第四章 港街
討伐依頼
サフィロポートの朝は、潮の香りと、海鳥の鳴く声で目覚める。
キラキラと光る海と波の音を聞きながら、こんがりと焼いたパンの朝食を食べる。
とてもすがすがしい朝だ。
隣にいるコーディアに二日酔いの酒臭さが無ければ、なおさらいい朝だっただろう……。
昨日の騒がしい一件の後、コーディアは別の宿を取っているとのことだったので、今朝、この海が見える店で朝食をとる約束をしていた。
朝食を食べながら、昨日コーディアが話していた「なぜ沖に船を出せないのか」について話を聞いた。
コーディアの話によると、沖には今、巨大な魔物が出現するらしい。魚屋の店主から聞いた話だそうだ。
その魔物のせいで、遠方の沖で漁をするのが難しくなっているとのことだった。
昨日市場を見た感じだと、魚はたくさん売られていたが、あれらは全て近くの沖で捕れたものなのだという。
最近もまた船が一艘沈められてしまったらしく、そのことから現在、巨大な魔物が討伐されるまでは遠方の沖まで船を出すことは禁止されてしまったようだ。
ん? 待てよ。昨日の船貸屋の店主は、遠方に行ける船を貸し出そうとしていたぞ……。
……まさか、保険金目当てだったのか。
「で、どうするつもりなんだ?」
パンと一緒に頼んだお茶を一口飲みながら、コーディアに視線を向けた。
「うーん、そうね、その魔物を私たちで討伐しちゃえばいいかなって」
相変わらずの能天気だ。船を沈めるほどの巨大な魔物だぞ。
一体どうするというのだろうか?
「ちょっと! 私はこれでも宮廷魔法使いなのよ」
白けた俺の視線を感じたのか、鼻息をフンスと鳴らしながらそう言うコーディア。
「ほら、このイレアちゃんがつけているチョーカーの
まあ確かに、よく思い返してみると、昨日、酔っていたにもかかわらずコーディアは自力で『イレアがエルフだ』ということに気が付いたように見えたが。
果たして、彼女には本当に実力はあるのだろうか?
「試に、そのイレアちゃんのチョーカーにかかっている認識阻害の魔法を強化してあげる」
コーディアに見破られたということは、魔法使いには見破られてしまう程度の弱い魔法だったということが分かったので、強化してくれるのはありがたい。
「じゃあやってみてくれないか?」
俺がそう言うとコーディアは、短い呪文の詠唱とともに、どこからか背丈ほどの長さの杖を出現させ、その杖を回すように少し振った。
すると、イレアのつけているチョーカーの前に魔法陣が展開した。ふわっと風が吹いたのと同時に、その魔法陣はチョーカーに吸い込まれるように無くなってしまった。
「はい! できたわよ」
「……アルス、何か変わった?」
そう言うとイレアはこちらを見つめて首を傾げた。
イレア自身には何か変化があったのか分からないようだ。
と言っても、もともとイレアがエルフだというのは知っているので、どう変化したのか俺にも分からなかった。もう少し何か変化があると思っていたのだが……。
「違いが分からないな……」
「うーん、じゃぁ、ちょっと待ってて」
そう言うとコーディアはキョロキョロと辺りを見渡し、
ちょうど今、店に入ってきた魔法使いらしき人物の方に向かって、イレアの手を引いて連れて行った。イレアはされるがままでおとなしい。
「すみません! この子どう思います?」
急に質問された魔法使いらしきその人物は戸惑っていた。
よく見ると服装や装備からして、そこそこ実力のある魔法使いのようだ。
というか、そんな初対面の人物に唐突に意味不明な質問をするとか、コーディアの行動力には驚かされる。
「あ、えーっと、可愛らしいお嬢さんですね……」
不審者からの質問に答えてくれるとは……優しい魔法使いだったようだ。
コーディアは満足したのか、こちらを振り向いて、ビシッと親指を立てている。
いや、恥ずかしいからやめてくれ。俺まで頭おかしいと思われるだろう。
巻き込まれたイレアはキョトンとしている。
ひとまず先ほどの魔法使いには、イレアがエルフだということは反応からして特に分かっていないようだった。エルフだと分っていたら、多少なりとも珍しさから反応があるものだ。
「まあ、一応魔法が使えることは分かったが、巨大な魔物だぞ? 攻撃魔法は何が使えるんだ?」
「私はね、これでも3つの属性の魔法適正があるの。炎と水と風よ!」
なるほど、一応宮廷魔法使いと呼ばれるだけはある。
聞いたことがあるが魔法適正は普通多くて2つだ。その他の無属性魔法は扱えるにしても、3つも属性魔法が使えるとは。
ちなみに、エクトルに調べてもらうまで知らなかったのだが、一応、俺は土属性の魔法適正がある。この歳で自分の新たな才能を発見できたのには少し驚いた。でもその1つだ。
3つとなるとかなり稀有な才能だろう。
「それはすごいな、じゃあ、その3種類の魔法が使えるんだな?」
「ちっちっち、あまいですよ。もっとすごいんだから。でもそれは後でのお楽しみ」
うふふふと気持ち悪い笑い声をだすコーディア。
俺はなんだか妙に自信に満ちているコーディアに一瞬イラっとしたが、真に受けるのも馬鹿らしく思えてきたので、すぐに落ち着きを取り戻した。
朝食を終えた後、俺たちはこの街の冒険者ギルドへと向かうことにした。
冒険者ギルドではこの巨大な魔物の討伐依頼が出されているらしく、討伐をするなら正式に依頼を受けておこうという事になった。
冒険者ギルドにつくとそこには巨大魔物の討伐依頼の募集用紙が、クエスト用掲示板にでかでかと掲示されていた。どうやら討伐隊を組むらしい。
「おお、大々的に募集してるんだな。……えーっと、巨大な触手を持った魔物で……船を海底へと引きずり込む……生存者の目撃情報を集めた結果、魔物の種類はクラーケンと思われるが通常のクラーケンよりさらに大型な個体である様子……」
「クラーケンってどんな魔物なの?」
イレアはエクトルから魔物の情報も色々教えてもらっていたが、海の魔物はそれほど教わっていないらしい。
「クラーケンってのはな、巨大なイカみたいな魔物だ。ふつうは大型の魚とかを捕食するらしいんだが、これによると巨大になりすぎて船を襲うようになったみたいだな」
「うーん……イカ? って何だっけ?」
ああ、そうか、イレアは森の中で暮らしていたからイカを見たことがないんだった。
「えーと、ほら昨日夕飯に食べた、輪っか状の白い奴だ。あれがイカだよ」
「あ! あのおいしいヤツ?」
パッと笑顔になるイレア。
イレアよ、いくらなんでもクラーケンは食べられないぞ……たぶん。
「なるほど、なるほど、クラーケンね! それならあれが効きそうね!」
コーディアは何か策があるようだ。
冒険者ギルドとしては、基本的に船の上からの遠距離戦を想定しているとのこと。
そのため討伐隊に参加するには、パーティの中で遠距離攻撃が出来る者がいる必要があるようだ。
俺の場合はうーん、
「少々よろしいですかな?」
そう話しかけてきた初老の男性……。装飾の少ないシンプルな黒い服に、首から長い帯状の白い布を垂れ下げている。その帯状の布には細かい金色の刺繍が施されている。
服装からして
――聖許士 (せいきょし)とは、癒しの力を利用して人々の病気やケガを治すことを仕事としている。主に
聖許士という名称は、とある概念から来ている。
治癒魔法使いのその癒しの力、つまり『聖なる力』は基本属性の火、水、土、風、光、闇のどれにも当てはまらない。『聖』という属性を設けようともしたが『癒す』以外に汎用性が無い事から却下されたらしい。また無属性魔法ではないかとの見解もあったが、他の無属性魔法と違い、扱えるものはごく限られた者だけだった。そのような経緯と、生命に係る特別感から「聖なる力は神から許された者だけが使える特別な力だ」という考えが昔からあり、それが宗教化して、ある程度浸透しているのだ。そのため聖許士という名称が使われている。
聖許士の能力に対する理解は時とともに変化しており「この能力は神から偶然によってもたらされたものであり、選ばれた人物が他の人々よりも価値があるという意味ではなく、単に運命の選択である」というのが今では一般的だ。
だが中には「価値のある特別な人物だからこそ、神から許されたのだ」という人物の方に焦点を当てた発想になっている国もあり、差別などが問題になっている。
とまあ、『聖なる力』について語ってみたが、実際のところは、本当に治癒魔法を扱える人物は少ない上、ほとんど国に管理されているので、大体の聖許士は、薬草やポーションなどを使用して回復をサポートする役割や、そのポーションを制作する錬金術師的な役割を担っている場合が多い。
ん、そう言えばイレアやエクトルも治癒魔法能力があるのだから聖許士になれるのだろうか?
「あなた方もこの討伐隊に参加するのでしょうか?」
聖許士らしきその初老の男性から質問された。
「ああ、そのつもりだ。何か問題か?」
「いえいえ、私もこの討伐隊に治療要員として参加する予定なのです」
「そうなのか? じゃあ何かあったらよろしく頼むよ。俺はアルスだよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします。申し遅れました、私はサンク・アヴェルサと申します。サンクとお呼びください」
そう言うとサンクは右手を胸に当てて軽くお辞儀をした。
俺よりかなり年上のはずだが、随分と腰が低く紳士的な人物だ。
冒険者ギルドで初対面の人物にあまり丁寧な言葉を使うとなめられる。
だが、そのあたりはどうやら気にしていないようだ。
「所であちらの女性は宮廷魔法使いの方でしょうか?」
「ああ、一応そうだ。よくわかったな」
コーディアは少し離れたところで、別の冒険者に絡んでいる。
自分より体格のデカい冒険者の胸ぐらをつかんで右腕を振り上げている。今にも殴りかかりそうだ。
一体あいつは何をしているんだ……。
イレアはコーディアの近くにいるが、どうしたらいいか分からずオロオロしている。
「帽子に見覚えのある紋章がございましたので……。そうですか、宮廷魔法使いの方が一緒なら心強いですね」
あのアホを見て、心強いと言えてしまうこの聖許士は大丈夫なのだろうか?
挨拶をそこそこに、別の冒険者に殴りかかろうとしていたコーディアの首根っこをとっ捕まえて俺たちはギルドを出た。
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