第3話

 その日の夕食の時間。

 長方形の豪華なテーブルの誕生日席にアイナが座り、長辺の両側にシンシアと子供達が座っていた。

 普段、アイナは、一人、自室で食事をする事が多く、こうして皆と食卓を囲む事は、珍しい事であった。人数分の食事が準備され、使用人達は、その後ろに控えていた。

 シンシアは、メイドの格好をしてはいたものの、アイナ達と一緒に食事をるよう指示されていた。シンシアにその真意が伝わっていたかは不明ではあるが、これは、アイナの意向であり、彼等と彼女との明確な線引きとも言えた。


「セバス達が、戻ってからどのくらい経っただろうか?」

「もう、かれこれ、ひと月くらいになるでしょうか?」

「うむ。もうそんなに経つのか――。セバス達が戻って来てくれたおかげで私達は随分、楽をさせてもらっている。感謝の言葉もない」

「滅相もございません。我々は、自分達の仕事をこなしているだけでございます」

 セバスチャンは、そう答えながら、頭を下げた。

「まぁ、そう謙遜するな。と言う訳で、今日は、一つ礼をしたい」

 アイナが、そう告げると、シンシアと子供達は席を立ち、入り口の方へと下がって行った。


「まぁ、座ってくれ。今日からお前達も我々の一員だ。共に食事をしよう」

「いや、しかし――。光栄ではあるのですが……」

「まぁ、そう言わずに、一旦、席に座ってはくれないか」

 困惑気味の使用人達に対し、アイナが追い打ちをかけるように着席を勧めた。

「は、はぁ」

 セバスチャンの返事に伴い、その場にいた他の六人のメイド達も、渋々ながら、とりあえず着席した。


 アイナは、紅茶にミルクを入れながら使用人達に静かな口調で語り始めた。

「今日は、お前達に喜んで貰おうと思ってな。こうして子供達とサプライズの準備をしていたという訳だ」

「で、ですが……」

 額に汗をかきながら、セバスチャンが、戸惑っている。

「私との食事が、そんなにも嫌なのか?」

「いえ、決してそういう訳では……」

 使用人達が、困惑している最中、子供達は、紅茶の準備を黙々と進めている。

「皆、先程の指示は、忘れていないな」

「大丈夫だよ。ちゃんとおいしい紅茶を作ってみせるよ」

 子供達が、元気良く答える。

「お湯の代わりにミルクを使って作るんだぞ。それが、私好みのロイヤルミルクティーだ」

「さっき練習したから、分かってるよ」

「はい、もう出来上がりましたよ~」

 そう言いながら、女の子が、食卓に紅茶を並べていく。

「これは、私の自慢のミルクティーだ。是非とも、皆に味わって欲しい」

 アイナは、そう言いながら、使用人達に紅茶を進めた。だが彼らは、下を向いたまま黙り込んでいる。


「何だ。緊張でもしているのか? では、場を和ませる為に、一つ話を聞かせてやろう」

 その言葉に反応し、使用人達の視線が、一斉にアイナへと向けられる。彼らは、アイナの口から語られるであろう次の何かに神経を尖らせていた。


「昔、こんな話を聞いた事がある。皇帝の暗殺を目論んだ貴族が、毒見の少年を取り込んで計画を達成させた話という話な訳だが――。興味深いのが、その方法だ。毒見の少年に少量の毒を与え続け、徐々に耐性を付けさせたという方策だ。皇帝への恨みを持つ者なのか、家族を人質にでも取られた者達なのか――複数の少年らが、この計画に巻き込まれ、多くの者は、毒に耐えられず、途中で息絶えたと言う。そんな最中、ついに致死量の毒にも耐えられるようになった少年が現れた」


 セバスチャンだけが、アイナに鋭い視線を向けていた。その他の者は、視線を下に向け、緊張した面持ちで、何を見るでもなく一点を見つめていた。


 アイナの話は、更に続く。


「そして、ついに計画は、実行に移された。普段から、毒味は、皇帝の目の前で行われていた。まぁ、影で行われても信用出来んからな。その日、毒見役の少年は、いつもの様に皇帝に出される料理を平らげた。それを確認した後、食事は、皇帝の前へと運ばれた。何も知らない皇帝は、晩餐を楽しんでいた。えんもたけなわ。突然、部屋の隅に控えていた毒見役の少年が、血を吐いてその場に倒れ込んだ。周囲は騒然となり、警戒の為、近衛兵達このえへいたちが、皇帝の周囲を取り囲んだ。そして、安全な場所へと避難させようとした次の瞬間、皇帝の体調に異変が生じた。皇帝は、椅子から立ち上がる事が出来なくなっていた。透かさず、側近の者が、肩を貸そうとした。だが、その腕は、力無く垂れ下がり、そのまま皇帝は、その場に崩れ落ちたという。床に倒れ込んだ皇帝の口からは、大量の血が吐き出され、その目も赤く染まり、血の涙を流していたという」


 ここまで言い終えると、アイナは、ミルクティーをすすりながら、使用人達に鋭い眼差しを向けた。

 そして、更に言葉を続ける。


「そこで疑問が湧いたのだが――、果たして、一度毒で死にかけた私と、初めて毒を喰らう者とが、同時に食事をしたらどうなるものか……。私にも、少年の様な毒の耐性が付いているのだろうか……」


 アイナの話が終わる前に、その圧に耐え兼ねた使用人達が、事を起こす。室内に椅子と床が擦れる音が一斉に響き渡り、全員が立ち上がった。そして、セバスチャン達は、隠し持っていた武器を構え、戦闘態勢に入った。


「なるほど、それが答えか……」

「ひ、姫様? 一体、何の話しているのですか?」

 シンシアの質問に対し、アイナは、答える事はせず、ゆっくりと立ち上がった。


「まったく情けない刺客共だ。この話では、毒味の少年も、皇帝と一緒に死んでいるのだぞ。要は、毒が回るまでの時間は稼げても、克服には至らなかった訳だ。つまり、そこのミルクには、毒が入っていない。私と一緒にミルクティーをすするだけの胆力があれば、この事態を回避出来たという訳だ。だというのにお前達ときたら……」

 アイナは、大げさに、やれやれといった仕草をしながら、話を続けていた。


「だが、私は、本当に運が良いようだ」

「それは、どういう意味ですかな?」

「もし、お前らの内の何人かが座っていたら、面倒な状況になっていた。しかし、全員が、我慢弱く立ち上がってくれた。つまり、ここにいる全員が敵という事だ。話は、実にシンプルになった」

「これだけの人数を一気に相手にしなければならない状況になったというのに、実に楽観的ですな」

「ポジティブな所が、私の良い所だ」


 アイナが、シンシアの方へ視線を向ける。

 そこには、困惑しながら身を寄せるシンシアと子供達の姿があった。

「めちゃ子、子供達を頼む」

「えっ?」

「密集隊形! 防衛魔法展開! これは訓練ではないっ!」

 子供達は、アイナの咄嗟の号令にもしっかりと反応していた。

 しかし、これは訓練による条件反射に近い行動だった。体は、しっかりと反応していたが、心が追いついておらず、特にシンシアは、状況を掴めていなかった為、密集した子供達の先頭でオロオロとしていた。それでもなお、防御魔法を展開し、これから起こるであろう何かから子供達を必死で護ろうと身構えていた。


「貴女は一体、何者なのですか?」

 セバスチャンが、問い掛ける。


「私はアイナ。お前達の存在を否定する者だ」

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