第4話

 ――数週間後――


 『男』は、『アイナ』である事にも慣れてきていた。女の体に入った事で心にも変化が生じたのか、それとも体のホルモンの影響なのか、はたまた、一度、死んでしまった事で、生命の根幹である性欲も消し飛んでしまったのか……。兎に角、彼が、お約束でありがちな『これが女の体か! うぉーっ!』的な衝動に襲われる事はなかった。


 また、この数週間で、アイナという少女が魔法の才能に優れている事も分かってきた。これは、彼にとって非常に嬉しい誤算であった。

 かつて、『男』は、魔法使いや精霊使いに憧れていた。しかし、その才能には恵まれず、しかたなく剣の道を進んでいた。

 処刑され、転生した事で、かつての願いが叶う――実に皮肉な結果だ。

 しかも、このアイナという少女の魔力は、最上級レベルに達するものであった。そもそも、この国の王族、特に女性は、魔力に恵まれた家系であり――まぁ、そういう特性の女性を集めて妃にしていたという結果でもある訳だが……。それ故、王女である彼女も自然とそれを受け継いでいた。


 この世界の魔法には四つの系統が存在する。

女神エリアルの司る風の魔法。女神フレアの司る炎の魔法。女神アクアの司る水の魔法。そして、女神ガイアの司る大地の魔法である。

 アイナは、この四つの系統全てを操る事が出来た。これは、非常に稀有才能である。

 それを知った『男』は、非常に歓喜した。その喜びようは、最後に試した大地の魔法が発動した時に「ヤッホー」と奇声を上げながら飛び上る程だった。


 それから、『男』は、剣術の訓練と並行して、魔法の訓練も独学で開始した。午前中は、剣術を。午後には、魔術を。そして、夜間には、屋敷にあった魔導書を、片っ端から読み漁った。

 好きこそ物の上手なれ。午前中の剣術は兎も角。午後以降の魔術については、時間を惜しんで取り組んだ。

 そんな折でも、女騎士の手の者達は、相変わらず、『アイナ』の監視を続けてい。

 だが、そんな事はお構いなしに、『男』は、魔術の訓練を続けていた。

「こっちに来て、一緒に休憩したらどうだ?」

 『男』は、たまにその者達に向って大声で呼び掛ける事があった。無論、無視されるだけで、彼らからの反応は無かった。


 更に数週間が立ち、『男』の放った魔法で屋敷の前の草原が、戦場の如き焼け野原へと変化していた頃、彼は、無詠唱で魔法を発動させるまでに至っていた。

 詠唱は、魔法の発動に必須という訳ではない。心の中でイメージさえ出来てしまえば、それは、省略出来るのである。つまり、詠唱は、初心者の補助輪的な役割のものである。

 だがしかし、何故か、この事は一般の者達には浸透しておらず、裏技的扱いになっていた。その為、多くの人々が無用な詠唱を律義に唱え、魔法を発動させていた。


 ある時、『男』は、いつものように魔法の訓練をしていた。

 その日、彼は既に大技の魔法を何発も平原に打ち込んでいた。最後の魔法の発動を見届けた次の瞬間、目の前が真っ暗になり、そのまま力無く地面に倒れ込んでしまった。意識は辛うじて残っていたが、体が全く動かない。まるで金縛りにでもあったような状態だ。どうやら、魔法の試し撃ちに夢中になりすぎて、限界を超えてしまったらしい。

 『男』は、股間の辺りが、ジワジワと生暖かくなっていくのを感じていた。そして彼は、思わず苦笑いを浮かべた。

「まさか、この年で失禁するとは思わなかったよ。それにしても、奴等め。乙女がこんな状態で倒れているにも関わらず、助ける素振りも無く見殺しか……」

 結局、この日、『男』は翌朝まで放置され、自力で回復を待って屋敷に戻った。この一件以降、『男』は、自分の限界値を慎重に見極めるようになった。


 こうして、『男』が持ち合わせていた剣士の知識にアイナの魔法の才能が加わる事となり、今や彼は、この国でも一、二を争う魔法剣士へと成長していた。


             *


 屋敷には、生活に困らないだけの財産もあり――無論、他人の財産なのではあるが、『男』は、好き勝手、自由に過ごす事が出来た。

 しかし、良い事ばかりでもなかった。資産があり、しかも、今は少女が一人で暮らしているという噂が広がり始めると、この屋敷には、頻繁に賊が押し入り始めた。

 その度、一々、返り討ちにする訳なのだが、これがなかなか面倒だ。

 今では、賊を裸に引ん剝いて、門の所に吊るすようになっていた。『アイナ』の体で大の男を吊るし上げるのは難しい。馬や道具を使いやっとの思いで吊るすのだ。だが、その効果は大きく、程なくして賊が侵入して来る事も少なくなっていった。


「王女の住む館なら、地下の宝物庫に武器の一つでも隠しているのではないか?」

 度重なる賊の侵入に対し、『男』はより良い武器を探すべく、館の地下を探索していた。争いを好まなかった第三王女の屋敷には、目立つ場所にまともな武器を置いていなかったからである。

 その館の地下には、あるじの目から隠されるように、二箇所の牢と警備兵用の装備を貯蔵してある倉庫があった。

「どの鍵を使えば、開くんだ?」

 『男』は、屋敷にあった鍵束をジャラジャラと鳴らしながら、必死に武器庫の扉を開けようとしていた。何本目の鍵を試した事だろう。ついに、その扉はカチャリという音を立てて開いた。

 『男』が扉を開けると、中からカビ臭い空気が一気に流れて来た。

「うわっ」

 可愛らしい女の子の声が辺りに木霊する。

 武器庫の中には、一般兵用のありふれた武器が並んでいた。

「何か、掘り出し物の武器はないのか?」

 『男』は、キョロキョロと周囲を見ながら、武器庫の奥へと進んで行く。

「おっ! あれは――」

 『男』は、武器庫の奥にあった新たな扉を見つけ、心躍らせた。再び、鍵束との戦いを制するとやっと奥へと進む事ができた。

 その小部屋の中には、彼の期待通り、少し高価な武器が置かれていた。

「今の私には、この武器が良さそうだ」

 『男』は、『アイナ』の細腕と手にした剣を見比べながら呟いた。


 この時、彼は二本の剣を選択していた。今、手にしているのが、『微風そよかぜつるぎ』と呼ばれている剣であり、もう一本は、『さざなみつるぎ』である。

 どちらの剣も、精霊剣と呼ばれる類の剣であり、剣身の周囲に魔力を帯びる事で切れ味や耐久性などを強化している。更に攻撃の際には、通常の剣同様の物理攻撃の他に、魔法による属性効果を付加する事も出来た。魔法と同様に四つの系統の属性があり、この二本はそれぞれ、風の属性と水の属性の剣である。

 また、『微風の剣』と『漣の剣』は、共に女性用とされる細身の剣である。これは、今の『アイナ』の腕力では、大きな剣を振り回すのが難しいとの判断によるものである。

 ただ、『アイナ』という器は、多少の魔力を消費しても全く問題にならないような、類い稀なる能力を保有していた。その故、精霊剣との相性は良く、腕力の無さを魔力で補完し、十分な攻撃力を出す事が期待出来た。

「精霊剣は、使った事はないが、やってみるか」

 この日以降、この二本の精霊剣が、『アイナ』の主力武器となっていく事になる。

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