第四章 紅い悪魔と深淵に挑む者達
第1話
「温情な第三王女。誰にでも分け隔てなく優しく接し、多くの者から慕われていた。その一方で、身近な者に命を奪われる……。どうしてそんな事になった。一体、お前に何が起こったというのだ……」
アイナは、洗面の鏡に向かって、一人、呟いていた。
二度目の暗殺未遂事件から、既に一週間が経とうとしていた。屋敷の修復の方は、あまり順調に進んでいるとは言えなかったが、生活は、元に戻りつつあった。
アイナが暫く考え事にふけっていると、後ろのドアをノックする音が聞こえてきた。
「姫様、いらっしゃいますか?」
ドアの向こう側から、シンシアの声がする。
「あん? なんか用か?」
「いえ、メイフェア様が、今朝早く屋敷を発ちましたので、一応、ご報告をと――」
シンシアはそう言い終えと、アイナの朝の支度を邪魔しまいと、その場を立ち去ろうとした。
すると後方でドアが開く音が聞こえ、まだ、寝間着のままのアイナが、姿を現した。
「どうしたんですか?」
振り向いたシンシアが、キョトンとした表情でアイナを見ている。
「そういえば、お前が面倒を見ている、あの生き残りのメイド、どんな様子だ?」
「え、ああ。あの……、その。一応、快方に向かっています。最近は、普通に食事をするようにもなりました。」
急な話題に不意を突かれたシンシアが、言葉を詰まらせながら答える。
「そうか。順調に回復しているのか」
「はい」
アイナの表情が僅かに曇る。
「だが――」
「はい、分かっています。細心の注意は、払うようにしています」
アイナの次の言葉を察し、シンシアがそれを遮ようかのに答える。
「そうか。分かっていれば、それで良い」
「はい。それから、姫様には感謝しています。リスクを承知で私のわがままを聞いていただいて――」
「ふん、私は、古い時代の人間だ。女のわがまま等、男なら受け入れて当然と言われて育った世代だ。あの程度のわがまま、大して気にしてはおらんよ」
「そ、そうなんですか……」
シンシアは、若干、世代間のギャップに戸惑いを見せた。
「ただ一つ懸念があるとすれば、美人ともなれば、その許容範囲も格段に増すという点だ……。もし、これ以上、お前が増長して、次々と要求を増やすようであれば、その時は、さすがに考えさせてもらうからな」
「そ、そ、そ、そんな図々しい真似は――、しませんよ」
シンシアは、何気なく発せられた『美人』という言葉にピクリと反応し、顔を赤らめた後、慌てて反論した。
「その言葉が、本物なら良いのだがな。自覚無しにサラッとやってのける奴も多い。まったく、なんとも厄介なモノだよ――美人というモノは」
シンシアは、相変わらず顔を赤らめながら、アイナの話を聞いていた。
照れくさそうに固まるシンシアを他所に、アイナは、これまでに溜め込んでいた愚痴を吐き続けていた。
*
そんな会話をしていると、突然、下の階からアイナ達を呼ぶ声が聞こえてきた。
「シンシア姉ちゃ~ん、アイナ様~、お客さんだよ~」
「あっ、はい。直ぐ行きます」
シンシアは、その声に即座に反応すると、アイナとの会話を中断し、客を出迎える為、下階へと向かった。
一方のアイナは、一旦、洗面所に戻り、身支度を一からやり直す事にした。他所様に対して、今の格好を晒すのは、不適切と考えていたからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます