第2話

――アイナ屋敷 客間――


「私は、西の冒険者ギルドから派遣されて参りましたカティアと申します。この度は、アイナ様に折り入ってお願いがございまして――」

 アイナが支度をしている間に、彼女は、客間に通され、シンシアと話を始めていた。

 どうやら彼女は、アイナの評判を聞きつけ、西側の地域から、わざわざここまで訪ねて来たようだった。

 彼女は、深い緑色の制服を着た地味めではあるが美人の部類に入る女性である。髪は長いようだが、丁寧にまとめられ団子ヘアになっていた。頭の上には制服と同じ色の小さな帽子をかぶっている。彼女の最大の特徴は、大きな丸いメガネと言えるかもしれないが、男性から見れば、その下にあるバストの方に目が行くかもしれない……。そんな容姿の女性であった。


「で、めちゃ子。そのボインメガネは、私に何の用だと言っているのだ?」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと失礼じゃないですかっ!」

 カティアとシンシアが、紅茶を飲みながら話をしていると、後方の扉が開き、アイナが現れた。

 カティアは、恥ずかしそうに顔を赤らめ、胸を押さえていた。

「もうっ! セクハラですよ、セクハラっ!」

「女性同士であれば、この程度の軽口。許容の範囲であろう?」

「ぐぬぬーっ」

 秘密をばらせないシンシアは、その様子を見て、少し悔しそうな表情を浮かべていた。

 そんなシンシアを見て、アイナは満足そうに笑みを浮かべている。

「どうせ厄介事を頼みに来たに決まっているのだから、変な事を言って怒って帰ってもらった方が、手っ取り早いと思ってな。とは言え、少し一線を越え過ぎたか」

「もう、西側から、わざわざここまで来ていらっしゃっているのですから、もう少し粗相のないように振舞って下さい」

「ああ、お気になさらずに……。突然押し掛けているのは、こちらの方ですから……」

「本当にすみません。姫様の口が悪くて――」

「いえいえ。ただ、少し驚きました。以前、お見かけした時と印象が違ったものですから……」

「以前に私と会っていたか?」

 アイナは、少し動揺していた。

 一方、そんなアイナに対し、シンシアは冷たい視線を向けていた。

「あ、いえ。私達の街にいらっしゃった時に、遠くからお見かけしただけで――」

「ああ、そうか。まぁ、その、なんだ。私は、その時々の役割は、理解している。それ故、猫を被るのも上手いのだ」

 上手く切り抜けたと安堵しているアイナを見て、シンシアの視線は、更に冷たいものに変わっていた。

「そ、そんな事は、どうでもいい。まぁ、話だけなら聞いてやろう」

「ありがとうございます」

 シンシアの視線に気付いたアイナは、取り繕うかのように話題を戻した。


 アイナは、カティアの向かいに腰を下ろした。それを見てシンシアは、アイナの分の紅茶を注いだ。アイナは、カティアの様子をうかがいつつ、ゆっくりと紅茶をすすり始めた。

 カティアもアイナの行動を上目使いで追いながら、話を切り出すタイミングをうかがっていた。

 結果として、暫く気まずい空気が流れる事となった。この状況に対し、一番早く痺れを切らしたのは、シンシアであった。

「あの~」

「ああ、そうでした。実は――」

 カティアは、今回の依頼について語り始めた。


「私共の住むエリアにある『ガイアの大穴』については、ご存じかと思いますが――」

「ああ、有名な観光地だからな。名前だけなら、王国中の者が、知っているだろう。何より、お前の住む街に訪れれば、嫌でも目に入る様な代物だ」

「ええ、そうですね。今回は、その大穴への探索にご同行願いしたいのです」

「う~ん」

 アイナは、予想通りの厄介事に顎に手を当てながら、ため息混じりの唸り声を漏らした。

「まぁまぁ、まず、話を聞きましょう」

「すみません」

 カティアは、シンシアのフォローに対し、礼を述べると、話を続けた。

「我々の冒険者ギルドは、ガイアの大穴の縁にある街に本拠を置いております。もちろん、それは言うまでもなく、大穴から得られる恩恵を最大限に活かす為です。街は、大穴から得られる貴重な鉱石等を活用して発展してきました。ところが近年、危険と隣り合わせの冒険者稼業を敬遠する者が増えてきておりまして、ギルドは、慢性の人手不足に陥っておりました。冒険者がいなくなれば、鉱石を得るのも街の安全を確保するのも苦労します。これは、街の死活問題です」

「どこも似たようなものだな。最近は、名誉職の騎士になるのも嫌がる奴がいる」

「そこで、私達ギルドは、ある企画を立てました。若い人達にも冒険者稼業を身近に感じてもらおうと――」

「なんとも涙ぐましい……」

 アイナは、憐れむような、呆れたような表情で、カティアの話を聞いていた。とは言え、ちゃちゃを挟みつつも、話に聞き入っている様子ではある。

「私達は、高等部の女子学生に、冒険者の真似事してもらう事にしたのです」

「へぇ、何だか面白そうですね」

 シンシアも、ちゃっかり自分の紅茶を用意し、会話に混ざっている。

「私達は、二人の女学生を選抜してこの仕事をしてもらう事にしました。そこで選ばれたのがテレサさんとエレナさんの二人でした。彼女達は、とても優秀でした」

「とはいえ、年端も行かぬ学生に冒険者をやらせるのは、少々、危険じゃないのか?」

「姫様が、それ言います?」

 小柄で外見以上に幼く見えるアイナに対し、シンシアがツッコミを入れた。シンシアは、当然、事情を知っている訳だが、普段のお返しとばかりに少し嫌味な発言をしてみたかったのかもしれない。

「もちろん、本格的に冒険者をやらせていた訳ではないのです……。最初は……」


 アイナとシンシアは、世間話を楽しむかのようにカティアの話を聞いていたが、彼女の声のトーンが落ち、潮目が変わった事を察すると、少し真剣な表情になって次の言葉を待つ事にした。


「最初の頃は、冒険者の出発セレモニー等の手伝いと言いますか、飾り役と言いますかをやってもらっていたんです。ですが、そのうちに、簡単な依頼の手伝いをするようになって……。そうこうしているうちに、本人達にもやりがいと言いますか、プロ意識といいますかが、芽生え始めてしまって――」

「本格的に冒険者稼業をし始めたと――」

「ええ、まぁ、そんなところです……」

 カティアは、ここまで話をすると暗い表情になり、完全にうつむいてしまった。

「で、それから、どうなったのだ?」

 何となく結末は察してはいたが、アイナは、話を進める為に、敢えて少し強めの口調で言った。

「あ、はい……。あの年頃の子供達は、とても吸収が早くどんどん成果を上げて行きました。ベテラン冒険者のサポートは受けていたとは言え、大型の魔物も倒して来たりと――。その時の街の人々の盛り上がりときたら、それはもう大変なものでした。街にも活気が戻って来たような気がして、私としても嬉しく思っていました。」

 アイナは、険しい表情でカティアを見つめていた。話の内容と、喋っている声のトーンが、明らかに不釣り合いだったからである。


「そんな最中、事件は、起こりました。それは、王都で赤柱事件が起こって暫くの事でした……。大穴の第八階層付近に大量のアンデットが、発生したのです。その事を知らずに潜っていた多くの冒険者が事件に巻き込まれ、彼女達のパーティーも例外ではありませんでした。多数の犠牲者や行方不明者が出る中、彼女達のパーティーで戻って来れたのは、テレサさんだけだったのです……。テレサさんは、大怪我を負っていたのですが、偶然、近くにいた別のパーティーに救出され、地上に戻って来る事が出来ました」

 シンシアは、衝撃的な話の展開に、言葉を失っていた。

 他方、アイナはカティアの様子から、ある程度予測された結末だった為、表情を変える事無く、無言で話を聞いていた。

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