第二章 紅い悪魔と漆黒の獣
第1話
空は、真っ青に晴れ渡り、寒くも暑くもない平穏な日。
屋敷の庭からは、アイナの檄と、子供達の声が飛び交っていた。
「密集隊形!」
「密集隊形だ。急げ、急げ!」
「幼い者は中心に集まれ! 最前列の者は正面に防衛魔法を展開――」
子供達は、運動会の遊戯の練習でもするかのように、わらわらと動き出し、ひし形の隊形を整えていく。
「何をやっているんですか?」
シンシアが、アイナに声を掛けた。
「ああ、めちゃ子か。見ての通り、防衛訓練だよ。いつ何時、敵が攻めてくるかも分からんからな。こうやって自分達で身を守れるよう鍛えてやっているんだ」
「ですけど、子供達に戦い方を教えるのは、やっぱり抵抗があります――」
「しかし、このご時世、何があるかわからないからな。備えあれば憂いなしだ」
「そうですけど……」
「お前の話によれば、『アイナ』は、暗殺された可能性もあるのだろう? だとすれば、なおの事だ」
「…………」
シンシアは、不満と心配を織り交ぜたような複雑な表情を浮かべていた。
「そういえば――。姫様は、ご存知なかったかもしれませんが、この屋敷は、結界が張れるんですよ」
シンシアの話によれば、屋敷の地下にある魔法石に魔力を込める事で、四隅にある塔から防衛魔法が発せられ、一種のバリアを張れるらしい。人間や低級モンスターであれば、侵入を防げる代物で、強力な敵に対しても、ある程度の時間稼ぎにはなる、かなりの優れものとの事だ。
「そんな便利なモノがあるなら、もっと早く教えてもらいたかったな。それがあれば、輩を門に吊るすような真似をしなくても済んだ」
「私は、直ぐに屋敷を出てしまいましたので――」
「私を見捨ててな」
「あ、あ、あ、あれは、仕方がなかったんです。あの時は、私もかなり混乱していたんです。正直、この屋敷に残るのも、少ししんどかったですし――。もうそろそろ、その事は許して下さい」
シンシアは、少し俯いてしまった。
「すまなかった。少しからかい過ぎた。まぁ、主人が死んで、別人として生き返ったのだ。混乱するのは、無理もない。私の姿を見続けるのも、さぞかし辛かった事だろう――」
軽口を反省したアイナは、シンシアの気持ちに、少しだけ寄り添って見せた。
「アイナ様~。俺、防衛訓練ばっかり、もう嫌だよ」
「そうだよ。そうだよ。カッコ良くて、スゴイ攻撃魔法、教えてくれよ!」
シンシアの心配を他所に、男の子達が、アイナの周りに集まりせがんだ。
「エロとグロは、大人の特権と相場は決まっている。お前達には十年早い!」
「な、な、な、何、いきなり言ってるんですか!」
シンシアは、顔を真っ赤にしながら、アイナに抗議した。
そして、子供達の方に向き直り、説教を始めた。
「いいですか、戦争は、命のやり取りなんですっ! とても危険なんです。だから、子供は、参加しちゃダメなんです!」
シンシアは、子供達にそう言いながら、追い払うかのような仕草で、宿舎の方へ帰るよう誘導した。
「ちぇっ! つまんないの~」
男の子達は、口々に不平を言いながら、頬を膨らませ、宿舎の方へと戻って行った。一方、女の子達は、やっと退屈な授業から解放されたとばかりに、次の遊びについて話しながら、その後に続いて帰って行った。
シンシアは、そんな子供達を、仁王立ちで見送っている。
そんな姿を見ていたアイナは、大きな溜息を一つついた。
「私の杞憂に終わってくれれば、良いのだがな……」
アイナは、宿舎へ帰って行く子供達を見つめながら呟いた。
暫くの間、遠ざかる子供達を眺めていると、クイクイと軽く袖を引っ張られている事に気づいた。
「誰だ?」
「ララ」
「あ、ああ。まぁ、何だ……。今のは、名前を聞いた訳でもなかったんだが……。まぁ、いい」
アイナが振り向くと、小さな女の子が立っていた。
「どうしたんですか?」
「うん? ああ。この子が、何か用があるようなのだ」
「い、いつの間に! 皆と一緒に行かなかったんですか?」
シンシアの問い掛けに、少女は、無言で頷いた。
アイナは、不意に背後を取られていた事を、少々気にしつつも、彼女の話を聞く事にした。
彼女の名前はララ。薄い黄色の民族衣装のような服を着た、物静かな黒髪の少女である。シンシアの話によれば、彼女の故郷は、この国の南側の地区にある小さな村との事だ。
彼女は、幼い頃から魔法の才に恵まれていたようだったが、その才能が仇となり、次第に村人から『悪魔の子』と呼ばれ忌み嫌われるようになったという。閉鎖的な村ではありがちな話である。
更に、彼女の家庭は、大家族であった為、両親は、他の兄弟姉妹を守るべく、やむなくララを孤児院に送ったようだ。孤児院に送られた後も、母親だけは、彼女に手紙を送り続けていたようで、ララは、その手紙から、村の様子や家族の近況を知る事が出来たのだという。
「これ、見て」
長い間、孤立していたせいもあるのだろう、ララは、不愛想な話し方で、アイナに手紙を差し出した。
これが、ララにとっては、普通の対応であると理解し、アイナは、特にその事には触れず、その手紙を受け取った。
「お前の村は、魔物に襲われているのか?」
ララは、黙って頷いた。
手紙によれば、彼女の住んでいた付近の村では、ここ一ヶ月の間に女子供ばかり、十数名の人間が、魔物に襲われ、喰い殺されたという。領主を通じ、国に助けを依頼したが、何ら対応もされず、今に至っているという。
「で、お前は私にどうして欲しいのだ?」
聞かずとも、その答えは、予想出来てはいたが、アイナは、敢えて、質問を返した。
――まさか、自分を見捨てた村人達を、助けようというのか?
アイナは、この子の反応を、少し見てみたい気持ちになっていたのだ。
「アイナ、強い。 だから、魔物を倒して」
「う~ん……」
アイナは、頭を掻きながら断る理由を探していた。単純に面倒という事もあったが、こんな少女を追い出すような村人を助ける事に、少々抵抗も感じていた。
「迷ってないで、助けてあげれば良いじゃないですか」
「お、お前な~。簡単に言うが、何で、私が、命懸けで助けにゃならんのだ?」
「そんなの、困っている人が、居るからに決まってます」
シンシアは、当然の如く、あっさりと答えた。
「私は、便利屋ではないのだがな」
そんなやり取りをしていると、アイナは、再び袖を引っ張られている事に気付いた。
「私、アイナのモノになる――。だから、助けて」
「なっ! お前な~、どこでそんな交渉事を、学んだんだ?」
呆れかえるアイナに、ララは追い打ちをかける。
「シンシアと同じ。だから、助けて」
「あ~、あの時のシンシアとのやり取りか~」
アイナは、困った表情を浮かべながら、再び頭を掻き始めた。
「ここで、この子を見捨てるようなら、私、姫様を軽蔑しますよ」
ララとシンシアは、良い返事確信しつつ、キラキラとした純粋な眼差しで、アイナの次の言葉を待っていた。
「分かったよ。やればいいんだろっ、やればっ!」
追い詰められたアイナは、自棄を起こしたような口調で答えた。
「そう言うと思っていました。なんだかんだで、良い人ですからね、姫様はっ!」
シンシアは、嬉しそうにそう言うと、アイナを抱きしめた。シンシアより背の低いアイナは、彼女の胸に顔をうずめる形となった。
その様子を見ていたララも、アイナの背後から抱き着き、結果、アイナは、二人に挟まれ、サンドイッチの具のような状態となっていた。
しかしアイナは、シンシアの胸に半分以上、顔をうずめながらも、不満げな表情を変える事はなかった。
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