第7話

「き、貴様っ! 何者だ!」


「私は、アイナ。貴様らに引導を渡す者だ!」

 アイナは、剣先を敵に向け高らかに名乗りを上げた。


 見張りの兵達は、一斉に剣を抜き、付近から集まってきた人狼達は、唸り声を上げた。

 先手を打ったのは、アイナだった。馬から飛び降りると当時に、風の魔法を発動させる。その瞳が、翠玉色すいぎょくいろに輝き始めた次の瞬間、アイナの周囲に風が舞い始めた。

 その風が砂を巻き上げ、付近にいた兵達が、一瞬、怯む。風で視界を奪われている最中、砂塵の中からアイナが突如として姿を現す。兵達は成す術も無く、次々と倒されていった。多くの者達は、何が起きたのかを理解する前に、斬り殺されていた。

 一撃目の攻撃に辛うじて反応出来た者も、二本目の剣が繰り出す二撃目を避けられず、殆どの者達が反撃できずに斬り捨てられて行った。

 彼女は、只者ではない――そう気づいた時には、時既に遅く、近場にいる味方は、片っ端から斬り殺されていた。


 生き残っている周囲の者達は、恐れ慄いていた。

 アイナは、機動性を重視し、白い簡素な服の上から銀の胸当てだけを付けている簡単な装備であった。

 彼らは、幼さの残る少女の姿とその軽装に、完全に侮っていたのである。


 敵の血を吸い、見る見る赤く染まっていくアイナの姿を見た兵達が、思わず恐怖を口にする。

「あ、悪魔だ……。あかい悪魔だ!」

 一人の兵が、そう言い放ちながら、逃げ去ると、他の者達も堰を切ったようにその後に続き、思い思いの台詞を吐き捨てながら、四方へと散って行った。

「こんな可憐な乙女に向かって、何とも無礼な奴らだ」

 一人残されたアイナは、冗談交じりに呟いた。


             *


 村の中心部に近付くにつれ、その惨状が見えてきた。逃げまどう村人。そこら中で行われている略奪行為。そして、転がる死体。

 ――これは、少し遅かったかもしれない。

 アイナは、既にメイドが、殺されてしまっているかもしれない事を覚悟した。


 そんな最中、アイナは、少女を肩に抱え、笑いながら家を飛び出して来た男と鉢合わせしてしまう。抱えられている少女は、泣き叫んでいる。

「何だぁ? お前?」

 男は、思わずアイナの前で立ち止まる。

 家の中からは、別の男とその家の女性と思われる声が、聞こえてきた。

「娘だけは、娘だけはーっ!」

「うるせぇ! ババァ!」

 男のその言葉の後、何かが斬られるような音と共に、女性の悲鳴が聞こえて来た。

「お母さーーーん! イヤーーーーーッ!」

 その声を聞いて、肩に担がれていた少女が大声を上げる。

 それに呼応するかの様に、アイナは剣を抜き、目の前の男に突き刺した。

 何が起こったのかも分からぬまま、男は、膝から力無く崩れ落ちてゆく。

 アイナは、肩に担がれた少女を受け取る様に左腕で支えると、ゆっくりと地面に降ろした。

「大丈夫か?」

 少女は、少し驚きながら、黙って頷く。

 黒髪に三つ編み、眼鏡をかけたその少女は、いかにも大人しそうな娘に見えた。そんな素朴な少女である。この様な出来事に慣れている訳もなく、怯え切った表情でアイナを見つめていた。

 そこへ、もう一人の男が、笑いながら家から飛び出して来た。

「へ?」

 男は、情けない声を出しながら、自分の腹に刺さっている剣に視線を向ける。

 アイナは、何の躊躇ためらいも無く、その男に剣を突き立てていた。

 その剣が、引き抜かれると、男は、腹を押さえながら地面へと倒れ込んだ。うつぶせとなった男の体からは、血が滲み出し、地面を赤黒く染めていく。

 助けられた少女は、暫くの間、何が起こったのかを理解出来ずにいた様子だった。

「お、お母さん!」

 呆けていた少女は、何かを思い出したようにそう叫ぶと、家の中へと慌てて入って行った。


「お前らの様な奴らが相手だと、心も痛まん」

 アイナは、息絶え地面に転がっている輩達にそう言い放つと、入口の前で倒れている男をゆっくりと跨ぎ、少女の後を追って家の中へ入っていった。


             *


 家の中に入ったアイナは、傷付いた母親の手当てを行っていた。

「バッサリといかれているが、命に別条はない。だが、これは応急手当てに過ぎん。魔法で傷は塞げても、失われた血までは補充出来んからな」

「はい」

「あと、事が落ち着くまで、二人で何処か安全な場所に隠れていると良い」

「本当にありがとうございます」

 少女の母親が、アイナに深々と頭を下げた。それに合わせて、隣にいた少女も一緒に頭を下げる。

「それは、そうと、最近、この村にメイドの姿をした女が、現れたりはしなかったか?」

「もしかして、それは、シンシアちゃんの事かい?」

「おお。その娘だ。今、どこにいるか知っているか?」

 アイナは、偶然、手に入れたその収穫に、少し興奮気味に喰い付いた。

すると、母親の隣で少し考え込んでいた少女が、何かを思い出したように答え始めた。

「そう言えば、騒ぎの前に奥の集会所の方へ、子供達を連れて逃げて行くのを見ましたっ!」

 少しでも何かの役に立ちたいと考えていたのか、少女は少し声を弾ませて答えた。

「おお、そうか。で、その集会所は、どこにある?」

「このまま村の奥の方へ進んで、その先の広場の所にある比較的大きな建物が集会所です」

「分かった、ありがとう、助かったよ。では、私は、そちらに向かうとする。くれぐれもお前達は、見つからないようにしっかり隠れているんだぞ。なぁに、この襲撃はすぐに終わらせる。それまでの僅かな辛抱だ」

「は、はい! あ、あのっ。貴女様のお名前は?」

 アイナに救われた少女が、胸の前で手を組み、目を輝かせながら問い掛ける。

「私は、アイナ。何の因果か、この様な騒動に巻き込まれてしまった運のない女だ」

「アイナ様……」

 少女は、アイナの名前を心に刻むように呟いた。

「アイナ様、それでは、お気を付けて」

「ああ。お前達もな」

 アイナは、そう言い残すと家を飛び出し、集会所の方へと向かった。


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