第8話

――ガイアの大穴 第二階層――


「普段は、この第二階層までは、観光客も入れるんですよ」

 無人となった露店の前で、カティアが言った。

確かにこの第二階層までは、道も整備されており、大した苦労もなく進む事ができた。普段であれば、観光客でごった返しているであろう場所ではあるが、今は退避勧告の為、無人と化している。


 地上から少し降りた場所にある第一階層には、大きな広場と土産屋が立ち並ぶ空間があり、大地の縁とも言える崖の方に進めば、大穴を一望する事も出来た。

 更にそこから、見晴らしの良い崖沿いの階段を下った先が、この第二階層である。

 細長い広場の先には、巨大な扉が設けられているが、ここは、普段から固く閉ざされている。冒険者達は、ここから更に下層へと降りていく訳だが、その大きな扉をくぐる事は少なく、その横の衛兵が立っている通路を通って先に進む事が多かった。


「ここから先が、第三階層になります」

 カティアが軽く会釈すると、両側に立っていた衛兵は、それに答えるように敬礼をした。

「顔パスとは、さすがだな」

「話は、通してありますので――。さぁ、先に進みましょう」

 カティアを先導に、アイナ達は、第三階層へ足を踏み入れた。


「この辺は、ダンジョンっぽいんだな」

 シンシアは、多少怯えているのか、アイナの肩に両手を置いて、キョロキョロと周囲を警戒しながら、薄暗いトンネル状の道を歩いていた。

「そうですね。『ガイアの大穴』の底に到着するまでは、(大穴の)側壁にあるこういった坑道を下る形になりますね。でも、底に到着したら印象も変わると思いますよ。あそこは、どちらかというと高い壁に囲まれた荒野みたいな所です」

「そうなのか」

「むしろ、本当のダンジョンは、その大地の下に広がっています。魔物が強すぎて調査はなかなか進みませんけど――」

「つまり、人間が見れる場所等、表層の一部という訳か。まぁ、海も空も見れる範囲は限られているしな」


 二人がそんな話をしている中、シンシアだけは何やら鼻をクンクンさせている。

「どうした?」

「なんでしょう? この甘い匂いは?」

「もうすぐ分かりますよ」

 カティアの言う通り、その答えは、すぐに明らかとなった。

「うわぁ、キレイ!」

 シンシアは、思わず声を上げた。


 狭いトンネルのような空間を抜けると、突然、視界は開け、巨大な地下空間のような場所に出た。

 その空間の中央には、一本の真っ直ぐな道があり、両脇には花畑が広がっていた。そこに咲いていた無数の白い花は、ぼんやりと緑色に発光しており、太陽の光の届かないこの空間をほのかに照らしていた。


「私達が、今通っているこのルートは、自然の洞窟と人工の坑道でできているんです。この花は、かつて、鉱夫達が、松明たいまつの燃料節約の為に、持ち込んだと言われています」

「へぇ~。そうなんですね。凄く幻想的です」

「冒険者達には見慣れた光景ですが、一般客は入れない場所ですので、貴重な体験ですよ」

 カティアは、シンシアに対し、観光案内でもするかのように丁寧に解説した。


 カティアの先導を受けながら、一行は、更に奥へ進む。

「うわぁ~! 姫様、見て下さい! 凄く綺麗ですよ」

「あれは、ヒカリゴケの一種でして、自ら発光している珍しい苔なんです」

 第四階層に入ると、人工的に作られた坑道のような場所が増えてきていた。坑道の天井にはヒカリゴケと呼ばれる苔が生えており、蒼白い光を放っていた。階層毎に変化する幻想的な光景に、シンシアのテンションは、かなり上がっていた。


「それにしても、何でお前らそんなに元気なんだ? 観光に来た訳じゃないんだぞ」

「アイナ様の言う事も一理あるのですが、折角ここまで来られたのですから、私達の住む場所の良い所も知って欲しいのです」

「そうですよ、姫様。滅多に来れる場所ではないのですから、知見ちけんを広げると思って、少しは、カティアさんの話に耳を傾けた方がお得と言うものですよ」

「はあ~~~」

 アイナは、返事の代わりに大きなため息を吐いて見せた。


「あそこからは、第五階層です。そして、この世とあの世の境界線と呼ばれている場所です」

 カティアの表情が、険しいものに変わり、その彼女の指示した先には、小さな階段とその脇にす少女のミイラの姿があった。

 それに気付いたシンシアは、思わず目をらせた。

「この少女は、かつて生贄としてこの大穴に捧げられたと伝えられています。そして、死者の国への入口の目印として――更には境界を護る守護者として、今もこの場所に残されています」

「大穴を崇拝する土着の信仰か……。少しだけ聞いた事があるな」

「ええ、そうです。かつては、この大穴を神聖な場所と考え、禁足地としていたようです。この地では、死者を埋葬する事無く、大穴へと落とす事でとむらっていたそうです」

「まさに、この先は死者の国と言う訳か」

「ええ。ですが、その話は、今でも通じる部分があります。ここより先は、魔物達の生息地でもあります。言わば、人間世界との境界線とも言えるのです」

「なるほどな。では、気を引き締めて行くとするか」

 アイナ達は、少女のミイラに一礼すると、階段を下って行った。


――ガイアの大穴 第五階層――


 カティアは、首から下げていたペンダントを取り出し、宝石部分をいじりだした。カチっという軽い音がした後、そのペンダントが光り出した。

「魔法石のペンダントです。ここから先は、この灯り頼りに進みましょう」

 カティアは、ペンダントの灯りを掲げ、階段を降りて行った。アイナとシンシアもそれに続く。


 細長い階段を暫く進むと、出口の光が見えて来た。その階段を抜けると、一気に開けた場所に出て、大量の光が差し込んで来た。

 アイナ達は、その眩しさから、思わず目を覆っていた。どうやら坑道を抜け、再び大穴の側壁に出たようだ。


 階段を抜けた先は、背丈ほどの高さの草木が茂る草原のような場所になっていた。その草原は、上層の崖より少しせり出した場所にあり、空を直接拝おがむ事ができた。草原の奥には、棚田のような階段状の地形があり、更にその奥には、雑木林の様な小さな森も見えた。


「第五、第六階層はゴブリンやオーク達の住処になっています。慎重に進みましょう。特にこのせり出した『庭』と呼ばれる空間は、彼らの狩場になっていて特に注意が必要です」

「完全にアウェイという訳か」

「まぁ、端的に言えば、そう言う事です」


 よく見れば、大穴の側壁には無数の横穴があり、どうやらそこがゴブリンやオーク達の住処になっているようだ。

 この『庭』と呼ばれる草原は、大穴の三分の二ぐらいの深さに位置し、えぐれた崖とせり出した大地で構成された円形状の土地であった。

 『庭』の側壁中央には、『天使の滝』と呼ばれる滝が存在し、そこから流れ落ちた水が空間中央の川を形成していた。地上よりもたらされる水と光が、この空間に多様な生態系を生み出しており、生物達に憩いの場を提供していた。それと同時に、ゴブリンやオーク達の絶好の狩場ともなっていた。


「あの滝を見て下さい。あまりの落差に水が分散されて、下の方では霧のようになって広がって見えますよね。あの形状が天使のように見える事から『天使の滝』と呼ばれているんです」

「星座と一緒で、そう言われれば、そう見える様な気がするだけだな」

「もう、姫様は、一々文句を言わないと死んじゃう病なんですか」

「それは、そうと、こんな場所でゆっくり観光していて問題ないのか? ここは、既に敵地で狩場なのだろう?」

「ええ、そうでした。申し訳ありません。ここは、今回の目的地では、ありません。サッサと通り抜けてしまいましょう」

 カティアは、アイナの指摘を受け、再び歩き出そうとした。


「残念ながら、そう簡単に通過させてはもらえぬようだ」

「えっ?」

 カティアが、少し驚いてアイナの方に顔を向けると、当のアイナは、目を細め何やら遠くを見やっていた。

「あそこの煙を見てみろ」

 アイナに促され、視線をそちらの方へと向けると、中央の川を越えた辺りに、数本の細い煙が立ち上っているのが見えた。

「火の手が上がっている? まさか、偵察隊が――」

「どうやら待ち伏せにあったようだな。どう考えても、地の利は向こう側にある。私達が追い付くまで、もてば良いのだが……」

「テレサさん……」

 カティアは、不安そうな表情で煙の立ち上がる場所を見つめていた。

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