第2話

 柔らかい日差しが溢れる中、アイナは、屋敷の庭を散策していた。若葉の香りが、心地良い。そんなのどかなひと時である。


「よう、めちゃ子。相変わらず暇そうだな」

「そ、そ、そ、そんな事ありませんよ。掃除とか出来る事はしていますし、子供達の面倒も見ていますし……」

「ハハハ、それは、一緒に遊んでいるだけじゃないのか?」

「むーっ!」

 アイナの戯言ざれごとに対しシンシアは、恥ずかしさを含んだような、むくれ顔で答えた。

 事実、家事全般の技量の足りないシンシアは、他の使用人に仕事を奪われ、少し疎外感を感じていた。そこをアイナに突かれ、少し拗ねていたのである。


「とは言え、子供達は、底無しに元気だからな、苦労も多いだろう」

「確かにそうかもしれませんが、私は、無理やりやらされている訳ではありませんので、そこまで苦には、思っていません」

「そうなのか?」

「はい」

「私等は、同じゲームを何度も何度もせがまれて、ウンザリしている」

「あの本と人形を使ってやる遊びですか?」

「ああ。普通の本と違って、幾つかのストーリーに分岐はあるものの、そこまで大きな変化がある訳でもない。しかも、一度、結末を見ているというのに、それでも何度も何度も繰り返し遊ぼうとする意味が分からない」

「ゲームの事は分かりませんが、私も、好きな本を何度も読み返す事はありますよ」

「そうかもしれんが、限度と言うものがあるだろう」

「それは、そうですが……」

「お前は、ホント、根気よく付き合っているなと感心させられるよ」

「姫様のやられているゲームは、複雑で大変そうですが、私の方は、比較的単純な遊びが多くて、そこまでの負担にはなりませんから――。それから、別の理由も一応あります。あの子達は、全くの他人とも言い切れないんです。ですから、面倒を見る責任もあるんです」

「うん? それはどういう意味だ?」

 アイナは、いぶかな表情を浮かべて言った。


「それはですね、私もあの子達も、一緒の孤児院で育っているからです」

「ちょ、ちょっと待て、 お前は、《人形》だよな?」

 アイナは、意表を突かれ、反射的に思った事を口にしてしまった。

「いや、そうなんですけど……、その……、私の体の持ち主と言いますか……、その彼女がですね、孤児院の出身でして……、子供達にとっては大事なお姉さんと言いますか……」


 シンシアは、彼女の所為せいではないとは言え、他人の体を奪って生きている事に少なからず負い目を感じているようだ。その為、少し心苦しそうに事情を話し続けた。


「私が言うと変な感じになっちゃうんですが、その方の美しさは王都でも、噂になる程、有名だったそうなんです。ですが、それが逆に悪かったと言いますか……」

「なんとなく事情が見えて来たよ。それ程の美人であれば、自分のモノにしたいと思う男は多かっただろう。しかし、孤児院にいたという事は、大して彼女の身分は高くない。身分が高ければめとりりたいと言い出す貴族もいただろうが、つり合いが取れなという事であれば、愛人か奴隷だ」

「そうなんです。権力のある悪い貴族に目を付けられてしまった彼女は、その美しさを維持したまま差し出されるべく、《人形》にされる事になってしまったそうです。本来なら抵抗しても良さそうなのですが、彼女は心優しい方だったのでしょう。孤児院の助けとなればと大金と引き換えに命を捧げる覚悟をなさったようです……」

「まるで口減らしの生贄だな……」

 アイナは、やり切れない表情で話を聞いていた。


 シンシアは、目を伏せながら、今にも泣きだしそうな表情で自身の事について語り続けた。

「当初、私は、その貴族の元へ送られる予定でした。そんな貴族の元へ送られれば、どんな扱いを受けるか分からない状況だったのですが、当時の私には、人間らしい感情が備わって無くって……、正直、自分の置かれた状況を理解出来てはいませんでした……。いや、それどころか、送られたところで自身を憐れむ事すらできなかったかもしれません。そんな時、アイナ様が噂を聞きつけ、私を半ば強引に引き取ってくれたそうです」

「なるほど、貴族と言えども、王族には敵わない。そこを突いて、お前を救出したという訳か」

「はい。私は、アイナ様に助けられました」


 シンシアの表情は、アイナについての話題に代わると、見る見る明るいものに変わっていった。

そして、更に続けた。


「それだけでも凄い事なんですが、アイナ様は、私に色々してくれました。普通の人間のように接してくれて、感情の乏しかった私を、少しずつ変えてくれました」

「それでお前は、人と遜色そんしょくがないレベルまで成長したという訳か」

「はい。ですが、感情が生まれるにつれて別の悩みも出てきてしまって……。その……私に体を提供した女性の事が、気になるようになってしまったのです」

「まぁ、何事にもメリットとデメリットがあるからな。感情を殺した方が、救われるケースも存在しる。それがこの世と言うものだ。悲しい事ではあるがな……」

「色々と考えたのですが、私は、アイナ様にお願いして、彼女の生きていた場所を見せてもらう事にしたんです」

「随分思い切った提案だな」

「はい、アイナ様もかなり悩まれておりました。……お恥ずかしい話ですが、当時の私は、変わってきたとは言え、他人の気持ちをおもんばかるまでの感情は、まだ、芽生えていなかったのです」

「なるほど」

「逆に、今の私なら、自分から孤児院へ行ったりは出来なかったかもしれません。事実、私が戻った時、孤児院の子供達は、私が《人形》で、中身は以前の彼女とは別人である事に戸惑っていました。それに、とても悲しんでいたと思います……」

「…………」

「それでも子供達は、私を迎え入れ、受け入れてくれました。そして、喜んでもくれました」

「意外と、子供の方が、柔軟だったという事か」

「はい。その時、私は、本当に嬉しくて、恩返しの為にも、この子達の役に立ちたいと――そう思ったんです」

「それで今に至るという訳か」

「はい」


 話がここまで来たとところで、アイナが何かを考えている。

 シンシアは、その事に気付き、小首をかしげた。


「まぁ。その話は理解出来たが、一つだけ理解出来ない事がある」

「何でしょう?」

「そんな体験をしたお前が、何故、同じ境遇に陥っていた私を受け入れず、手紙だけ残して去って行ったのかという事だ」

 アイナは、シンシアに不信の目を向けながら言った。

「すぅ~~~」

 シンシアは、目を泳がせながら、大きく息を吸うと、何も答えず、気まずそうに視線だけを右下に逸らせていた。


「体が別人という戸惑いや、周囲から寄せられる不信の目。自身ではどうする事も出来ない不条理な状況への怒り。お前が、一番良く知っていただろうに――」

「…………」


 アイナに圧を掛けられたシンシアは、暫く黙り込んでいた。そして、少し考えた後、再び、口を開いた。だがしかし、それは、まるで直前の話を、何事も無かったかの様に、自信の身の上話を続けるものだった。


「でも、名前だけは、『シンシア』に変えさせてもらったんです。アイナ様の元に来た時に付けてもらった名前だったので――。私は、私であって、彼女ではありません。ですので、彼女の名前は使いませんでした」

「おい、私の問いについて、スルーを決め込む気か?」

「…………」

 シンシアは、再び視線を逸らし、聞こえない振りをした。


「まぁ、その事は、良い。だが、私とは、別の選択をしたと言う訳か」

「?」

 シンシアは、少し首を傾げた。

「私は、『アイナ』として生きる方を選択した。器の側を選んだという訳だ」

「そういえば……、そうですね。でも、それは、どうしてなんですか?」

「実は、私自身にも、はっきりとは分からないのだが――、もしかしたら、知らず知らずのうちに、元の自分に不満を感じていたんだろうな。だから、この状況を再出発のきっかけにしたかった――つまりは、そういう事なのだろう」

「そうだったんですか。運命なんて、何が起こるか分からないものですね」

「全くだ」

 そんな話をしながら、二人は、子供達の遊んでいる様子を、何気なく眺めていた。


 しかし、そんな穏やかな日常も、些細な事件から崩れ始めようとしていた。


「シンシア姉ちゃん、大変だよ」

 男の子が、慌てた表情でシンシアに駆け寄ってきた。

「皆で飼ってた子猫が、急に具合が悪くなっちゃったんだ」

「えっ?」


 シンシアとアイナは、男の子に連れられて、子猫の元へと向かった。

 暫く行くと、子供達が何かを取り囲んでいるのが見えてきた。それが子猫である事は、容易に想像が出来た。


 アイナが、子供達を掻き分けるように輪の中に入っていくと、子猫が、口から泡を吹いて、痙攣けいれんしている姿が見えてきた。

 シンシアは、慌てて回復魔法を子猫にかけた。

 子猫は、彼女の魔法によって多少の改善は見えたものの、それでもまだ、苦しそうにしている。

「いつからこの様子なのだ?」

 アイナは子供達に尋ねた。

「ミルクを飲んだ後に、急に具合が悪くなっちゃったの」

「そのミルクは、どこから持って来たんだ?」

「それは……」

 子供達は、互いに顔を見合わせている。

「怒らないから言ってごらんなさい」

 表情を読んでシンシアは、子供達に優しく問い掛けた。

「厨房から黙って持って来たんだ」

「子猫の事は秘密だったから……ごめんなさい……」

 子供達は、口々に反省の弁を伝えてきた。

 アイナは、険しい表情で何か思いふけっている。

「しかし、私は、運が良いのか悪いのか……」

「えっ? 何か言いました」

「いや、何でもない」

 アイナは、何やら思い当たる事がある様ではあったが、直ぐに子猫への対処へと話を切り替えた。


「ところで魔法が一番得意な奴は誰だ?」

「ララちゃんがいなくなったので、私だと思います」

 ぱっつん前髪のポニーテールの女の子が、手を挙げながら答えた。彼女は、子供達の中でも年上の部類に当たるようだ。

「では、お前は、この子とこの子とこの子を連れて街へ行け。そして、子猫を獣医にでも見てもらえ。それから、今日は、街に泊まると良い。手紙と金を渡すから、それを宿屋の者に見せるんだ。事情とお前達の面倒を頼む旨は、書いておいてやる――」

 アイナは、子供達を何人か指名しながら、テキパキと指示を与えていった。

「私も付き添った方が、良いのではないでしょうか……」

 シンシアが、恐る恐る提案してきた。

「いや、お前には、別の仕事を頼みたい。この程度の問題であれば、自分達で対処で出来るな」

「はい」

 先ほどの女の子が、しっかりとした口調で返事した。他の子達も、黙って頷いている。

「良い返事だ。では、お前に任せる。宿代と治療代を渡すから、後で私の所に来い。以上だ。準備にかかれ」

「はいっ」

 シンシアの不安げな表情に反して、自分達が信頼されている事が嬉しかったのだろう、子供達は、妙にやる気を見せていた。

「ああ、ちょっと待て。留守番組にも話がある。少しだけ残ってくれ」

「何? 何?」

 選択から漏れ、少し不満げだった留守番組の子供らが、打って変わって興味を示す。

「他にも何かあるんですか?」

「まぁ、念の為。準備しておきたい」

「準備……ですか?」

 シンシアと留守番組の子供達は、シンクロしたかのように首を傾げ、不思議そうな表情でアイナを見つめていた。

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