第12話

――第八階層 入口付近――


「なんだ? ここは……。死屍累々ししるいるいじゃないか」

 アイナ達は、朝から自然の地下迷宮をひたすら下り、地上からも見る事が出来る『ガイアの大穴』の底――第八階層に到着していた。


             *


 この第八階層は、『ガイナの大穴』の底と呼ばれている場所で、平坦な土地が広がっている。時折、噴出するガスや瘴気しょうきのせいで草木は育たない、荒れた土地が底一面に続いている。植物が育たない事もあり、生物といえば、死肉を喰らう小動物か、昆虫くらいしかいない。その他で動く影があるとすれば、それは、魔物である。

 穴の直径が巨大な事もあり、ガスや瘴気しょうきさえ漂っていなければ、太陽の光は、十分に届く場所でもある。それ故、周囲を囲う断崖絶壁は、ガスのない上層へ行く程、緑が豊かになってゆき、そこに住み着く生物も増えてくる。条件さえ整っていれば、この第八階層から大空を舞うカラフルな鳥達を眺める事も出来るであろうそんな場所である。


             *


 アイナ達は、第八階層への入口であるトンネルを抜けると、直ぐに岩陰に身を潜め、周囲の状況の確認作業に入った。

 先行していたテレサ達も、アイナ達から少し離れた場所で同様に周囲を警戒しているようである。


「ガスに肺をやられてしまいます。これを使って下さい」

「すまない」

 アイナは、カティアからマスクを受け取ると、早速、装着した。

「すーはー。すーはー。これ、面白い音がしますね」

「お前は、気楽で良いな」

「フフフ。姫様、変な声」

「お前だってそうだろう」

 マスクのせいでこもったような声になってしまったアイナをシンシアが笑う。

「何だか、お二人を見ていると戦場にいるのを忘れてしまいそうです」

 二人のやり取りを見ていたカティアも笑みを浮かべていた。

 

「それにしても、すごい数のアンデットですね」

 シンシアは、カティアから借りた単眼鏡を必死に覗きながら言った。

「ここは、墓場でもあった場所ですから……。昔は、この『ガイナの大穴』に死者を投げ込んでとむらっていたんです」

「なるほど、アンデットの素材は、十二分にあると言う訳か。今後は、是非とも、火葬か土葬にしてもらいたいものだな」

「でも、アンデットは、人間のモノだけじゃないみたいです。獣っぽいヤツや魔物っぽいヤツもいるみたいです」

「それにしても、お前。そんなにしっかりとアンデットを眺めてて、気分が悪くなったりしないのか? こんな場所で『げー』されても困るぞ」

「ああ、その事なんですけど、良い感じにガスがかかってて、詳細までは見えないので意外と大丈夫なんですよ」

「確かに凄い量のガスだな」

「この階層では、普段から、腐敗で発生したガスや地中から漏れ出ている瘴気等しょうきなどが交じり合って、常にガスが漂っているようなのです。ただ、入る時に聞いた通り、普段よりだいぶガスの量が多いようです」

「しかし、これでは見つかる可能性も少ないかもしれんが、こちらもうかつに近付けんぞ。煙が晴れたら目の前にアンデットの集団がいた等あっては、笑い話にもならん」

「あ、姫様、あそこを見て下さい! 何かボスっぽい大きなモンスターがいます」

 アイナは、シンシアから単眼鏡を取り上げ、その姿を確認した。

「六本の腕を持つ大型のスケルトン。間違いないデスナイトだ……」

「ちょっと、ヒドイです。私が見てたのに~」

「お前は、子供かっ! ほら」

 アイナは、そう言うとシンシアに単眼鏡を返してやった。

「強そうなモンスターですね……」

「まぁ、実際に強い部類のモンスターだけどな」

「背中側に向けた腕で盾を二個持って――なるほど、あれで背後を守っているんですね――。あれ? お腹に大きな赤いたまがあります。あれは、何でしょう?」

「それは、おそらくコアだ。アンデットは、生物と違って、邪悪な魔力で動いていると言われている。その力の源がその球だ」

「人間の心臓みたいなものですか?」

「まぁ、心臓であり、脳でありって感じなのかもな。ちなみに、他のモンスターにも、肉で見えないだけでコアはあるぞ。それが、獣と魔物の違いだ」

「へぇ~。何か勉強になりますね」

「おっと。モンスターウォッチングに来た訳ではなかったな。さて、どうしたものか……」

「何とか彼らを排除できないでしょうか?」

 アイナとシンシアの後ろから、カティアが声を掛ける。

「まぁ、出来なくはないが――」

 アイナは、そう言いながら、テレサ達の方へと視線を向けた。


「どうかされましたか?」

 カティアは、テレサへ向けられた視線を感じ、不安そうな表情を浮かべた。

「まぁ、一発噛ます前に、奴らにも声を掛けておくか……。それにしても、『死神のテレサ』におともがいるとはな」

「最近は、その噂の事もあって、テレサさんは、仲間集めに苦労しているようです。ですので、彼女は、稼いだお金を全て使って人を集めているようです」

「どうりで、癖の強い奴ばかり連れている訳だ」

 アイナは、頭をきながら、小さなため息を吐くと、少し離れた場所にいるテレサ達の方へと歩いて行った。


「この状況の打開策について、提案があるのだが――」

 テレサは、当然の如くアイナを無視していたが、イケメンの精霊使いが、それに答える。

「お嬢さん方は、何か秘策を持っているという事かい?」

「まぁ、そういう事だ。ここにいる全員で協力したとて、さすがにこの数のアンデットを相手にするのは、つらかろう」

「だろうねぇ」

「え? じゃぁ、打つ手無しって事ですか?」

「めちゃ子、人の話は最後まで聞け……。お前は、私を誰だと思っているのだ?」

「はあ……」

 シンシアは、すくっと立ち上がったアイナを小首をかしげながら、ただ漠然と見上げていた。

 アイナは、そんなシンシアを気にも留めず、視線を敵の本陣に向けたまま、話を続ける。

「自分がやりたい事と自身が持てる才能が、必ずしも合っているとは限らない」

「はあ……」

 シンシアは、アイナの言いたい事が理解出来ず、再び、あいまいな返事を返した。

「私は、魔法使いなる者に憧れていた。しかし、実際に持っていた才能は、剣のそれだった。だが、今は違う」

「姫様が、何をおっしゃっりたいのか理解出来ないのですが……」

「私は、今。この体、この血筋を得た事を猛烈に感謝している」

「ちょっと、姫様?」

 シンシアは、ここにいる他の人達に、アイナの真の素性を知らてしまうのではないかと、きもを冷やしていた。

 アイナは、そんなシンシアの反応も含めて、今の状況を楽しんでいるように見えた。もちろん、この程度の発言では、その意味は分からないと見越した上での事である。

 その思惑通おもわくどおり、イケメンの精霊使いを含め、他の者達もアイナの戯言たわごとをポカンとした表情で見つめていた。


「無数の敵を強力な魔法で一掃する――これこそ、私が求めていた力ではないか」

 アイナは、ニヤリと笑みを浮かべると、剣先をアンデットの群れの中央――デスナイトの方へ向けた。

「姫様! 何をする気なのです?」

「黒より黒く闇より暗き漆黒しっこくに――なんてな」

 アイナが、冗談っぽく詠唱えいしょうを唱えたかと思うと直ぐに、剣先から小さな赤い火の玉のようなものが飛んで行った。

 その火の玉は、デスナイトの頭上で停止した。そして、付近の空気を吸い出すとその勢いは次第に強くなり、黄土色のガスを吸い寄せながら、周囲に強風を引き起こし始めた。

 デスナイトを含めたアンデット達は、何が起こっているのかを理解出来ず、頭上で大きくなっていく火炎の玉を、ただただ見つめていた。


「Uh-Oh……」

 アイナの発した言葉に、周囲の者達は、彼女が何かをやらかした事に勘付いた。

 彼らは、アイナの顔を一瞥いちべつしたのち、一様に彼女の放った火炎の玉に視線を向けた。


「マズイな、物陰に隠れて防御態勢をとれ――全力でだ」

 その発言を聞いたシンシアとカティア、そして、テレサの仲間達は、一斉に防御魔法を展開し始めた。


 そのかんもアイナの放った火炎の玉は、ガスを含んだ空気を吸い続け、どんどん大きくふくらんでいた。

「ちょっと、姫様。あれ、非常にマズイ状況じゃないんですか?」

「だから、マズイと言った」

 その発言の直後、大きくふくらんだ火炎の玉は、我慢の限界と言わんばかりに、大きな閃光を放ち炸裂さくれつした。中央に向かっていた風は、その瞬間、一気に逆流し、今度は激しい熱風と共に炎が拡散されていった。

「う、嘘でしょ!」

 アイナ達の元にも、激しい炎と爆風が到達した。その余りにも凄まじい衝撃に、カティアは顔を歪めながら、シンシアと共に、必死になって防御魔法を支えていた。


 少し離れた場所では、テレサ達が同様に防御魔法を展開し、衝撃に耐えている。周囲は、瞬時に生じた爆炎と爆光にのまれ、白一色の世界と化していった。その光量は、すさまじく、誰一人目をける事が出来ずにいた。

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