第13話

 アイナの放った炎の魔法は、この地や死骸から発生していた可燃性のガスを吸い込み、通常の数倍以上の破壊力となっていた。その魔法は、一瞬で一帯を炎に包み大きなキノコ雲を発生させながら、爆散していった。

 大穴の底から立ち上る炎と爆煙は、周囲の街からも確認する事が出来たという。異変に気付いた騎士団長は、即座に街の防御を固めるよう指示した。そして、その判断は功を奏した。

 程なくして、大穴からは、逃げまどう魔物達が、あふれ出て来た。それは、まるで沈没船から逃げ出るネズミの群れの如き光景だったという。


             *


 地上が大混乱に陥っていたその最中さなか、大穴の底では、事態の決着が付こうとしていた。

「あの爆発でも生き残るとは、さすがアンデットの長というところか」

 アイナは、半数の腕を失い、力なく立ち尽くしていたデスナイトにゆっくりと歩み寄った。

「だが、ここまでだ」

 アイナは、既に抵抗出来なくなっていたデスナイトのコアに静かに剣を突き立てた。コアがガラスのように弾け飛ぶと、デスナイトは、その場でバラバラと崩れ落ち、地に落ちたその骨は、あっという間に灰に変わった。


「こりゃ~とんでもねぇ破壊力だな~」

 テレサの仲間達も、アイナの後を追い、爆心地付近にやって来ていた。

 漂っていたガスと瘴気しょうきは、アイナの放った炎により焼き尽くされ、その代わりとして、アンデット達の残骸であろう灰が、雪のように宙を舞っていた。それらの灰は、辺り一面をうっすらと白く染め上げ、神秘的な風景を創り出していた。


「ガスの次は、死人の灰か……」

 有毒なガスは一掃されたとはいえ、灰が漂っている状況では、マスクを外す事も出来ず、アイナは幾許いくばくかのわずらわしさを覚えていた。

 宙を舞う灰を恨めしそうに眺めているアイナの横を、テレサは一言も発する事無く、にらみ付けるような鋭い視線を向けながら通り過ぎて行った。

「敵を排除してやったというのに」

 アイナは、不満げに呟いた。


 アイナは、何気なくテレサの行動を視線で追っていた。すると、彼女は、地面にひざまずき何かを探し始めた。

「しまった……。あの視線は、そういう意味だったか」

 恐らく、テレサが探しているのは、カティアの言っていたエレナの指輪であろう。

 アイナは、自信に失態に気付き、何ともばつの悪そうな表情を浮かべた。その後アイナは、自分の頬を両手で二回、ペシペシとと叩くと、覚悟を決めたようにテレサの方へと歩いて行った。

 そのかん、テレサは、灰の中を手でまさぐり、必死になって指輪を探し続けていた。

「すまぬが、一旦、手を止めて、立ち上がってはくれまいか」

「何で?」

 テレサは、敵意をむき出しにしながら立ち上がった。

「まぁ、待て。私達とて同じ目的でここまで来ているのだ。探すのを手伝わせてくれ」

 アイナは、そう言うと剣を左から右へ軽く振った。


 するとアイナを中心に微かな風が立ち始め、積もっていた灰が息を吹きかけられた時のように静かに飛んで行った。

「これで少しは、見付け易くなっただろう」

 風の魔法が通り過ぎた後には、重くて飛ばされなかった金属の破片だけが、地面に残されていた。

「すまなかった。敵を一掃する事だけに気を取られていたようだ」

「別に気にしてないわ。アンデットを殺しながら探すのも時間を要していたはずだもの。まぁ、安全に探せるだけ今の状況の方がマシかもね」

 テレサは、口ではそう言ってはいたものの、内心、怒りを溜め込んでいるようにも見えた。


「姫様~」

 そんな時、シンシアが、アイナの後方から声を掛けて来た。

 テレサは、少しだけシンシアの方を見やったが、何も言わずにその場から立ち去り、少し離れた場所で、再び指輪を探し始めた。

「何か、あったのですか?」

 シンシアが、アイナのそばに歩み寄る。少し遅れて、カティアもそれに合流した。

「いや、少し乱暴に敵を排除してしまったなと……。まぁ、他に方法があったとも思えんが、友人の死体を灰にしてしまったかもしれないのだからな。あのくらいの仕打ちは、甘んじて受け止めるしかない」

「…………」

 シンシアは、やり切れない表情でテレサの方を見ていた。

「でも、私は、少しだけ安心しています……」

 カティアの予想外の言葉に、アイナとシンシアは、驚きを隠せなかった。

「それは……どうしてです?」

「確かに、この辺りのアンデットが全て灰になってしまった事で、人物の判別は難しくなってしまいました」

「だろうな」

「ですが、私は、その……。テレサさんに、エレナさんの変わり果てた姿を見て欲しくなかったのです」

「…………」

「いや、こんな言い方は、卑怯ひきょうですね。、それを見たくなかっただけの事ですね……。ホント、いつまでも自分勝手で……」

 今にも泣きそうなカティアを見て、シンシアは、少しおどおどとし始めていた。

「で、で、で、ですが、あのまま何も出来ずに帰るより、よっぽどマシな状況です。私達も頑張って指輪を見つけましょう」

 カティアを励ますかのようにシンシアが、声を張った。


 すると、アイナ達の背後から声を掛けて来る者達がいた――テレサの仲間達である。

「指輪探し自体は、俺達の契約外ではあるんだが、見てられないからな。手伝ってやるとするか」

「困っているレディを放っておく訳にもいきませんからね」

「ふん。わしは、端からそのつもりだったがな」

「皆さん……」

 シンシアは、自分の呼びかけに答えてくれた者達がいた事で、少し感激していた。

 そして、カティアと目を合わせると、二人は、息を合わせたように頷いてみせた。


 こうしてテレサの仲間達も加わり、指輪の捜索が開始された。

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