第9話

 アイナ達が、中央付近の『庭』を一望できる丘に辿り着いた時、既に偵察隊は、ゴブリン、オーク達と交戦状態にあった。戦場は、敵味方が入り乱れ、まさに混戦状態であった。

「何だ、この無様ぶざまな状況は! これでは、まともな支援魔法も撃ち込めんだろうに……」

「何とかならないのでしょうか? このままでは、偵察隊が全滅してしまいます!」

 カティアは、アイナの腕を掴み、揺さぶりながら言った。


「ええい、これでは、お前達を巻き込みかねん。二人は下がって、防壁を展開して防御に徹しろ」

「姫様は、どうするのですか?」

「これだけ混戦してては、どうなるか分からんが、何とか奴らを敵から引き離して態勢を整えさせる」

 アイナは、そう言い残すと丘を駆け降り、戦闘中の偵察隊の方へと向かって走って行った。


 アイナは、丘を一気に駆け降り、背丈程の草叢くさむらをかき分け進んだ。中央の川を風の魔法で一飛びすると、足首程の草がまばらに生えている草原に出た。

 その草原には、ゴブリンや人間の死体が其処彼処そこかしこに転がっており、両軍入り乱れての激しい戦いが行われていた事を物語っていた。


 アイナは、更に、赤土舞う中を進み、前方の敵に集中していたゴブリンの群れに斬りかかった。その場には、三匹のゴブリンがいたが、背面から現れたアイナに気付く間もなく斬り捨てられた。更にその先には、二匹掛ふたりがかりで一人の兵を襲うゴブリンの姿があった。


「おうりゃーーーっ!」

 アイナが剣を振り下ろすと、二匹のゴブリンは、反撃の余地もなく、あっと言う間に切り殺された。付近には、ゴブリン達の血が降り注ぎ、襲われていた青年とアイナを紅く染め上げていった。

 助けられた青年は状況を理解出来ず、キョトンとした眼差しで、アイナの方を見ていた。

「ここの隊長は、どこにいる?」

「え?」

 青年が、間抜けな声で返す。

「ここの隊長は、どこにいるかと聞いているっ!」

 アイナは、腰を抜かしている青年の胸倉を掴み引き起こすと、今度は、強めの口調で言った。

「わ、分かりません!」

 アイナの迫力に押され、青年の声は、少し裏返っていた。

「全く! 全員、一旦ここまで後退しろ!」

 アイナは、剣をかかげながら大声を上げ、合図を送る。しかし、兵達は、それに全く気付く事無く、逃げだどっていた。

「ええい! この隊の奴らは、素人の集まりか!」

 アイナは、少々苛立っていたが、その気持ちを抑え、隊の態勢を立て直す方法を模索し始めていた。

「おい、お前。そこに落ちている団旗を持ってここに立っていろ」

「えっ? あ、はい!」

 アイナは、そう命じると二本の剣を抜き、ゴブリンを斬り捨てながら、混戦の中へと駆け入っていった。

「ゴブリンといえど、力では人間より上だ! 一対一で戦おうとするな! 一旦、退け!」

 アイナは、ゴブリンとの戦闘を繰り広げながら、近くにいた兵に声を掛ける。

「ど、どこに退けと言うんですっ!」

「あの旗が見えるか! あそこに集結して、態勢を整えろ!」

 アイナが剣で示した先を見て、その場にいた兵士達は、旗の方へと後退し始めた。

 アイナは、更に先に進み。取り残された兵士達に声を掛けていく。この地道な行動が功を奏し、残存している偵察隊は、次第に集結し始めていた。


「そろそろ牽制をかけるか」

 アイナは、そう言いながら剣を大きく前に振るい、稲妻の魔法を放った。

 放たれた稲妻の魔法は、風の魔法に属するもので、周囲の空気を使って電撃を発生させるものである。

 数本の蒼白い電撃が降り注ぎ、数体のゴブリンを葬り去った。威力としては、そこまで大きなものではなかったが、敵の攻勢を抑えるには、十分な効果があった。


「よし、いけるぞ」

 アイナは、更に稲妻の魔法を放った。

 その魔法では、ゴブリン達を一体も仕留める事はなかったが、その攻撃を警戒した彼らをじりじりと後退させる事には成功した。それを見たアイナは、更に魔法を連打する。


「何だ?」

 ここでアイナの想定外の事が起こった。ゴブリンの群れが撤退を始めたのである。

 ゴブリン達は、キョロキョロと振り返りながら逃げ去って行った。どうやら炎や爆発といった攻撃は見慣れていたようだが、稲妻系のそれに対しては経験値が少なく、彼らの恐怖心をあおったようだ。

「あっけないな」

 アイナは、少し拍子抜ひょうしぬけしたように、呟いた。


 しかし、戦闘はこれで終わらなかった。目を凝らすと砂塵さじんの向こうでオークと交戦している人影が見える。

 どうやら、一人の少女が、冒険者数名を率いて、二匹のオークと交戦しているようだ。

「まさか……。あれがテレサとか言う少女ではあるまいな」


 彼女の場数を踏んでいるであろう戦闘ぶりを見て、アイナは、少し嫌な予感に襲われていた。

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