第5話

 翌日、状況は更に悪化する事となった。


 アイナは、この日も昼過ぎまで眠り込んでいた。

 するとそこへ、シンシアが、慌てた様子で飛び込んできた。

「ひ、姫様! 今直ぐ、村の外の街道に向って下さい!」

「何だよ、まだ、眠いんだよ。もう少し寝かせてくれよ……」

「もうっ! 本当に大変なんですっ! 隊が、隊が、全滅したらしいんです!」

「何だとっ!」

 アイナが飛び起きる。

「早く、着替えて下さい!」

 シンシアは、そう言いながら、手荒く着替えを投げつけた。

 アイナは、それを受け取ると素早く着替え、街道へと向かった。


――村の外 街道――


 村から続く一本道を、ほろのない荷馬車に揺られながら進む。隊が残したわだちのせいで、その揺れ具合は、中々のものだった。

「何ですかね、あれ……」

 御者ぎょしゃである村人が、何かを見つけ、アイナ達に知らせる。御者の言う方を見やると、人の集まっている現場が見えてきた。

 背の低い草が多い草原を横目に、現場へと近付いて行く。草木の緑に、所々、赤い模様がっ入り始める。補色であるが故に、やけに鮮やかに見える。


 荷馬車が、現場へと近付くにつれ、その惨状が明らかとなってきた。

「何だ……あれは……」

 アイナの表情が険しくなる。

 荷馬車の御者は、既に言葉を失っている。

 シンシアは、両目を手で覆い現場を見ないようにしていた。

「これは、人の仕業ではなさそうだな……」

「どうして、そんな事がわかるんですか?」

 シンシアが、目を覆ったまま問い掛ける。

「これだけの人数を、一気に全滅させられる人間等、この国に二、三人しかいない。無論、大人数で襲い掛かれば、無理ではないかもしれないが、それであれば、敵の死体も混ざっていそうなものだ。だが、見る限り、そんな様子もない」


 見上げれば、青い空の中を白い雲が悠々と泳いでいる。視線を下に向けると、鮮やかな新緑を飛び散った血が赤く染めている。更に爽やかな風と共に黒く大きな鳥が舞い降り、兵士達の亡骸をついばんでいる。

 その両極端な光景を前に、アイナは思わず目頭をつまんだ。

「あら、また会ったわね」

 アイナが振り向くと、そこには、昨日会った軍医の女とその助手の《人形》の姿があった。

 助手は、アイナと目が合うと、静かに会釈した。

「お前達、生きていたのか?」

「居残りで、調べものをしていたおかげで、襲われずにすんだわ」

「なるほど、それは運が良かったな」

「さぁ~、どうかしらね」

 そう言うと、軍医の女は、木の上の方に視線を送った。

 彼女の視線に釣られるように、アイナも同じ方へと視線を移す。

 そこには、木の枝に突き刺された太めの甲冑の男の死体があった。

「なるほど。我々も、いつこうなるか分からないと――」

「隊は、早朝に出発して、昼にはこの有り様よ。貴女だけで皆を守りきれるのかしら?」

 アイナは、木の上に吊るされた死体を眺めているだけで、返事はしなかった。


「とは言え、何か対策をうたないと――。このままでは、私達は、村から出たところを襲われるか、村に籠って死を待つかの二択しかなくなるわ。何せ、この獣は、人間に対して、強い恨みを持っているみたいだからね」

「ふ~っ」

 アイナは、深い溜息をついた。


「貴女、他に何か気付かない?」

「何をだ?」

「討伐した獣の死体が、無くなっているわ」

「喰った訳ではなさそうだ……。まさか、持ち帰ったのか……」

「恐らくは――、ね」

「つまり、死体を取り返す為に、隊を襲ったと――そう言いたいのか?」

「それ以外に、何か思い当たる理由はある?」

「…………」

「もしかしたら、子供を殺された親が、取り返しに来たとか……」

 振り向くと、そこには、シンシアの姿があった。

「お前、大丈夫なのか?」

「な、何とか。死体は、なるべく見ないようにして来たので」

 シンシアが言う通り、彼女の視線は、不自然に空の方に向けられていた。

「よく、そんな状態で歩いて来れたわね」

 軍医の女が、呆れた表情でツッコミを入れる。

 アイナも、似たような表情を浮かべてはいたが、先にツッコミを入れられてしまった事もあり、そのまま話を進める事とした。

「確かに。獣の親の犯行であるとするならば、辻褄が合う部分も多いな」

「そうよ。歯形が一回り大きい理由も、この残忍な殺害方法の理由も説明がつくわね。でも、それが正しいとしたら、最悪の状況ね」

「ああ。先の個体より大きく、そして、凶暴な獣が、強い怨念を持って我々を狙っているという事になるからな」

「だとしたら、私達を根絶やしにするまで、止めないかもしれませんね」

「そういう事だ」

「そういう事なら、一刻も早く、ここを立ち去った方が良さそうね」

 そう言い終わると、軍医の女とその助手は、村へと帰ろうとした。

「おい、ここは、どうするつもりだ」

 アイナが、思わず呼び止める。

「残念ですが、今は、このままにして帰る他ないのではないでしょうか? 埋葬する人手も足らない上に、獣に襲われるリスクがあるのですから……。二次災害は避けるべきです」

 ここへきて、初めて助手が口を開いた。

 その場にいた数名の村人達も、その言葉に流されるように、互いの顔を見合わせた後、急いで村へ戻る準備を始めた。

「全く。人の温かみは感じられないが、冷静で良い判断だ」

「それは、褒めているのですか? けなしているのですか?」

「気にするな。私は、皮肉屋だ」

「?」

 助手の女は、アイナを不思議そうな視線で眺めていた。

「私達も、撤収しましょう」

 シンシアに、そう促されると、アイナもこの場を放棄して、村へと戻る決断を下した。

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