第4話
アイナ達が、村の広場に戻ると、そこでも兵士達がイソイソと撤収の準備を進めていた。
戦利品である獣の亡骸は、荷車に縛り付けられ運び出されようとしていた。
「おい、ちょっと待ってくれ。確認したい事があるんだ」
アイナがそう声を掛けると、作業をしていた兵達は、あからさまに嫌そうな顔をしてみせた。
「これはこれは、アイナ様。いかがなされましたかな?」
アイナが振り向くと、背後には、昨日会った太めの甲冑を着た男が、立っていた。今度は、アイナが、嫌そうな顔をする番だった。
「忙しいところすまぬが、討伐した獣の亡骸を見せていただきたいのだが――」
アイナは、感情を押し殺し、丁重に依頼した。
「アイナ様の頼みとあれば、お聞きしたいのは山々なのですが――。我々にも任務と言うものがありましてな~。一刻も早く王都にこの亡骸を持ち帰らねばならんのです。ああ、残念。残念」
太めの甲冑を着た男は、そう言うと直ぐに、アイナの背後で作業していた兵達に向って、獣の亡骸を運び出すようジェスチャーで指示を出した。
「ふん、気に入らんな。端から見せる気等なかったくせに」
アイナは、口を尖らせながら呟いた。
その横でシンシアは、少し困ったような歪んだ笑みを浮かべていた。
「それにしても、貴殿らは、任務半ばで帰還するおつもりかな?」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、姫様!」
さすがのシンシアもアイナが何をしたいかを察し、動揺した。
アイナの挑発的な発言に対し、太めの甲冑を着た男が、険しい表情で振り返る。だがしかし、その表情は、一瞬で消え、冷静なトーンでアイナに応えた。
「何をおっしゃいますやら。我々の任務は、害獣の駆除――。そして、現に、ここに亡骸があるではありませぬか」
「しかし、新たに被害者が、出ている――」
「それは、別件でございましょう。獣が、あのような殺し方をするはずもありません。今回の事件を利用した何者かの犯行でしょう」
「貴殿は、あれが人の犯行だとでも?」
「わざわざ仕留めた獲物を喰わずに飾り付ける獣が、どこにいるというのでしょう? 少なくとも私は、聞いた事がありませんな。大方、人が、獣を装って行った犯行でしょう」
「だが、万が一、貴殿らが獣を討ち漏らしていたとしたら――」
アイナのその言葉に、太めの甲冑の男の表情が、再び険しいものに変化する。
「いくらアイナ様といえど、今の発言は、少々無礼では――」
「姫様」
二人のやり取りを見ていたシンシアが、アイナを制した。
「確かに、今のは、言い過ぎた。貴殿らは、現に獣を討伐している訳だからな。だが、人の犯行である事を立証するにも、証拠は必要だ。その為に、獣の口の大きさくらいは、計測させてはいただけないだろうか?」
アイナは、落とし所を探る様に提案した。
「まぁ、良いでしょう」
太った甲冑の男は、その提案を受け入れ、部下達に作業を停止するよう指示を出した。
「感謝する」
アイナは、礼の言葉もそこそこに早々に獣の亡骸の方へと向かった。
シンシアも、一礼した後、それに続いた。
*
獣の口の計測を終えたアイナ達は、宿泊場所である空き家に戻り、少し早い夕食をとっていた。
この空き家には、テーブルが無かった為、二人は、床に座り、食事をする事となった。アイナは、胡坐をかいて座り、シンシアは、正座して座っていた。
何とも不便な状況ではあったが、アイナは、事件の方にばかり関心があり、この状況に愚痴を漏らす様子はなかった。
「姫様、行儀が悪いですよ」
ノートに記したメモを見ながら、食事を頬張るアイナに対し、シンシアが、注意する。
「地べたで飯を喰っている時点で、行儀もクソもあるか」
アイナが、口をモグモグしながら、答える。
「それは、そうですけど……」
シンシアも、地べたで食事をさせられているこの状況に、多少の不満を持っていたのか、アイナには、反論せずに口を
とは言え、この村は、観光地でもなく、空き家を用意されただけで恵まれた状況といえた。現に、派遣された兵達は、村の外で野営していた訳である。テーブルや椅子を用意しろ等という要望は、この簡素な村に対しては、過ぎた要求である。
暫く、二人は、無言で食事を進めていた。
「少し、状況を整理する必要がありそうだな」
アイナが、何かを思いついたかのように、口を開く。
「かもしれませんね」
状況をまとめると、以前の殺人の対象は、女性や子供という比較的に襲い易い弱者であった。殺され方も単純で、喰い殺されたような痕跡があり、内臓等も喰われていた。よって、捕食行動の結果と予測出来た。
しかし、今回の対象は、男性であり、かつ、死体を飾り付ける等の新たな手口が加えられている。故に、以前の犯行とは、別件であると推測された。
また、単純な殺害方法でない故に、殺した者が、人間である可能性も出て来たのである。
ただ、何らかの結論に辿り着くには、あまりにも情報も乏しく、現時点で結論を出す事は出来なかった。その為、アイナ達は、暫く様子を見る事とし、村に滞在する事を決めた。
コンコン
アイナ達が、考え事をしていると、唐突にドアをノックする音が聞こえて来た。
「はい。どなたでしょう?」
シンシアが、入口の方へ歩み寄りドアを開けると、そこにはララの両親が立っていた。
「テーブルと椅子をお持ちしました」
ララの母親は、静かに一礼した。彼女は、木製の丸椅子を重ねて二つ持っていた。その後ろには、ララの父親が、小さなテーブルを持って立っている。
「確か、ここに来た日に会ったララの――」
「はい。ララの母です。アイナ様には、娘がお世話になっております」
テーブルと椅子を配置しながら、ララの母は、答えた。
「何も無いと不便かと思いまして――」
父親は、ばつが悪そうに続けた。
アイナは、そんな父親の様子に気が付くと、床に置いていた食事をテーブルの上に移動しながら、口を開いた。
「余所者にここまでしてくれるとは――、少なからず、ララの事で負い目を感じているという訳か」
「ちょっと、姫様」
あまりにもストレートな言い草に、シンシアが、思わず口を挟む。
「酷い親だとお思いでしょうね」
「そう思わない理由がないからな」
シンシアは、アイナの袖を引っ張り、再び制した。アイナは、一瞬だけ、シンシアの方へ視線を向けた後、再び、両親の方を見やった。
「幼い子供の多くは、例え、親から虐待を受けてたり、裏切られたりしても、彼等を庇うそうだ。ここに来る道中、ララからも両親を悪く言うような話は無かった。それどころか、このいけ好かない村を助けようとしている。そんな――」
「あの子の他にも子供が居るんです。一体、どうしろとっ!」
ララの父親は、アイナの言葉を遮り、悔しそうに反論した。
「あの子が、村人から疎まれているなら、一緒に村を出るという選択肢もあったろうに」
「幼い子供を連れて、行く当てもなく村を出ろと? この村で暮らしていく事さえやっとなのですよ。そんな事出来る訳ないじゃないですか!」
父親は、悔しそうに拳を握りしめながら言った。目には、うっすら光るものが、浮かんでいる。
「姫様のように、独り身で気ままな身分な訳じゃないのですから、それは、少し酷な言い方かと」
シンシアは、アイナを諭す様に言った。
「チィッ!」
アイナも、自分の言い分が、理想論である事は理解していた。それ故、軽く舌打ちするだけでシンシアに反論はしなかった。
「はぁ~。今回の一件が上手く片付けば、ララへの村人の見方にも変化が生じるかもしれん。私もそれを促してやる。だが、機会というものは、そうそう訪れるものではない。二度目は無いと思って良い。お前の言葉が口先だけのものでないのなら、しっかりとそれを物にするのだな」
アイナは、そう言い放つと、用意された食事の席に着いた。
「はい。ありがとうございます」
「では、我々は、これで――」
二人は、アイナに対し、深々と頭を下げた後、部屋を出ていった。アイナはその間、二人へは視線は向かずに、食事を再開していた。
シンシアは、少し困った表情を浮かべながら、アイナの向かいの席に着席した。
外では、太陽がすっかり沈み、夜の帳が下り始めていた。見知らぬ虫の声だけが、喧しく響いていた。
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