第6話

――北と東の領地境界付近の森――


 アイナが屋敷を出て、既に丸一日が過ぎていた。

 空は、灰色に覆われ、不穏な空気を漂わせている。長い事、森の中の一本道を走っているが、村らしきものは見えてこない。目的地は、屋敷から北の方角にあり、領地の境界付近に位置していた。目的の村より更に北にある村々は、既に襲撃を受けて壊滅的な被害を受けている可能性が高かった。アイナが、今、向かっているその村も、いつ襲われてもおかしくはない状況となっている。

「どうだ、ファルシオン! 賊を吊り上げるくだらない仕事とは、比べ物にならぬほどの爽快感だろう?」

 アイナは、まるで自身が所有する愛馬に語り掛けるように話していたが、無論、この馬は、屋敷にいた馬であり、名前もアイナが勝手に付けたものである。

 馬の方は、その事を知ってか知らずか、素知らぬ顔で先を急いでいる。この馬は、王族の屋敷に居ただけの事はあり、血統も良いのだろう。白く美しい毛並みと足の速さという、二つの才を持ち合わせていた。


 森を抜けると、冬に花を咲かせる『雪見草』に覆われた草原に出た。雪こそ残ってはいなかったが、この辺りはまだまだ寒く、草原は、雪景色の様に花で真っ白だった。


 その草原を、白い花びらを舞い上げながら、駆け抜ける。


 漸く進むと、花畑の先に、目的地らしき村が見えてきた。しかし、村からは、何本かの煙が立ち上っている。

「ちぃっ、少し遅かったか。間に合ってくれよ!」

 アイナは、手綱を握る手に力を込めた。


――国境付近の村――


《北の蛮族》

 この国でそう呼ばれている彼らは、隣の大陸の北方に暮らす住人である。彼らは、人族ひとぞくと狼系の獣人族の混成部隊であり、冬の期間、北の海が凍り、大陸と島が地続きになると、しばしば南下して来ては、略奪を繰り返していた。

 彼らが、どういう経緯で人族と獣人族の共闘関係を築いたかは定かではないが、両種族とも狼を信仰している事は、共通していた。

 彼らと行動を共にしている人族の戦士達の中には、狼の毛皮を纏っている者がいる。

 これは、一人前の戦士と認められると、一匹の狼が神に捧げられ、その毛皮を与えられるという風習からきている。その為、毛皮を纏っている戦士には、強者つわものであり、一層の警戒が必要となってくる。


             *


 村に近付くに連れ、事態の深刻さがうかがえた。その村の防壁は、極めて簡易的なものだった。先を尖らせた丸太を集めただけの簡単な構造で、そんな物では、村を守る事等、到底出来なかった。


 北の蛮族が現れて数時間、防壁は、いとも簡単に突破され、村は混乱に陥った。村の中には、人狼と灰色狼の毛皮を被った蛮族で溢れ、派遣された兵達の奮戦も虚しく、村は陥落寸前だった。


             *


「何だ? あれは?」

「敵の援軍かぁ? たった一騎で向かって来るだとぉ?」

「しかも、ありゃ女だぜ。飛んで火に入る何とやらだな。ガハハハハ」

 櫓で見張りに立っていた敵兵達は、こちらに向かってくるアイナの姿を見て、嘲笑っていた。


 男達の大きな笑い声は、アイナにも届いていたが、そんな事は気にも留めず、村へと一直線で向かって行った。

 白い馬にまたがり、白い花びらを舞わせながら、草原を颯爽と進むさまは、戦場の女神をも思わせた。その姿は、まるで絵画から飛び出して来たような、完璧な構図であった


「精霊の加護のあらん事を」

 アイナは、抜刀した剣の剣身に軽く口づけし、戦闘態勢に入った。

 村に近づくに連れ、アイナは、馬を加速させる。


「あ、あいつ、本気で一騎駆けするつもりかっ!」

 見張りの男が、その言葉を口にした時、アイナの愛馬は、既に村の堀と防壁を飛び越えていた。

 馬のひづめが、村の大地を捉えた時、その後方で、二人の兵の首が、宙に舞っていた。そして、程なく、首を失った二つの胴体が、空高く血飛沫を吹き上げながら、派手に地面に倒れ込んだ。

 その様子を見ていた見張りの兵達は、慌ててやぐらから降りて来る。

「き、貴様っ! 何者だ!」


「私は、アイナ。貴様らに引導を渡す者だ!」


 アイナは、剣先を敵に向け高らかに名乗りを上げた。

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