第7話

――数日後 ガイアの大穴 入り口付近――


 アイナ達は、必要な物資を調達し、ガイアの大穴に挑もうとしていた。ガイアの大穴の入り口付近は、多くの観光客で賑わっていた。上層部分は、一般客にも開放されており、深部に潜る為の入口からが冒険者が立ち入る事ができる危険地帯ととなっていた。


 大穴に向かう街道は、石畳で出来ており、その両脇には、土産屋が立ち並んでいた。そこでは、『ガイアの大穴』にちなんだ色々な品が売られており、まさに、観光地と言った風景だった。


「結構な人混みですね」

「ええ、この国でも、有数の観光地ですからね。はぐれないように気を付けてください」

「もう帰りたくなってきた」

「姫様。まだ、中にも入っていないじゃないですか……」

 あまりの人込みに、アイナは、既にウンザリしていた。

「先にこれを渡しておきます」

 そう言うと、カティアは、アイナの名前が刻まれた銅製の指輪を渡した。


「これが噂の、冒険者の認識票か」

「はい。認識票というのは少々あれですが――冒険者指輪ぼうけんしゃリングは、右手親指におはめ下さい。困難に立ち向かう意志を表していると言われています」

「ふ~ん。私のは、特別製ではないのだな」

 アイナは、銅製の指輪を少し不満げに眺めている。

「アイナ様は、冒険者の登録は、今回が初めてになります。ですので、取り敢えず、銅階級からのスタートになります。今回の依頼も査定の対象ですから、無事、解決出来れば、直ぐにランクアップが認められると思います」

「なるほど。私なら、必ずやり遂げてくれるはずだから、敢えて銅製の物を用意したと――そう言いたい訳か。良い言い訳だな。だが、別に直ぐ死ぬかもしれん奴に、高価な特製指輪等、準備出来きる訳がありませんとハッキリ言って貰っても私はさして気にしないぞ」

「姫様っ! 冗談が、悪質過ぎます!」

「…………」

 カティアは、アイナの鋭い言葉に反応も出来ず、只々、顔を引きつらせているだけだった。


「冗談はさておき、銅階級という事は、最低ランクだろ? 依頼クエストというのは、冒険者の階級に合わせて紹介するのが、ルールではなかったか? 今回の依頼内容からするに、とても最低ランクが請け負う依頼クエストとは思えんのだが――」

「その点は、大丈夫です。探索や採取、採掘等は、最低ランクの冒険者でも、請け負う事が出来ます」

「つまり?」

「こ、今回の依頼は……」

「今回は?」

「今回は……探索に……該当……します」

 アイナの追及に対し、カティアは、申し訳さそうに答えた。

「はぁ~。何ともご都合主義的な……」

 アイナは、呆れた表情でカティアの顔を見やった。

「そんな詭弁が許されるなら、私を特別待遇で高ランクからスタートさせても良かったのではないか?」

「いえ、それはできません。冒険者の皆様は、自分達のランクに誇りを持っておられます。ですから、その評価の公平性が疑われるような事があってはなりません。それは、ギルドの信用問題に関わる事なのです。ですから、これまで王族や貴族の方でも、必ず銅階級から始めていただいております。今回の評価に対し、ご不満がある事は、重々承知しております。アイナ様は、最低ランクのスタートではありますが、ギルドとしては、その実力を高く評価しております。そこだけは、信じて頂きたいのです」

 カティアは、アイナの手をガシッと握ると、真剣な眼差しで必死に訴えた。

「あ、いや、別に、ランクの事は、そこまで気にしている訳ではないのだが……。逆に、そこまで必死に訴えられると、些細な事で不満を垂れているようで、こちらが恥ずかしくなってくる」

「些細な事ではありませんっ! ランクは、非常~に、重要な問題なんです!」

「ああ、もう、鬱陶しい!」

 カティアの変な地雷を踏んでしまったと感じたアイナは、思わず握られた手を振りほどいた。

 その間も、カティアは、ランクの重要性について、アイナに熱く語っていた。


 そうこうしている内に、巨大な門が、正面に見えて来た。一行を待ち受けていたのは、一人の大柄な騎士だった。

「カティア殿、お待ちしておりましたぞ」

「あら、騎士団長さん、何か御用でしょうか?」

「ええ、大穴に降りられると聞きましたので、ここで貴女方をお待ちしておりました」

「何かあったのですか?」

「ええ。ここ数日、魔物共の動きが活発化しておりまして……。現在、入口は封鎖させていただいております」

 大柄な騎士団長の話では、最近、魔物達の活動領域が広がっており、入口付近にも現れるようになっているとの事だった。普段は、観光客でも地下第二層付近まで降りられるようであるが、そんな事情から、入り口の大門も閉ざしているようだった。


 大門の両脇には、門塔が設けられており、魔物達が大穴の底からい出して来るような非常時には、防衛線の役割もになうようである。塔の上や壁の上には、兵士の姿も見受けられ、警戒レベルが上がっている事をうかがわせていた。


「で、魔物が大量に発生している原因について、そちらでは、何か掴んでいるのか?」

「調査中ではありますが、一応。『ガイアの大穴』は、すり鉢状ばちじょうの形状をしておりまして、第八階層が、一応の大穴の底と言えます。それよりも深い階層もありますが、その先は、個別の洞窟の様になっておりまして、それ以降の調査は、あまり進んでおりません。今回は、その第八階層で、大量にガスが発生した事により、魔物達が、上へ上へと追いやられているのではないかというのが、最も有力な説です」

「ガスが発生しているのであれば、魔物だけでなく人も立ち入れないのではないか?」

「それなら大丈夫です。こちらにマスクを用意しております」

カティアは、そう言いながら、アイナとシンシアの分のガスマスクを取り出した。

「何とも手際の良い事で……」

「いえいえ、平時でもガスは存在しているのです。風向きによっては、必要になりますので、大穴に挑む時は、携帯しておくべきアイテムの一つなのです。言わば、必須アイテムです」


「それから、私がここにいるのは、もう一つ心配事がありまして――」

「心配事と言いますと?」

 カティアが透かさず反応する。

「あの、なんと言いますか、テレサ殿が、既に偵察隊と一緒に潜っておりまして……」

「テレサさんがっ!」

 カティアは、明らかに動揺していた。


「テレサ殿を含む偵察隊が、大穴へと向かったのは、昨日の事です。偵察隊は、第五階層付近に留まり、そこから大穴の底の状況を確認する予定です。今から追えば、夕方には合流できるでしょう」

「なるほど。とりあえず、先遣隊の死体に遭遇しなければ、そこまでは、安全に行けるという事だな」

「姫様、そのような言い方はどうかと思いますよ」

「ハッ、ハッ、ハッ。噂通り、アイナ様の物言いは、辛辣しんらつでございますな」

「一体、どんな噂が出回っているのか……。それにしてもだ。私のようなか弱い乙女が危険な地におもむこうとしているというのに、誰も止めようとはしないのだな」

「私は、見た目で人を判断する事は、しませんからな。ガッ、ハ、ハ、ハ」

「私的には、見た目で判断して、止めて欲しかったのだがな……。こんな時に限って貴殿のような人物に遭遇してしまう。私は、よくよく運が無いようだ」

「それは、お褒め頂いているという事ですかな?」

「好きに解釈しろ。まぁ、良い。状況は分かった。もう、行こう」

「アイナ様。ご活躍、期待しておりますぞ。ガッ、ハ、ハ、ハ」

 アイナは、騎士団長の言葉をスルーして、カティアとシンシアを引き連れ、その場を後にした。

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