悟を決めたようにテレサの元へ歩み寄った。


「私達も、こうして命懸けでここまで来たんだ。カティアにも、そのエレナの指輪を見せてやってはくれまいか?」

「そうですね。是非とも見せてあげて下さい」

 アイナの言葉に同意するかのようにシンシアが言葉を連ねる。

「そうね」

 テレサは、少し低いトーンの声で答えると、手の平をゆっくり広げ、握りしめていた指輪を皆に見せた。

「見せて頂いても?」

「ええ」

 カティアは、テレサからその指輪を受け取り、感慨深げに眺めていた。

「間違いありません。これですね」

「おおっ!」

 周囲にいた者は皆、大団円を迎えたかの如く暖かい表情で見守っていた――アイナを除いて。


 シンシアは、その様子に気付き、アイナに声を掛けた。

「どうしたんです? 姫様。浮かない顔をして――」

「私も宝石付きの指輪を見付けてな――」

「えっ?」

 皆が一斉にアイナの方へ目を向ける。

「ふーっ。何ともタイミングの悪い……」

 アイナは大きく溜息を吐くと、自身が見付けたもう一つの指輪を親指で弾き、カティアの方へと放り投げた。

「えっ?」

 カティアは、慌てて両手を揃え、それを受け取る。


 カティアの手の中にそれが収まった瞬間、既に持っていたエレナの指輪に当たり、チャリンと軽い音を立てた。

「聞くところによると、白い宝石の指輪は、テレサの持ち物のはずだったな――では、何故、これがここに落ちている?」

 カティアは、アイナの言葉を聞き、慌てて自分の持っていた二つの指輪を確認した。

「お揃いの……指輪……。エレナさんとテレサさんの……」

 カティアは、何が起こっているのか理解出来ず動揺していた。

 それとは対照的に、テレサは、冷たい視線を皆に返していた。

「テレサさん、これは、どういう――」

 カティアが、疑問を問い掛けようとした正にその時、テレサは、恍惚こうこつとした表情を浮かべながら、大声で笑い始めた。


「あーはっはっ、ふふふふふ。ふふふ――」

 テレサは、腹を抱え、大げさに笑い続けている。

「ふん、言い訳も無しか……。大した証拠でもないというのに。失くしたとか、落としたとか、幾らでも言い訳はくだろうに、それすらしない。正体がバレようが、関係ないという事か? 私も見くびられたものだ」

 アイナは、冷徹な視線で、テレサをにらみ付けていた。

「アンデット達が、ああも簡単にやられてしまったのは、少し想定外だったけど、そんなの大した事ではないわ? だって、どうせ貴方達は、私には勝てないんだから。貴方達はここで死ぬの。それは、貴方達がどんなに足掻あがこうと変わりようがないわ。だから、私の正体がバレようと、そんなの関係ないじゃない?」


 ピキッという音と共にテレサの額に裂け目が入り、中から薄緑色の皮膚が現れた。

「噂通り、本物の死神だったとはな……。いやはや、笑えない冗談だ」

 アイナは、静かに剣を抜き、戦闘態勢に入っていた。

 カティアは、相変わらず呆けていた。


「おい、めちゃ子。そいつを連れて物陰にでも退避していろ」

「は、はい! カティアさん、行きましょう」

 シンシアが、腕を引こうとしたその時、カティアは、我に返り、溜め込んでいた疑問を一気にぶつけ始めた。

「これは……、これは、一体、どういう事ですか? 分かるように説明して下さい!」

 アイナは、呑み込みの悪いカティアを冷たい視線で見つめていたが、片側の眉毛だけがピクリと反応しており、その苛立いらだちを隠しきれずにいた。


「お前も認めたくないだけで、既に分かっているのだろう。二人はうに死んでいて、そこに居るのは、テレサに入れ替わった魔物だ」

「そ、そんなの嘘です。だって……」

「カティアさん、ここは、姫様に任せて、私達は、退避しましょう」

 シンシアに引っ張られながらも、カティアの視線は、未練がましくテレサの方へと向けられていた。


「もう、準備は良いのかしら?」

「まったく。さすがは魔族。汚い手を使う」

「おめ言葉と受け取っておきましょう」

 テレサが、少し首を傾げると、額に入っていた裂け目が広がり、見る見るうちに体が二つに裂けていった。そして、中から女型めがたの蛇の魔物が姿を現した。

 テレサの『がわ』は、脱皮した蛇の皮の如く地面に脱ぎ棄てられている。中から出て来た魔物は、物理法則を無視しており、その下半身は、とてもその『がわ』には収まらない長さを誇っていた。


「な、何ですか? あれはっ!」

 カティアは、テレサの変わり果てた姿を見て、思わず立ち止まり、声を上げた。

「ここは危険です! 姫様の邪魔にならないように安全な場所に移りましょう」

 シンシアは、動揺するカティアを強引に引っ張ると、更に離れた場所へと移動し始めた。


 その魔物は、上半身は人間の女の姿、下半身は蛇の体と半人半獣で、頭髪には、無数の蛇を持っていた。肌の色こそ、薄緑色に変わっていたが、その顔には、テレサの面影が残っていた。その事が、カティアの心を一層と揺さぶる。


「ゴルゴーン……見た者を石化するという魔物。だが、我々は、まだ石にはなっていない。言い伝えは、大して当てにならんという事か……」

 アイナは、敵の様子をうかがいいつつ、敵との距離を取り警戒を強めていた。

「それは――どうかしらね」

 ゴルゴーンは、ニヤリと余裕の笑みを浮かべた。

 それとは対照的に、アイナの額には、ジワリと汗がにじんでいた。

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