第3話

 赤柱事件――。

 それは、王都で発生した不可解な現象の事を指している。今から一年ほど前、その現象は、突如、起こった。王の住まう城から、大きな赤い光が発生したのだ。その光は、王城を囲み、天空まで伸びていた。その様子が一本の赤い柱の様に見えた事から、赤柱事件と呼ばれるようになった。

 発生当初は、昼間という事もあり、大きな騒ぎにはならなかった。しかし、日が暮れるにつれ、赤い光は、はっきりと浮かび上がり、天空まで伸びるその異様な光景に、何らかの被害が出ていた訳ではないが、人々は、次第に不安を募らせるようになっていった。

 赤柱が発生して以降、光に包まれている城の中に入る事は出来ず、中に居る者達の安否は、不明のままだった。また、発光の原因も分からず、解決の見通しも立たない状況の中、王都の人々は、不安な日々を過ごしていた。ある者は、神の啓示と呼び敬い、またある者は、悪報の予兆とそれを恐れた。結局、その赤柱は、一ヶ月にわたり発光し続け、王都を混乱に陥れた。

 しかし、幸いな事に、この事件での犠牲者は、一人もいなかったとされている。この事件に関し、多くの情報が、秘匿されているが、城内にいた者の話によれば、彼らは、閉じ込められている間の記憶はなく、意識を失っていたような状況だったという。一ヶ月もの間、彼らが一切の飲食をしていない事から、一種の仮死状態の様な状況ではなかったかと推測する者もいた。

 ともあれ、この事件には、謎も多く。未解決な事象は、多く残っている。


             *


 三人は、重苦しい雰囲気に包まれていた。それに耐えきれず、一番先に口を開いたのは、アイナだった。

「まぁ、経緯いきさつは分かった。で、私に何をしろと?」

「…………」

 カティアは、少しの間、黙り込んでしまった。しかし、意を決したか、アイナの目をしっかりと見据えながら、話を始めた。

「行方不明のもう一人、エレナさんを……。彼女を見つけ出して欲しいのです」

「はぁ?」

 予想外の依頼に対し、アイナは、語尾を強く上げ抗議にも似た声を出した。

「でも、それは、一年くらい前の出来事ですよね。今からでは……」

 アイナに同調するかのように、シンシアが口を挟む。

「それは、承知しております。ですが、エレナさんをガイアの底から連れ戻して欲しいのです……たとえ既に亡くなっていたとしても……」

「つまりお前は、死者の為に、私に命を懸けろと……。全く、本末転倒にも程があるぞ」

「ですが、ただ一人生き残ったテレサさんは、エレナさんが死ぬ所は見ていないと言って、それを理由に、今でもエレナさんを探しているんです……。私……、もう……、見ていられなくって……」

「なるほど。それが理由か。彼女の姿を見て、ギルドとしても、お前としても、負い目を感じずには、いられない――そういう事か」

「…………」

「確かに、生死が分からないままというのは、ある意味残酷ではある。その気持ちは、理解出来る。だが、しかしだ。私を大穴の深淵に向かわせるという事は、お前が、再び、新たな人間を死地に放り込むという事になる――私がしくじった時、お前は、同じ過ちを繰り返す事になる。そうなった時、お前は、その業を再び背負う覚悟はあるのか?」

「姫様、言葉が過ぎます」

「いいんです。事実ですから……」

「…………」

「確かに、アイナ様はお若く、再び、年端も行かない少女を危険な場所に送り込むのかという疑問が出ても当然です。お前は、前回の失敗から何も学んでいないのかと思われても仕方がありません。ですが、アイナ様の実績は、折り紙付きです。この仕事を頼めるのは、アイナ様しかいないと――私は、そう考えたのです」

「なるほど、私は、そこまで見込まれているという事か。そして、何より、大きなリスクを背負ってでも、成し遂げたい何かがあるという事だな」

「はい。今の私が、前に進むには、これしかありません」

 カティアは、アイナの目を見て返答した。

「良い目をしているな。私は、時代遅れのタイプの人間だ。嫌いじゃないよ、そういうの――」

「アイナ様……」

「だが、私は高くつくぞ」

「はい。そこについては、提案がございます。ギルドは、このお屋敷の修理代と、向こうでの滞在期間中の費用の一切を負担いたします。それから、滞在いただく場所は、最高級の宿屋です」

「最高級ねぇ……」

 アイナは、あまり興味を惹かれなかったのか、それとも、期待外れの回答に落胆したのか、どちらにせよ少しぶっきらぼうに答えた。

「ガイアの大穴は、有数の観光地でもあります。宿屋のサービスも細部まで行き届いています」

「私が、そんな事を求めている様に見えたのか? それに、どうせ、穴に潜ってばっかりの仕事だろう? たまに寝に帰るだけの場所なら、最高級であろうと、安宿であろうと、言う程大差なかろう?」

「ですが、姫様。待機している身としましては、あまり粗末な場所ですと――」

「おい、木偶人形でくにんぎょう

「で、で、で、木偶人形でくにんぎょう?」

「何故、お前もついて来る前提で話している?」

「姫様一人で行かせるのが、心配だからに決まってるじゃないですか?」

「保護者ズラをするな。それに、まだ、契約が成立した訳ではないぞ」

「べぇーっ」

 シンシアは、アイナに対し、舌を出して答えた。

 そんな二人のやり取りを見て、カティアは、少し困惑していた。

「シ、シンシアさんが、一緒に来ていただいても、こちらとしては、問題ございませんよ」

「ほら、こう言ってくれてるじゃないですか!」

「お前なぁ。高級な宿泊施設に釣られて行く気満々のようだが、私が、危険な大穴に送り込まれようとしているんだぞ。少しは、止めようとは思わないのか?」

「私は、姫様の実力『だけ』は、信じてますから。あと、別に高級な宿泊施設に釣られている訳でもありませんよ」

「どうだかな」

「冗談のように聞こえたかもしれませんが、今のは、本心ですよ。姫様の実力を知っているからこそ、困っている人が居たら、手を差し伸べて欲しいのです」

「また始まったか、お前の英雄気質わるいくせが……」

 アイナは、不満げな表情を浮かべながら、大きなため息を一つ吐いた。


 カティアは、二人の会話の中に入れず、固まっていた。

「加えて現金で五百万シルバー。それで手を打とう」

「えっ?」

 突然、投げかけられた言葉に、カティアは、内容も理解出来ず、ただ動揺していた。

「ご、ご、ご、五百万シルバーって! それは、吹っ掛けすぎでは……」

「お前は、一体どっち側の味方なんだ?」

「えっ? あっ……。姫様……です……。たぶん……」

「たぶんって何だ、たぶんって」

 アイナは、少し呆れたような表情を浮かべていた。

「お前の提案は、一見、金が掛かっているようには見えるが、屋敷の補修にしろ、宿屋の手配にしろ、ギルドと提携している組織に依頼すれば、些細な額であろう? 私に体を張らせようと言うのだ。お前達にも、もう少し身を切ってもらわねば、割が合わん」

「わ、分かりました。五百万は、私がなんとかします……。ですから……」

「では、契約は成立だ」

「ありがとうございます」

 カティアは、少し安堵の表情を浮かべた。

「安心するのは、まだ早いのではないか? 私が穴に潜ったからといって、彼女を見付け出せるとは限らんのだからな」

「それは、理解しております」

「それに、彼女が死んでいた場合――むしろ、その可能性が高い訳だが、死体は、誰が担いで帰るんだ? 私は、ごめんだぞ」

「その心配には、及びません。もしも、死亡していた場合、死亡の確認と、当ギルドが渡した冒険者指輪ぼうけんしゃリングを持ち帰っていただければ、それで結構です」

冒険者指輪ぼうけんしゃリング? それは、身分証みたいなものか? だが、確か、冒険者指輪ぼうけんしゃリングは、登録された時点で、誰もが貰えるものではないのか?」

「ええ。ですが、裏には名前を刻印するのが通例で、死体を持ち帰るのが困難な場合、この指輪を身分確認用に使っています。それに、彼女達の持っていた指輪は、特別仕様でして――」

「特別仕様?」

「ええ。裏側には名前の刻印の他に、ハート型の宝石を埋め込んでいます。テレサさんには、白の宝石、エレナさんには、緑の宝石が埋め込まれていたのです。ですから、仮に、同じ名前の人がいたとしても、判別は可能です」

「なりほど。という事は、死体を見つけた場合は、その指から指輪を外して持ってくるという訳か……。何とも嫌な仕事だな」

「あの……、まだ、死んでいると決まった訳ではありませんので、その言い方は、ちょっと、何といいますか……。ですが、最悪の場合は、そういう事になります……」


 アイナのデリカシーの欠片かけらもない言葉に、途切れ途切れになりながらも、そう答えると、カティアは、再び下を向いて黙り込んでしまった。

 それを見かねたシンシアは、カティアを擁護するように助け船を出した。

「あんまりイジメては、可哀そうです。口と態度は悪くても、なんだかんだで困っている人を見捨てない所が、姫様の唯一の良い所なんですから――」

「お前は、素直に私を誉める事も出来んのか? まぁいい。引き受けたからには、お前の望みが叶うよう、最善を尽くさせてもらうよ」

「あ、ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」

 カティアは、アイナに対し、何度も頭を下げた。


 そして、アイナ達は、一週間後にガイアの大穴へ向かう事となった。

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