第2話

――数日後 南側地区・ララの故郷――


「あ~あ、暑~」

 背の低い草木の生える広大な平原。

 アイナは、両手をだらんと下げ、だらしなく、かつ、汗だくになりながら歩いていた。

 この付近の大地は、土が柔らかく、馬車の侵入を拒んでいた。その為、アイナ達は、この地に差し掛かった時、早々に馬車を諦め、愛馬のファルシオンだけを引き連れ、草原へと分け入ったのである。

 力無くトボトボと歩くアイナの前方には、ファルシオンとその背に乗って、村を目指すララとシンシアの姿があった。

 何故、自分だけが歩かされているのかという理不尽な思いと、高級絨毯の上を歩いているような地味な歩きづらさが、容赦なくアイナの精神力と体力を削っていく。

 更に、ララの故郷は、南側の地区にあり、炎の精霊の加護でも受けているかのように、まだ四月だというのに、初夏のような蒸し暑さであった。

「ほら、頑張ってください」

 声を掛けて来たシンシアは、汗一つ、かいていない。馬に乗っているとはいえ、この気候である。汗くらいかいても、何の不思議もないのだが、どうやら《人形》というものは、人より気候の変化に強く出来ているようだ。

「もうすぐ、着く」

 シンシアの前方で抱えられるように馬に跨っていたララが、口を開いた。

 彼女の指さす先には、生まれ故郷であろう村が見えていた。


 ララの故郷であるこの村は、広大な敷地を有しているようではあるが、高床式の木造住宅が、点々と並ぶ寂れた村だ。

 村の周囲には、延々と板塀が続いてはいるが、中くらいの動物の侵入を、辛うじて防ぐ程度の簡素なモノだった。

 その板塀の切れ目。幾つかあるのであろう入口の一つから、アイナ達は、村の中へと入る事とした。


「ララ、ララなのかい?」

 村に入ると、一人の女性が、ララに走り寄ってきた。

 シンシアが、ララを馬から降ろすや否や、その女性は、彼女を強く抱きしめた。

「痛い……」

「ご、ごめんなさいね」

 ララの言葉に反応し、その女性は、慌てて手を放した。どうやら、彼女は、ララの母親のようである。突然の再会に、母親の目には、うっすらと光るものが浮かび上がっていた。

 ララも、頬を赤らめながら、不器用な笑みを浮かべていた。

「こちらの方たちは?」

 ララの母は、見慣れぬ客人について問い掛けてきた。

 ララは、不器用ながらも事情を説明し、シンシアもそれをフォローするかのように言葉を付け加えた。

 事情を知った母親は、アイナとシンシアを歓迎し、村へと迎え入れてくれた。そして、アイナ達を、村の中心部にある広場へと案内した。


 しかし、そこで、アイナ達が、目にした光景は、予想外のものであった。

 王都から派遣された兵達が、既に到着しており、更には、村人達も集まって、宴が開かれていた。

 それ以上に目を引いたのは、その後ろに横たわる黒い大きな獣の死体である。

「これって、もしかして……」

「ああ、そうだ。私達が、到着する前に、事件は、解決していたようだ」

「そんなぁ~」

 シンシアが、一気に肩を落とす。

「これだから、田舎からの情報は――」

「仕方ありませんよ。この距離なのですから、情報に時差が生まれても、不思議はありません。まぁ、解決したのであれば、喜ばしい事じゃないですか」

 シンシアは、既に気持ちを切り替えていたようだったが、アイナは、複雑な表情を浮かべていた。


「これはこれは、紅い悪魔と称されるアイナ様ではありませぬか」

 太めの甲冑を身にまとった大柄な男が、アイナ達に近づいて来た。

「そんな二つ名が、浸透しつつあるのか? それにしても、悪魔等と――。こんなか弱い乙女に対して失礼ではないのか?」

「これは失敬。しかしながら、アイナ様の『東』でのご活躍は、こちらにも、伝わって来ておりましてな」

「それは、私が、悪目立ちしているという意味か?」

「何をおっしゃいます。たった一人で、北の蛮族共を蹴散らす等、まさに感服の極み。ただ――」

「ただ?」

 体格的にアイナを見下す格好となっている男は、更に厭味いたみったらしい口調で続けた。

「ただ、今回は、出番がありませんでしたな。害獣は、我々が、既に討伐させていただきました。まぁ、遠路遥々おこしいただいたのですから、宴にだけは、参加されてはいかがですかな。はっはっは!」

 男は、そう言い終わると、大声で笑いながら去って行った。

 アイナも、男の挑発的な態度に、不快の表情を隠そうとはしなかった。

「まぁまぁ。折角の宴です。あんな人の言う事は気にせず、楽しみましょう」

 シンシアは、アイナをそう言ってなだめると、広場の方へと連れて行った。そして、端の席に強引に座らせると飲み物を注文した。

 アイナは、席に座ると、すかさず、酒に手を伸ばした。

「まぁいい。ただ酒でも飲んで帰るとしよう」

「未成年が、お酒を飲んじゃダメです。姫様は、こっちですっ!」

 シンシアは、そう言うと、アイナから酒を取り上げ、代わりにリンゴ酢を渡した。

「けっ」

 アイナは不満げに口を尖らせた後、それを一気に飲み干した。

 シンシアは、そんなアイナを、苦笑いを浮かべつつ、眺めていた。


「それにしても、魔物に襲われていると聞かされていたが――。死体を見る限りでは、魔物ではなく、怪物級のけもののようだな」

 広場の壇上に、トロフィーの様に置かれている獣の死体に視線を向け、アイナが言った。

「一般の人にとって、魔物と獣の区別等は、そんなに重要ではないですよ」

「まぁ。確かにな。魔物だろうが、獣だろうが、自分達に危害を加えて来れば、同じだからな」


             *


 この世界では、魔物と他の生物との間には、明確な違いがある。

 厳密に言うと、昆虫も、その二つとは、別枠の扱いである。

 これらの考え方は、この地に伝わる『神話』に由来するものであった。


 植物と人を含む生物――動物や鳥、魚や爬虫類、両生類等は、元々、この星に生まれた者達で、後からこの星にやって来たのが、昆虫や魔物という解釈である。

 賊に言う、内骨格の生物は、人と構造的にも似ている部分が多く、この世界では、一括りと考えられている。それに対し、昆虫等の外骨格の生物は、構造的にも、生態的にも、異なる部分が多く、別物と捉えられている。

 更に、その枠外に『魔物』というモノが、存在している。それは、『魔物』とその他の生物に、決定的な違いがあるからである。

 『魔物』には、『コア』というモノが、存在しており、彼らの全ての活動エネルギーは、そこから供給されている。その為、その『コア』を破壊されると一瞬にして、灰と化す性質を持っている。

 つまりは、外見が、どんなに人や獣、昆虫に似ていたとしても、『コア』があれば、『魔物』なのである。それ故、騎士や冒険者等の専門の知識を持たない一般人からは、『魔物』と『獣』の差が分かり難くなっているのである。


             *


 アイナ達は、この日、村に宿泊する事とした。

 ララは、実家に戻り、アイナとシンシアは、空き家を用意してもらい、そこに泊まる事となった。

 その空き家は、広さこそ、そこそこあったものの、二つのベッドと、その間を仕切る衝立ついたてがあるだけで、何とも寂しいものだった。

「変な事しようとしたら、舌を噛んで死にますよっ!」

 部屋の様子を見たとたん、シンシアの冗談とも本気とも言えぬ台詞が飛ぶ。

「するかっ!」

 アイナが、透かさずに返す。

 シンシアは、最初こそ、二人だけの空間に警戒していたが、ベッドに入るや否や、すぐに寝息を立て始めていた。

 そんな姿に、アイナは拍子抜けすると共に、大きく呆れ果て、自分のベッドに潜り込むと、シンシアの側に背を向け眠りに就いた。

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