第6話

――ララの村――


 村に戻ったアイナ達は、村人達に事情を話し、村の守備を固めるよう指示をだした。とは言え、できる事は少なく、村人達は、既に怯え切っていた。

「最初の殺しは、単なる獣の捕食だった。しかし、今は、違う。奴は、子供、若しくは、仲間を殺され、村に復讐を誓っている。それなりの意志と覚悟を持ってやって来る。こちらも、それなりの覚悟を決めなくてはならない」

 アイナは、村人達に激を飛ばした。


「村人達は、怯え切っているわ。そんな分かりきった事を今更伝えて、更に怯えさせてどうするの?」

 軍医の女が、アイナをたしなめた。

「一般人を兵達と同じ様に扱っても――という訳か。分かった。獣は、私の方で何とかしよう。だが、お前達は、万が一に備えて守りを固めておいてくれ」

「あ、あんた。本当に村を護れるのか?」

 一人の村人が、アイナに詰め寄る。

「ああ。護ってみせるよ」

 アイナは、少しイラついていた。

「だが、兵達は、一夜で全滅してしまったんだぞ。本当に一人で大丈夫なのか?」

「そんな事は、分かっている。では、仮に、大丈夫じゃなかったとして、他に当てでもあるのか?」

 アイナが、村人に問い返す。それを聞いた村人達は、無言になってしまった。

「では、私を信じるしかあるまい? 違うか?」

「アイナ。強い。ここ、護れる」

 アイナの言葉に食い気味でララが割って入り、皆に訴える。

「そ、そうですよ。姫様は、強いのです。あの北の蛮族も、一人で撃退したのですよ」

 シンシアが、それに続く。

 村人達は、互いの顔を見合わせた後、渋々と納得した表情を浮かべ始めた。

「わ、分かったよ。あんたを信じる事にするよ」

 そう言い残すと、村人達は、この場から去り始め、各々の作業に戻って行った。


 村人達が立ち去った後、軍医の女とその助手が、アイナの傍に歩み寄る。

「本当に大丈夫なの?」

「そんなもの、分かる訳ないだろ?」

 アイナが、不貞腐れつつ答える。

「ええっ? ちょっとそれは、無責任なんじゃないの?」

「ですが、姫様にああでも言ってもらわなくては、皆、逃げ出してしまうと思うのです」

「その通りだ。パニック状態に陥って、余計な手間を増やされたのでは、勝てるもんも勝てん」

「なるほど。では、あの小さな女の子にも、助けられたという訳ね」

「ふん。確かにそうだ。他の連中よりよっぽど胆が据わっている」

「もしくは、余程、貴女を信頼しているか」

「だが、あいつは、私をこの事件に巻き込んだ疫病神だ。この位の手助けでは、全然足りん。全く、こんな大層なイベントに巻き込みやがって……。これをクリア出来たら『村の護り手』の称号でも貰えそうだ――」

「イベント? 称号?」

 アイナの愚痴に軍医の女が、反応する。透かさず、シンシアが、解説を加える。

「ああ……。これは、姫様の好きなゲームの用語です。本と人形を使ったボードゲームみたいな……」

「貴女? ヲタクなの?」

「人の趣味を笑うな」

「でも、少し不安になって来たわ」

「偏見だな。めちゃ子が、言っていた北の蛮族討伐の話は、事実だぞ。何の実績も無く、引っ張り出された訳ではない」

「めちゃ子?」

 軍医の女が、再びアイナの単語に反応する。

 シンシアは、スッと自身を指差しながら言った。

「姫様は、私を本名では呼んでくれないのです」

「はぁ? 何それ。貴女、人の名前を呼べなくなるようなトラウマでも抱えているの?」

「そんなバカなトラウマ、ある訳ないだろう」

「冗談に決まっているでしょ、本気に受け取らないで」

 アイナは、ムッとした表情で軍医の女を睨み付けていた。

「まぁ、そんなに怒らないでちょうだい。私は、クレア。それから、こっちの助手は、イリア。宜しくね」

 クレアは、そう言うと右手を差し出した。後方では、イリアが、静かに会釈している。

「私は、アイナ。今、お前達が頼れる唯一の護り手だ」

 アイナは、そう言いながら、握手に応じた。

「私は、シンシアです。宜しくお願いします」

 アイナに続いて、シンシアも握手を交わした。

 こうして、互いに挨拶を終え、四人は、それぞれの準備に取り掛かり始めた。


             *


 日も落ち、辺りが暗くなってきた頃、その時は訪れた。獅子のような咆哮が辺りに響き渡り、村人達を更に震え上がらせた。

「ついに来たか……。予想より早かったな」

 アイナは、そう呟くと、馬にまたがった。そして、剣を抜き鼓舞するかのように指示を出した。

「怪物は私が引き受ける。戦えぬ者は、頑丈な建物に避難せよ。戦える者は、武器を手に取り村の防御にまわれ」

「おい、無茶言うなよ。ここには、農村で農民ばかりだ。まともに戦える者等いやしないぞ……」

「それに兵士達を全滅させたんだろう……。俺達にどう戦えと……」

 村人達が、一斉に不安を口にする。しかし、アイナは、その声を無視して話を続けた。

「めちゃ子!」

「は、はい」

「お前は、防衛魔法を使えるか?」

「ええ、まぁ。戦闘の経験はありませんが、対応できる魔法は、使えると思います」

「よし。元来、《人形》の使用する魔法は、人の使用するそれをはるかに上回るらしい。ここで本来のお前の能力を発揮してもらおう。獣が、私を突破して、村に侵入しようとした時は、全力でそれを抑えて欲しい。勿論、私が追いつくまでの間だけで良い。やれるか?」

「は、はい。やってみます」

 シンシアは、胸に拳を当てながら、不安げではあるが、力強く答えた。

「まぁ。そこまで気負うな。万が一の保険だと考えておけば良い。基本的には、私、一人で迎え撃つつもりだ」

「は、はい」

 シンシアは、先程より少しトーンを下げた口調で返した。

「アイナ。ララも戦う」

 ララは、馬の足元まで歩み寄ると、アイナを見上げながら訴えた。

「子供が、最前線に出る等、ありえんだろう――」

 アイナが、子供の戯言を一蹴しようとしたその時、村人達から声が上がった。

「そうだ。この子なら戦える。今は一人でも多くの戦力が必要な時だ――。戦ってもらおう」

「そうだ。それが良い!」

 村人達が口々に賛同する。

「ちょっと待ってくれ。ララは、まだ子供なんだ。こんな幼い子を戦いに出すなんて――」

「そうです。ララには、無理です」

 ララの両親は、必死で反論した。当然といえば当然の反応であったが、村人達からの反応は、違っていた。

「姫さん、あ、あんたは、この子の事を良く知らないかもしれないが、この子は、強大な魔法が使える。見た目は、こんなだが、十分に戦える」

「ああ。そうだ。見た目に騙されちゃいけねぇ。悪魔みたいな――」

 村人は、そこまで言いかけて、慌てて口を噤んだ。

 彼女は、その才のせいで村を追い出される程の魔法の使い手だった。十分な戦力になるかもしれない。だが、アイナの選択肢に、その一手は無かった。

「よくもまぁ、そう都合よく子供を利用できるものだ……」

 アイナは、村人達に軽蔑の眼差しを向けていた。そして、今度は、ララに視線を向けると、こう言葉を続けた。

「ララは、もう、この村の子ではないのだからな。自分の家族だけ守っていれば良い。薄情な村人に義理立てする必要はないぞ」

 アイナは、厭味ったらしく言い放った。その言葉を聞いていた村人達は、一様に下を向いている。

 しかし、ララは、その提案に何も言わず、ただ首を横に振った。

 アイナは、少し困ったような表情を浮かべながら少し考えた後、ララに返答する。

「お前は、私と違って優しいのだな。――分かった。めちゃ子と一緒に防衛に回ってくれ」

 その言葉を聞いたシンシアが、慌ててアイナの方へ詰め寄る。

「ちょっと、良いんですか!」

 シンシアは、アイナの裾を引っ張りながら、訴えた。

「断って、勝手に動かれても困る。めちゃ子、この子を頼めるか?」

「わ、分かりましたけど~」

 もし、強情な自分が、同じような状況であれば、勝手な行動に出るかもしれない――そんな考えをシンシアは、思い浮かべていた。その為、それ以上の反論は、敢えてしなかった。だが、それでもなお、残る不満を抑えられず、頬を膨らませていた。

「フフッ」

 そんなシンシアを見透かしてか、アイナは、僅かに笑みを浮かべた。

 それを見て、シンシアの頬は、更に膨らんだ。

「よし、私が壁の外に出たら門を閉じろ」

「はい」

「では、皆に精霊の加護のあらん事を」

 アイナは、そう言い残すと一人、村の外に出て行った。

 それを見送ると、村人達は、言付け通りに門を閉めた。ただ、その門は、非常に頼りなく。大凡おおよそ、獣の襲撃を耐えられるような代物には、見えなかった。

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