第7話

――翌日 庭先――


 アイナは、この日もいつものように遅めの起床を果たしていた。その時、既に屋敷は、人でごった返していた。

 現場の状況を確認する憲兵、破壊された部屋の状態を見る大工、死体を埋葬する業者等、皆、メイフェアからの連絡を受けた者達である。その最前には、テキパキと指示を出すメイフェアの姿もあった。


 アイナは、ふらふらと庭に出ると、人々が忙しく働く様を寝巻のまま、ボーッと眺めていた。少し寝ぼけた脳に映ったその光景は、どこか別の世界の出来事のように見えた。


「アイナ様、今、起きたの?」

 子供達がアイナの周りに集まって来る。

「おお、お前達。無事に戻ったか。それで子猫は大丈夫だったのか?」

「アイナ様~、ほら、この通り元気になったよ」

 一人の女の子が、猫を抱き上げ、アイナに見せた。アイナは、無言で子猫の頭を撫で、それに答える。

「それにしても、昨日は、大変だったね」

「何だ。もう話は、聞いているのか?」

「アイナ様が、お寝坊だから、寝てる間に皆から話は全部聞いたよ」

「まぁ、それはそうか。こんな光景を見て、子供の好奇心が抑えられる訳も無い」

「え?」

 子供達は、その言葉の意味を理解出来ず、キョトンとした表情でアイナの顔を見ていた。

「聞いているとは思うが、私は、昨日、大変な目に遭ったのだ。寝坊くらいは大目に見て貰いたいものだな」

「そうだね。で、怪我は大丈夫なの?」

「もう、とっくに治っている」

「どこ、怪我したの?」

「まぁ、腕とか、頬とか、いろいろな場所に切り傷が出来ていたが、回復魔法で治せる程度のものだった」

「魔法でくっ付けられるの?」

「ああ。切り傷とか刺し傷は、比較的簡単に治療が出来る。ただ、理由は分からんが、骨等の接続は難しい。あと腐ったりして、状態が変化してしまったものや失ってしまったものも、元に戻す事が難しい――それ故、蘇生は、時間との勝負と言われている。生命は、死んだ瞬間から腐り始めると言われているからな」

「へーそうなんだ」

「もっとも、全ての傷や病気の治療が可能だったら、人間は、不死身になってしまう。だから、神様が、人間に、制約を与えたのかもしれないな」

「ふ~ん」

 後半は、難し過ぎたのか、子供達は、分かったような、分からないような表情で誤魔化しながら聞いていた。

「まぁ、こういう事も勉強しながら、魔法を使えるよう、しっかり学ぶんだな」

「うん、分かった」

 子供達は、少し瞳の輝きを取り戻し、元気よく答えた。


             *


 この世界の治療魔法には、制約がある。切り傷等は、容易に治せるが、骨折等の治療は難しい。欠損した個所の再生も難しく、火傷や腐敗等で状態が変化してしまった場合も、同様に元に戻すのは難しい。また、蘇生魔法にも制限がある。魂を戻せる器を治療してからでなければ、蘇生しても、再び死んでしまう。その為、魂を定着させる事が可能な程度に、肉体を回復させる必要がある。だが、腐敗や欠損が激しい肉体は、回復が見込めない。故に、それが、制約となってしまうのだ。しかし、例外もある――。アンデットと呼ばれる存在である。

 ただし、こちらは、生命の概念が、根本的に違うとも考えられている為、同列に語る事は難しいかもしれない。

 更にこの世界には《人形》と呼ばれる者達も存在している。こちらについては、器の再利用ともいえるのだが、以前にも述べたように、器の中身については、全くの謎である。ある意味、原理が解明されないまま、運用を続けている危うい存在という訳である。


             *


 シンシアは、セバスチャン達の埋葬に立ち会っていた。屋敷の敷地の片隅に、彼らを埋葬する事にしたのだ。だが、それは、色々と悩んだ末の決断でもあった。


 既に埋葬は終わり、六つの墓が出来上がっていた。役目を終えた業者達は、シンシアに一礼すると、スコップを片手にその場を後にした。


 六つの墓は、大きな木の傍、屋敷の隅に据えられていた。その場所は、大きな木の木漏れ日の当たる静かな場所であった。

 土を掘り返した真新しい跡の残る地面の上に、控えめに置かれた小さな墓石が、彼らの今の処遇を表していた。

 シンシアは、その六つの墓石を、ただ、悲しそうに眺めていた。


「結局、ここに埋めてやる事にしたのか?」

 アイナは、シンシアの背後から静かに問い掛けた。

「ええ、彼らは、暗殺者だった訳ですが――、生前のアイナ様だったら、たぶん、こうしていたと思いますので……」

「慈悲深いな」

 シンシアにとって、彼らは共にアイナに仕えた同僚であり、その事を考えると無下に扱う事は出来なかった。とは言え、わだかまりりがすぐに消える訳でもなく、消化しきれない数多くの思いを抱える事になっていた。


「で、残った最後のメイドの具合はどうなんだ?」

「お医者様に診て貰いました。命に別条は、無いそうです」

「そうか」

 アイナは、将来的にリスクを抱える形となってしまったが、彼女を殺してしまった場合に生じたであろうシンシアに対するリスクに比べれば、まだましな方と考え、自身を納得させていた。


「五年も前から一緒にアイナ様に仕えていたのに、私、全く気付きませんでした……。もっと早く気付けていたら、違う結末になっていたかもしれません。何よりアイナ様も……。本当に自分の馬鹿さ加減が、嫌になります」

 事態の全ての責任を抱え込むかのように、シンシアは、強く唇を噛みしめていた。それは、その唇から紅い雫が浮かび上がる程だった。


「コイツらの本当の名前、何だったんだろうな?」

「え?」

 唐突な話に、シンシアは、少し驚いたような表情でアイナの方に振り向いた。

「墓に刻む名前も分からない。そんな偽りの人生を生きるというのは、どんな覚悟をしたら出来るもんなんだ? 一度きりの仕事なら兎も角、何度も違う仮面を被っていれば、本来の自分がどうであったか等、直ぐに分からなくなってしまう――そうではないか? 自身の全てを犠牲にして事を成す。正直、そんな覚悟で迫られていたら、私とて、簡単に嘘を見抜く事は出来なかっただろう」

 アイナは、シンシアの方には視線を向けず、ただ、墓を見つめていた。

「ですが、姫様は、直ぐに異変に気付きました」

「あれは、少し運が良かっただけに過ぎん。メイフェアとて、当然、当初は、警戒していたであろう。だが、奴らは、じっくりと時間をかけ、少しずつ警戒の網を緩めていった。そして、実行に移した。だが、私の時は、どういう訳か、事情が変わっていた。もし、同じように時間を掛けられて計画を遂行されていたら――。もし、今回が、二度目の暗殺ではなく、一度目だったら――。もし、子猫が先に毒にやられていなかったら――。それらの偶然が重なっていなければ、奴らの正体に気付けていなかった」

「…………」

「つまり、お前のような素人が、気付けなかったとしても、何の不思議も無いと言う訳だ」

「それは……、そうですが……」

「にも関わらず、お前は、今。自分を責めている。自分が上手く立ち回っていれば、『アイナ』を助けられたのではないか――。それどころか、敵である暗殺者達も殺さずに捕らえられたのではないかと――」

「いえ、そこまでは――」

「そもそも、私とて、偶然、掴んだ尻尾であって、全容を見極めていた訳ではない。それ故、あんな、まどろっこしい方法を使って鎌をかけた訳だ。まぁ、使用人全員が敵と分かった時は、状況が最悪過ぎて少し驚いたが――。要は、何が言いたいかと言えば、自分一人の行動で何とか出来る方法があったのではないかと考えているお前は、全く自惚れが過ぎるという事だ」

 アイナは、ここまで話すと、何かを思いついたかのように上に視線を向けた後、更に付け加えた。

「ああ、それからもう一つ――。私は、今、敵を一掃したと油断している。もし、今、この状況で、お前に毒を盛られたら、それこそイチコロだぞ」

 アイナは、シンシアの方に向き直し、おどけるような仕草で言った。

「何で、私が、姫様に毒を盛らなければいけないのですか。もしかして、私の事も疑っているのですか?」

「冗談に決まっている。だが、もし、お前がそこまでの役者だったら、諦めもつくってってもんだ」

「全く、変な事ばかり言って」

 シンシアは、アイナの冗談に、呆れたような表情をしながら返答した。

 しかし、直ぐに硬い表情に戻ると、再び視線を並んでいる墓石の方へと向け、小さく呟いた。

「ありがとうございました。私の代わりにアイナ様の仇をとってくれて――」


 その後、二人は、暫くの間、言葉を交わす事なく墓の前で佇んでいた。

 緩やかな風に揺さぶられ、木漏れ日だけが左右に揺れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る