第2話

「その通りだ。私は『アイナ』という少女ではない。彼女が死んだ同じときに処刑された男だ」


「処刑って! あ、貴方、罪人なの?」

 女騎士は、一歩踏み出したところで自制した。しかし、その目には、怒りにも似た感情が見て取れた。

 『男』は、慌てながら事情を説明し始めた。

「まぁ、待て。断罪するなら弁解を聞いてからでも遅くはなかろう?」

 『アイナ』の中にいる『男』は、自身について静かに語り始めた。


「私はとある領地で騎士団長を務めていた者だ。私の領主は建国の英雄の一人と謳われた人物であったが、晩年、狂人と化してしまってな……」

 女騎士とシンシアは、『男』の話に静かに耳を傾けている。

「事の始まりは、城に行った子供らが帰って来ない、神隠しにあった等の噂話からであった。次第に、行方不明となった子供の人数が増え始め、領地内にとどまらず、近隣の地域の子供まで消え始めた。そうなってくると、領主に疑いの眼差しを向ける者も増えてくる。最後には、領主が遊びで子供達を殺戮している、虐待した後に喰っている等の噂まで立ち始めた」

 『男』は、二人が話をしっかりと聞いている事を確認しながら、更に続けた。

「私も、最初の頃は、ただの噂と聞き流していたが、ある日、領主が子供を虐待しているところに遭遇してしまってな。黙って見過ごす事も出来たが、私は、咄嗟に領主に歯向かい助けに入ってしまった」

「それで、どうなったんですか?」

 シンシアは、既に『男』の話に聞き入っていた。

 女騎士の方は、そんな彼女を見て、やや呆れている。

「我が領主は、英雄様で信頼も厚く、権力も腕力も私より勝っていた。当然、この出来事は、握り潰されるものと考えていた。だが、少し違った。意外にも、裁判が開かれる事となったのだ。私は、てっきり、領主が裁かれるものと考えていたが、甘かった。被害者である少年の母親は金で買収されており、少年に私に襲われたと証言させたのだ。それだけではない。私の部下達も領主側に味方した――。結局、裁かれたのは、私だったのだ。そして、首を刎ねられ、今、ここに居るという訳だ」


「そんな話を信用しろとでも?」

 女騎士は、怪訝な表情を浮かべ言った。

「だが、第三王女の関係者であるお前達なら、今の話に、全く心当たりがない訳でもあるまい?」

「確かに、似たような噂話を耳にした事はあるわ。でも、有名な話でもあるし、嘘に利用する事も出来るのではなくて?」

「咄嗟に今の話をでっちあげたのだとしたら、私は大した詐欺師だな」

「違うの?」

 女騎士が、疑いの眼差しで『アイナ』を見つめている。『男』は、冷静を装いながら、切り返す。

「勿論、私の話が全くの嘘かもしれないし――。仮に話が本当でも、少年の証言が正しく、私は真の罪人である可能性もある。しかし、今の私には、証明のしようもない事だ。これ以上どうしろと?」

 『男』は、開き直るような態度で言った。

「全く、なんて日なの!」

「で、私の話を信じるのか?」

「保留に決まってるでしょ。今の私にも、貴方の話を完全に否定できるだけの材料がない。ただ、それだけよ」

「ほう。意外に公平なのだな」

「それに――」

「それに?」

「そもそも、アイナ様の中身が、本当に入れ替わったかどうかも怪しいわ。ショックによる人格障害的なものかもしれない――。兎に角、状況は複雑だわ」

「ですが、一度、アイナ様と契約を結んだ身の私から見ると、この人は、アイナ様ではないとしか思えません!」

「話がややこしくなるから、シンシアは、黙ってて」

「でも……」

「とは言え、アイナ様が入れ替わっている可能性がある以上、私は国に報告しなければならないわ。私が戻るまで、貴方は、この屋敷を離れないでいて、いいわね!」

「私が言うのも変な話だが、そんな不用心な事で大丈夫なのか?」

「今の貴方は、直ぐに動ける状態なのかしら? それに、今、逃げ出しても貴方にとって、厄介事が一つ増えるだけだわ」

「確かに。今、この姿で逃げ出してもろくな事には、なりそうにないな」

「そういう事よ。分かったら大人しくしてなさい。あと、シンシア。今の話を皆に伝えておいて頂戴。あとの事は任せるわ」

「えぇ~!」

 そう言い終わると、女騎士は、後ろ手に別れを告げながら、部屋から出て行った。

 部屋には、呆気に取られたシンシアと呆れた表情をした『アイナ』だけが残された。

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