第4話

「貴女は一体、何者なのですか?」

 セバスチャンが問い掛ける。


「私はアイナ。お前達の存在を否定する者だ」


 アイナは、ゆっくりと両腕を交差し、腰の剣の柄に手を掛けた。

 セバスチャン他、メイド達も各々の武器を手にしながら警戒している。


 暫くの間、沈黙が続いた。

 アイナの人指し指と中指だけが、何かのリズムを刻むように柄の上で忙しなく踊っていた。


「これは、一体どういう事なんですか? 皆さん、どうしちゃったんですか!」

 シンシアの動揺した言葉だけが、その空間に虚しく響く。

「まだ分からないのか? アイナを暗殺したのはコイツらだ」

「そんなの嘘です! 姫様が来るずっと前から、セバスさん達には、お世話になっているんです! そんな事ある訳ないじゃないですかっ! 絶対に誤解ですよ」

「何年間も潜入して信用を勝ち取る――。それがコイツらの手口だ」

「そんなの、そんなの絶対嘘です……。五年ですよ……セバスさんが来てから……。皆さんも何とか言って下さいよ……。そんなの、そんなの、あんまりじゃないですか……」

「…………」


 アイナは、セバスチャン達の方に視線を向けたまま、何も答えなかった。

 シンシアは、アイナの言葉の信憑性が高い事は、頭では理解はしていた。しかし、感情の方が、それに追いついて来れなかった。新参者のアイナと古参のシンシアとでは、同じ状況でも、見えている世界が違い過ぎたのだ。


「五年か……。そんなにも長い間、監視を続けていたと言う訳か……。全く頭の下がる事だ。だが、詰めが甘かったな。私にも、同じくらいの時間を掛けるべきではなかったのか? 急いては事を仕損じるとは言うが、良く言ったものだ。最初の暗殺では、毒を盛った上にご丁寧に手首まで切って出血させている。これは、魔法での回復や蘇生を封じにかかっていたのだろう? 失った血は、魔法では戻らんからな――だが、今回はどうだ。このような無様な力押しとは、あまりに雑過ぎる」

 アイナは、彼らを煽るかの様に言い放った。

 その言葉を聞いたセバスチャンの表情が、一瞬歪んだが、直ぐに涼しい表情へと戻った。

「勘違いされては困りますな――。あの御方に見捨てられた時点で、もはや、そこまでする価値が無くなっていたという事ですよ。誰が好き好んで、五年の時を費やそうというのです。ただ首をねて終えられるのであれば、そちらを選択するまでです。我々とて、手っ取り早く終えられるのであれば、その方がありがたいという訳です」

「フン。なるほど。『あの御方』が誰かは知らんが、もはや事故を装う必要が無くなったという事か。とは言え、私もなめられたものだ。何ら策をろうさなくても、簡単に殺せると思われているのだからな」


 セバスチャンは、アイナの言葉には答えず、ただ不敵な笑みを浮かべていた。


「めちゃ子、盾を展開しろ」

「で、でも……」

「シンシア姉ちゃん、しっかりしなくちゃダメだよ。アイツら、どう見ても悪者だよ」

 戸惑うシンシアより先に、子供達の方が、アイナの言葉に反応した。そして、防衛魔法を展開し始めたのである。

 それを見たシンシアも、諦めた様な表情で一度目を瞑った後、覚悟を決めたかのように防衛魔法を展開し始めた。


「では、行くとするか――」


 アイナは、テーブルの上に駆け上がると、両手の剣で攻撃を仕掛けた。大きな弧を描いたその二本の剣は、アイナの席の近くにいたセバスチャンとその対面、つまり、一番先頭にいたメイドに向けられた。

 セバスチャンは、咄嗟に身を引き、辛うじてかわす事が出来たが、メイドの方は喉を切られ、首を押さえながら、しゃがみ込んでしまった。彼女は、何か言いたげに口をパクパクとしていたが、大量に流れ出る血を抑える事が出来ず、やがては意識を失い床に倒れ込んだ。

 他の使用人達は、その様子を静かに眺めている事しか出来なかった。


「一つ――」


 アイナの瞳からは、完全に生気が失われていた。体を悪魔に委ねるが如く、敵の排除だけを目的に行動しているのだ。

「確かに、少々、貴方を甘く見ていたようですね」

 アイナのその変わり様に、セバスチャンは、自信の考えを改めていた。そして、メイド達の方へ目をやり、何かの合図を送った。

 それに呼応するかの様に、二人のメイドがアイナに向って襲い掛かって来た。

 アイナは、再び、両の手の剣を振るい、まとわり付く虫でも振り払うかの如く、これを簡単に蹴散らした。


 だが、次の瞬間――。


 斬り捨てられた二人の背後から、別の二人が、姿を現し、アイナに飛び掛かった。

「ちぃっ! 先の二人は、囮だったか!」

 アイナは、咄嗟に腕を交差し防御態勢を取った。しかし、その二人のメイドは、攻撃は繰り出さずに、両側からアイナに組み付いた。

「しまったっ!」

 何とか振り払おうともがくアイナ。それを見て、しがみ付いていたメイドの一人が、ニヤリと笑う。

 正面に視線を向けると、ツインテールの一番幼いメイドが、短剣を構えて立っている。よく見ると、微かに震えているようだ。

「こんな子供が、暗殺者とは、世も末だな」

「敵の心配より、自分の状況を考えるべきね」

 そう言うと、両側のメイドが、呪文を唱え始めた。

「自爆する気か!」

「姫様っ!」

 シンシアの叫び声が響き渡る。

「防御魔法だ! 全力で防御魔法を張れっ!」

 シンシアに向って、アイナが、指示を飛ばす。

 その間も、両側のメイドは、自爆魔法を発動する準備を整えている。

「死ねぇぇぇぇっ!」

 ツインテールのメイドが、アイナを短剣で突き刺そうと突進して来る。

 その混乱に乗じ、セバスチャンは、窓を破り表へと逃げて行った。


「やれやれだぜ」

 アイナは、目を瞑り、首を振った。周囲に強い閃光が溢れ出し、アイナの姿が、光の中に埋もれて行く。

 そして、次の瞬間、大きな爆発が起こった。


「うわああああ」

 巨大な爆音と同時に、子供達の大きな声が響き渡る。

「右側の男の子達! 何やってんの。しっかり支えてよ、役目でしょ」

「や、やってるだろっ」

「皆、頑張って! 生き残るのよっ!」

 シンシアと子供達は、全力で防衛魔法を展開し、力の限り耐え続けていた。


 屋敷の二階は吹き飛び、食堂の壁は崩れ、周囲は一瞬にして瓦礫まみれとなった。食堂は、屋敷の南角に位置していたが、壁を失い庭と一続きになっていた。


 一足早く退避していたセバスチャンは、爆心地の方を眺めていた。

「ゼロ距離での爆発。あれでは、ただでは済まないでしょう……」

 煙と粉塵にまみれた光景を見つめながら、セバスチャンが呟いた。


 しかし、次の瞬間――。


「……何……だと……」

 煙の中から小さな人影が現れる。瞳を紅く光らせたその人影は、何かを引き摺っていた。

「忘れ物だぞ」

 爆煙の中から姿を現したアイナが、その手に引き摺っていたのは、あの幼いメイドだった。

 二本に束ねられた彼女の髪を掴み、ずるずると引き摺りながら、アイナは、徐々にセバスチャンの方へと歩いて来た。アイナは、爆発の混乱に乗じて、最後のメイドも倒していたのだ。

 引きずられているメイドは、口から血を流しており、意識は無い様だった。その為、アイナが、掴んでいた手を放すと、メイドの頭は、重力に引かれ、何の反応も無く、ドスンと地面に落ちた。


「囮で二人の命を使い捨て、三人に自爆攻撃を仕掛けさせる――全く、手ゴマを無駄に使い過ぎたな。もう、勝負はついている。獅子を狩ろうという時に、狐が真っ向勝負を仕掛けてどうする? 最大の特技である化かすという事を捨てた老狐が、どう足掻こうと、敗北という結末は変わらないぞ」

「そうおっしゃるわりには、ボロボロではありませんか? 果たして、そんな体でいつまで戦えますかな?」

 セバスチャンの指摘通り、アイナは、左腕を負傷しており、だらんと降ろしていた。


 一方、その頃――。シンシアと子供達は、爆煙漂う中に取り残されていた。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

「皆さん、無事ですか?」

「ぜ、全員無事みたい」

 女の子が、シンシアの問い掛けに対し、周囲を見回しながら答える。

「姫様は?」

「あそこ!」

 男の子が指さす方を見ると、アイナが、背中を向けて歩いているところだった。

「姫様も無事だったんですね~」

 シンシアは、そう言いながら、大きく安堵の息を吐いた。

「シンシア姉ちゃん、まだ、安心するのは早いよ。アイツも生きてる」

 アイナが向かう先には、セバスチャンの姿もあった。これから最後の一戦が始まるの事は、誰が見ても明らかであった。

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