第5話

――夜 飛行船 甲板――


「アイナ様、こんな所に長居しては、お体に障りますよ」

 一人、夜空を眺めているアイナに、カティアが話し掛けてきた。

「私は、どうも旅と言うものを楽しめないたちらしい。どうにも落ち着かなくってな」

「シンシアさんは、一緒ではないのですね?」

「いつも一緒にいる訳じゃないからな。それに、私に対して、アイツは、普通の使用人という感じではないしな」

「確かに、少し独特な関係に見えますね」

「独特ねぇ……」

 アイナは、少し、苦笑いを浮かべた。

「一つ、質問を宜しいでしょうか?」

「何だ?」

「あの~。シンシアさんは、《人形》なのですよね……」

「ああ、そうだが――」

「いえ、何と表現したらいいのか、表情豊かと言いますか……。普通の人と接しているような感覚になります」

「前にも似たような事言われたな~。あれでも、昔は、普通の《人形》だったらしい」

「らしい?」

「ああ、いや。言葉の綾だ。気にしないでくれ」

「はぁ」

 カティアは、少し不思議そうな表情を浮かべたが、それ以上、さして怪しむ事も無かった。

「表情が豊かなだけなら、大して問題はないのだが、アイツ、私によく逆らうからなぁ」

「えっ、そうなんですか? でも、思い返せば、色々と口出しをしていましたね」

「そうだろ~。それに、私に平手打ちした事もあるのだぞ」

「えっ、何をしてそんなに怒らせたんですか?」

「いやいや、《人形》が主人をはたいた事に驚けよ」

「あ、すみません。確かに、普通は、ありえない行動ですね」

「だろ~。人間味があり過ぎるのも考えものだよ」

「ふふ。そんなものなのですかね」

 不満を漏らすアイナの姿を見て、カティアは、思わず笑みを浮かべた。

「で、何か用か? たとえ風邪を引いたとしても、引き受けた仕事はやり遂げてやるから、安心していろ」

「別に、そういう意味で声を掛けた訳ではないのですが……」

「そう言えば、私の追加で提示した五百万。お前は、自腹で用意するつもりだろ」

「えっ?」

 予想外の質問に不意を突かれ、カティアは固まってしまった。

「すまんな。奇襲攻撃の方が、相手の本音を聞き出し易いと思って――。私の悪癖あくへきだ。許せ」

「いえ」

 さすがにカティアに悪いと思ったのか、アイナは、自らの手の内を明かした上で謝罪した。

「確かにご想像の通りです。サービスの提供までは、ギルドからの了承を得ていましたが、それ以上の部分に関しては、私の独断です」

「負い目があるのは、分からんでもないのだが、そこまでお前が背負う必要があるのか?」

「あの企画の発案者は、私なんです」

 アイナは、軽く視線をカティアに向けたが、言葉を挟む事無く、次の言葉を待った。


「当時の私は、焦っていのだと思います。ギルドを取り巻く環境は、悪化の一途をたどっていましたし、私自身も、仕事で結果が出せていないんじゃないかとか、組織の一員として何の役にも立てていないんじゃないかとか、そんな事ばかりを考えていました……馬鹿ですよね」

 カティアは、何を見るでもなく、下方の暗闇を見つめたまま、言葉を続けた。

「そんな時、ギルドを盛り上げる企画の募集があり、私は、あの企画を提出しましてそれが採用されました。当時は、それが嬉しくって嬉しくって、有頂天になっていました。ですが、結果は、ご存知の通りです……。事故の後は、彼女達を巻き込んでしまった自分を責め続けました。幾ら後悔したところで、状況は何も変わらず、仕事も暫く休みました……。もちろん、周囲の人達は、私だけの責任ではないと慰めたりもしてくれていました。でも――」

「自分が許せなかったと――」

「ええ、そうです。それに、テレサさんは、今でも潜り続けているんです、エレナさんを探す為に……。無茶をしているみたいで、彼女の加わったパーティーが、彼女を残して、全滅する事が何度かありました。その為、テレサさんは、『死神のテレサ』とか『疫病神のテレサ』と呼ばれるようになりました……。今では、同行してくれる仲間もいなくなり、一人で潜っている事が多いようです」

「なるほど。そのテレサという娘も、過去に囚われて大穴に残された相棒を探し続けているという訳か」

「はい。それから、私は、テレサさんが大穴へ向かう場面に何度か立ち会った事があります。その時の彼女が私を見る目。それがどうしても忘れられません――私を責めている訳ではないのは分かっているのですが、それでも……」

「その娘にしても、お前にしても、過去の出来事の清算の為に無茶をしているようにしか見えん。そんな事は、起きないとは思うが、もし、万が一、私がしくじった時は、その十字架も背負う事になるのだぞ? 今一度聞くが、それでもやるつもりなのか?」

「はい。自分へのケジメとして――」

 カティアは、強い覚悟を持ってアイナに答えた。

「はぁ~。全く、度し難いな。お前も、その娘も。まぁいい。事情は、分かった。ならば、私が、お前を前に進ませてみせよう。二人まとめて深淵から引っ張り上げてやる」

 その言葉を聞いたカティアの表情は、見る見る明るくなり、アイナに対し、尊敬の念と期待を滲ませていた。

「ただ、一つ、心配事が……」

「な、何ですかっ! 障害があるのであれば、必ず排除します。私に出来る事があったら、言って下さい!」

「そ、その……。五百万は、ちゃんと準備できるのかな~って思って……」

 アイナは、頭をポリポリと掻きながら言った。

 その言葉を聞いたカティアの表情が、見る見る曇って行き、最終的には、鬼の形相へと変わっていった。

「お、お金の心配ですか……。一瞬でも、貴女を尊敬した私が、馬鹿でした。シンシアさんが、ひっぱたきたくなる気持ちも、今なら分かるような気がします。お金の事なら、ご心配なく。体を売ってでも、準備してみせますよっ!」

 カティアは、そう言い残すと、怒ってその場を後にしてしまった。

「ふぅ~」

 アイナは、夜空を見つめたまま、大きなため息を吐いた。


「見てましたよ。姫様」

「めちゃ子! いつの間に?」

 物陰で様子を見ていたのであろうシンシアが、アイナの両肩を背後から掴み、話し掛けてきた。

「もう少し、ましなやりようは、無かったのですか?」

「私は、過剰に期待されたり、持ち上げられたりするのが嫌いなのだ」

「だからって、あれはやり過ぎだと思います。ホント、最後に茶化さなければ、もっと、おモテになると思いますよ~」

「大きなお世話だ。だいたい、お前のような負けヒロインに、恋愛についてああだこうだ言えるだけの知識があるのか?」

「恋愛の知識が無いのは、まぁ、その通りですけど――、負けヒロインって何ですか? 私のどこがどう負けヒロインなんですか?」

「主人公の幼馴染と青髪の女は、負けヒロインと相場が決まっている」

「はぁ? 意味が分かりません」

 呆れた表情を浮かべるシンシアに対し、アイナは、得意げな表情で力説する。

「女性キャラの場合、大抵、私のようなピンクや赤系の髪のキャラが主人公で、お前のような青系の髪のキャラは、負けヒロインと相場は決まっている。私は、数多くの作品を見て来たが、未だ、このジンクスを破ったキャラを見た事がない」

「はぁ~」

 シンシアは、話を真面目に聴いていた事が馬鹿らしくなり、大きなため息を吐いた。

「何か、根拠があって言っているのかと思いましたが、それって、姫様がよくやっている本を使ったゲームの中の話ですよね?」

「まぁ、そうなのだが――」

「全く、空想の世界の事が、そのまま現実に当てはまるとお考えなのですか? いい年して、恥ずかしくないんですか?」

「年の事は、大きなお世話だ。そんな事より、少し風に当たり過ぎた。体が冷えてきたから、もう部屋に戻る。お前も早く寝ろよ」

「は~い」

 アイナは、シンシアに背を向けると、振り向く事無く片手を上げ、立ち去ってしまった。

 シンシアもアイナの後を追うかたちで、中へと戻って行った。

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