第3話
そして、翌日――。
アイナは、昼過ぎまで寝ていた。こんな遠くまで連れ出された挙句、とんぼ返りするのも馬鹿々々しいと考えていたからである。
その頃、シンシアの姿は、既に無く、どこかへ出かけた後のようである。
アイナは、食事のできる場所を探す為に、宿を出た。景色こそ、昨日と変わらぬものだったが、村の雰囲気は、どことなく不自然で、広場の方からは、何やら揉めている声が、聞こえてきた。アイナは、好奇心から、その声のする方へと、自然と足を向けていた。
粘土質の茶色い土で固められただけの通りを進み、広場に到着すると、そこには、既に、シンシアとララの姿があった。
「何かあったのか?」
アイナが、二人に問いかけた。
「また、死体が見つかったそうなんです……」
「もう、獣は、退治されたはずだろう?」
「そのはずなのですが――」
シンシアも状況が掴めておらず、困惑したような表情を浮かべていた。
人々が揉めている原因は、どうやらこの事のようだ。派遣された兵士達の見解では、害獣は討伐済みであり、これは、また別の事件であるとの事。それ故に、予定通り帰還するとして、村人の話には、耳を貸していないようであった。
「それにしても何故、奴らは、そこまで頑ななんだ?」
アイナが、面倒くさそうな表情で、シンシアに問いかけた。
すると、後方で話を聞いていた村長らしき人物が、代わりに答え始めた。
「どうも殺され方が違うようで、同じ獣の仕業とは、認めてくれんのです」
更に村長の横に居た男が、俺の話を聞いてくれと言わんばかりに口を挟む。
「確かに、今までは女子供ばかりが、被害者だったのですが、今回は、村の男です。しかし、ろくに調査もせずに、関係なしと結論を出されては……」
集まっていた村人達は、不満もあってか、アイナの元に集まると、一方的に、色々な見解を話し始めた。
「まぁ、別の獣を倒して喜んでいた等となれば、恥さらしもいいとこだ。それは、認めたくはないだろうよ」
「手柄を、汚されているような気にもなったのでしょうね。私達の話も、聞いてくれないんだから――」
「それにしたって、別の魔物が現れたのなら、それも倒してくれれば良いだけの話。何ともケチ臭い連中だぜ」
村人達の話を聞いていたアイナは、更に面倒くさげな表情となり、大きくめ息をついた。
「昨日、俺達にあれだけ自慢げに話していた連中の事だ。
アイナは、表情を益々曇らせた。
「で、どうするんですか?」
シンシアに、そう聞かれると、アイナは、顎に手を当てて、少し考えた後、周囲の者と会話を続けていた村長に向かって声を掛けた。
「で、村長。被害者の死体は、どこに行ったら、見られるんだ?」
「死体ですか? 村の外にある墓場の小屋を、安置所として使っておりまして、まだ、そこにあると思いますが……」
「分かった。先ずは、情報収集だ。そこへ向かうとしよう。では、行くぞ、めちゃ子」
「え、え、え、え~っ! わ、私もですかー?」
「当たり前だろ」
「え~、そんな~。死体とか見るの怖いですよ~」
「うだうだ言ってないで、ついて来い」
「は~い……」
シンシアは、落胆し、気の抜けた返事をした。こうして、二人は、安置所へと向かう事となった。
*
村の西側の入口を出て、暫く行くと、北側に墓地が見えて来た。
その向かい側では、野営していた兵達が、荷馬車に荷物を積み込み、撤収作業をしている。
「こっちには、道があったのですね」
「……」
こちらの出入口は、アイナ達が来た方角とは、反対側に位置しており、どうやら、こちら側が、村のメインの出入口のようだ。門から先へ広めの一本の道が続いていたが、その道も土を踏み固めただけの簡素なモノで、派遣された部隊が、残したであろう
「私達が来た道が裏側で、こっち側が村の正面だったんですかね?」
「……」
シンシアの言葉に対し、アイナは、少し恨めしそうな表情を浮かべるだけで、言葉を発する事はしなかった。
「こっち側から入れば、馬車のまま村に来れたのかもしれませんね」
「悪かったな。情報弱者で――。後で村の誰かに頼んで、置いて来た馬車を引っ張って来てもらうよ」
「引き受けてくれますかね?」
「獣を討伐してやるんだ。そのくらいは、協力してくれるだろう」
「ああ、でも、盗まれてなければ良いですけどねぇ」
「一応、隠しておいたし、引く馬がいなければ、持って行くのも一苦労だろう」
「だと良いんですけど――」
「全く、お前。時々、性格悪いぞ」
チクチクと責められ続けたアイナが、耐え切れず反撃する。
「姫様の悪い所が
シンシアは、とぼけるように右上を眺めながら言った。
それに対しアイナは、シンシアに向ってあっかんべーっと舌を出して返した。
*
今日の空は、重く曇っていて、周囲の景色を少しだけ灰色に染めている。
「フフッ」
アイナが微かに笑った。
「どうしたんです、急に?」
「ああ。すまん。ただ、墓地には、似合いの不穏な天気だなと思っただけだ」
「もう、変な事言わないで下さい。ただでさえ、行きたくないのに……」
シンシアは、不満げに訴えた。
二人が、墓地を見渡すと、目的の小屋は、直ぐに見付かった。周囲に建物は、その一棟しか無かったからである。
――村の外 墓場横の安置所――
安置所として使用されている木造の小屋は、そこまで広いものではなかった。その為、中に入ると、直ぐ目の前の台の上に死体が置かれていた。
しかも、タイミングの悪い事に、解剖の途中だったのか、腹が
その光景を見た瞬間、シンシアは口を押え、慌てて外へ出て行ってしまった。
アイナは、シンシアが出て行く姿を、僅かに目で追ったが、直ぐに視線を小屋の中へと戻した。
良く見ると、目の前の死体の他に、奥にも二体の死体が置かれている。だた、そちらの方は、白いシーツが掛けられており、その状態を確認する事は出来ない。
アイナは、それらを眺めながら、ゆっくりと奥へと進んだ。
急ごしらえなのだろう。木製の机の上に白いシーツを敷いただけの、簡易なベッドの上に死体は寝かされていた。奥の死体は、古い物なのか、微かに嫌な臭いを漂わせていた。
「何か用かしら?」
アイナが、その臭いに顔を歪めていると、背後から声を掛けられた。振り向くと、マスクをつけた白衣の女医が、入口の所に立っていた。
「あら、今、出て行った彼女も《人形》なのね?」
女医は、シンシアの走り去った方を見ながら言った。
「ああ、そうだが――」
アイナは、『も』という言葉に違和感を覚えた。だが、その疑問は、直ぐに解消される事となる。
彼女の背後に、看護師風のコスチュームを身に纏った、美しい女性が立っていた。彼女の表情は、極めて薄く、《人形》のそれである事は、直ぐに推測出来た。
「どういう調教をしたら、あんなに表情豊かな子が育つのかしら……」
「語弊のある言い方は止めて貰いたいものだな」
ねっとりとした口調に、反発を覚えたアイナは、少し不愛想に返事を返した。
「ごめんなさいね。馬鹿にするつもりで言った訳ではないのよ。誤解しないでちょうだいね」
「…………」
だが、彼女の言う事には一理あった。シンシアは、実に、表情が豊かなのである。アイナの知る《人形》と呼ばれる者は、皆表情が乏しく、正に『人形』という表現が、しっくりくる代物である。今まさに、女医の傍に立っている彼女こそ、《人形》のイメージに近いのだ。
一方のシンシアは、意識しなければ、《人形》と行動を共にしている事を忘れさせられる程の印象である。そして、彼女のポンコツぶりが、更に人間味を増しているのである。
「で、何の用かしら?」
シンシアの事を考えていたアイナは、少々不意を突かれる恰好となった。
「ああ、すまない。死体を確認しようと思ってな。ここにあると村長に聞いて来たのだ」
「死体に興味があるなんて――。貴女……変わり者なの?」
「検死官をやっているお前に言われるとはな。変わり者なのは、お互い様だろうに」
「私は、検死官ではないわ、従軍の医師よ。今は、たまたま、検死の作業をしているに過ぎないわ。命令されれば、それに従う。給料分の仕事をこなしているだけよ」
「なるほど。どこの職場も厳しいな。とは言え、本隊の方が、帰ろうとしているようだが、お前は、ここに残って作業を続けるつもりなのか?」
「まぁ、こんなタイミングで新たな死体が出て来てしまってはね。それに、個人的に興味が無いと言えば、嘘になるし――」
彼女の話し方は、少しゆったりとしていて、独特なモノだった。その掴みどころのない雰囲気に戸惑いつつも、アイナは、情報収集をする事にした。
「なるほど。で、何か、分かった事はあるか?」
「それが、人にものを頼む態度なのかしら?」
アイナは、一瞬、表情を曇らせたが、それが、彼女の『ノリ』であると解釈し、話を合わせる事にした。
「それでは、先生。分かった事をご教授頂けないでしょうか?」
「はい。よくできました」
アイナの呆れた表情を他所に、彼女は、状況の説明を始めた。
「どうやら、今回の被害者は、今までとは別の目的で殺されているようね」
「別の目的? 死体を見ただけで、そんな事まで分かるのか?」
アイナは、少し勘繰る様な口調で言った。
「今までの被害者は――。まぁ、言ってみれば、餌ね。内臓がなくなっていたのも、単に食べられたからでしょう」
軍医の女は、自身の見解を淡々と語り出した。
「でも、今回は、違うわ。頭を喰い千切った後、岩の上に置いて行ったらしいわ。まるで見せつけるかのように――」
その言葉を聞いて、アイナは、新しい死体の方へ視線を向ける。Y字に斬り開かれた体に気を取られていたが、言われてみれば、確かに、体と頭が切り離されている。
「この切り口は、刃物ではないな」
アイナは、死体の首の傷に顔を近付け、観察しながら言った。
「獣だとすると、喰い千切った頭を、わざわざ吐き出して、ご丁寧に飾り付けたと言う事になる……。まさか、獣に見せかけた人の仕業という訳ではないだろうな?」
「今のところ、そこまでは分からないわ。以前と似たような噛み跡も残っているし……。勿論、人が、獣に見せかける為に、細工したとも考えられるわ。ただ、気になる点は、まだあるわ」
「ん?」
アイナは、少し首をかしげて見せた。
軍医の女は、その様子を見て、続ける。
「噛み痕のサイズが合ってないのよ。討伐された生物より一回り大きいわ。もし、今回も獣の仕業だとすれば、前回のものより大柄よ」
「獣であれ、人であれ、犯人は、別にいるという訳か……。全く。厄介な事になったものだな」
アイナは、大きく溜息をついて見せた。一方、軍医の女の方は、顎に手を当て、何かを考え込んでいる。
「まだ、何かあるのか?」
「ええ、まぁ……。これは、何となくなのだけれども……、何かこう、凄まじい怒りのようなものを感じるのよ」
「どうしてそんな事が言えるんだ?」
「勘よ、勘。女の勘。人か獣かは、分からないけれど、間違いなく犯人は、強い怒りを抱えているわ」
「まぁ、岩の上に飾り付けるような演出まで加えているのだからな。そういう事もあるかもしれん。貴重な情報、ありがとう」
「どういたしまして」
アイナは、完全に納得できた訳ではなかったが、現状の情報としては、充分であると考え、小屋を跡にする事にした。
その去り際、アイナは、軍医の助手の方へと視線を向けた。
彼女は、二人が会話をしている間、手を前に組んだまま、微動だにせず、ただ、立っていた。
アイナは、彼女の無機質な視線を浴びながら、改めて《人形》というモノを認識した。
*
小屋の外に出ると、シンシアが、スコップを使って、何かを埋めているところだった。
「おい、めちゃ子。お前、何してんだ?」
シンシアは、ビクンと反応した後、慌てて振り向くと、涙目になりながら答えた。
「げーしちゃいました……」
シンシアの姿に対し、アイナは、拍子抜けしたような表情を浮かべた。
「ゲロの言い方まで、可愛くするのかよ……。お前、同性に嫌われるタイプだろ?」
「そ、そ、そ、そんな事ありませんよ!」
――図星か……
きっと何か思い当たる事があるに違いない――シンシアの必死の否定に、アイナは、そう考えずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます