王都オーリアス
……あれから数日経った。
ついこの間、世界樹の幻想的な風景を目の当たりにして感動したのだが、普段の生活に戻るのに時間はかからなかった。
治療してもらった左腕は相変わらず絶好調で、昨日はまた荷物運びの依頼をこなしていた。
その前日なんて、フォレストウルフ討伐の依頼をこなして、少し金銭的に潤った。
この調子なら何とか冬は越せるだろう。
さて、今日は何の依頼を受けようか?
ひとまずギルドに行ってから決めることにした。
ウルアラが作ってくれた美味い朝食を食べた後、宿屋を出た俺は、街を歩き、途中よく買い物をする屋台の女性や近所の小僧たちと挨拶をかわし、ギルドへと向かった。
今朝はすがすがしいほどの晴天だ。
少し肌寒いが、まだそこまで厚着をしなくてもよさそうな気候だ。
今日も良い依頼があればいいなと胸を躍らせ、いつも通り冒険者ギルドの扉を開けた。
「おうアルス、ちょっと来てくれ」
ギルドに着くやいなや、ギルド長のオッタムに呼ばれた。
急に何の用だろうか?
ギルド長に呼ばれた俺は二階にあるギルド長室に案内された。
「何です? オッタムさん」
「お前宛に王宮から呼び出した」
そういうと高級そうな紙を使用した書状を差し出された。
「お前、いったい何をした?」
特に心当たりのない俺は、王家や、王都に何か危害や損害をもたらすような事はやっていないとオッタムに伝えた。
まさかこの前の貴婦人が王族だったのか?
でもそんな身なりには見えなかったし、ちゃんと代金も弁償した。
弁償だけでは貴婦人の気持ちが収まらなかったのだろうか?
「まあ、ひとまず近くの街から馬車で6日後に迎えが来るそうだ」
「……わかりました」
迎えが来るとは一体どういうことだろうか。
呼び出しなら自分の足で王都に来いという事だろうと思ったが、迎えが来るとは……俺が逃げ出さないように、わざわざ迎えに来るということだろうか?
急な展開に、俺は少し胃が痛い気がした。
「詳しい内容も特に書状には書いてなかったし、一体何の用なんだ……」
ギルドの1階に戻った俺は、今度は受付をしているカミラに呼び止められた。
「あ、すみませんアルスさん。この前のガレスベアの討伐報酬ご用意できましたよ」
先日討伐したガレスベアだが、そこそこの大物だった。
ギルドに回収を依頼したのだが、運び込むところから、解体まで結構な時間がかかった。
カミラによると討伐の依頼を出す前に討伐をしたので、書類上の手続きもあり、報酬を用意するのに時間がかかるとのことだったが、すっかり忘れていた。
「ああ、そうか、今日だったか。ありがとう」
「あれ? あまり嬉しそうじゃないですね? どうかされたんですか?」
「いや、実は何故か王宮に呼び出しされてさ」
「え!? 王宮ですか?」
普通、王宮に呼び出されることは一介の冒険者にはないことだ。
「で、なんで呼ばれたんです?」
「いや、それが、俺にも分からないんだ」
「大物のガレスベアを被害が出る前に討伐したから、勲章でも貰えるんじゃないですか?」
少し笑いながら、冗談交じりでカミラはそう言った。
「そういう話ならいいんだけど、流石にガレスベアくらいで王宮から呼び出しはないだろう」
「うーん、まあ、分からないなら気にしたってしょうがないですよ。ガレスベア討伐の報酬はこちらです! 今日はおいしい物でも食べて気分転換したらどうですか?」
「おお……そうだな。ありがとうカミラ」
どうしようか、胃の調子もあまりよくない気がするし。今日は食べ物がのどを通る気がしない。
宿屋に一度戻ってウルアラに温かいお茶でも入れてもらおう……。
宿屋に戻るとそこにはいつも通りウルアラがいた。
「あれ? 早かったのね? 今日は良い依頼がなかったの?」
「……ウルアラすまない、温かいお茶をくれないか」
元気のない俺を見てウルアラは心配してくれているようだ。
お茶を飲んで落ち着いた後、ウルアラには王宮から呼び出しがあった事を伝えた。
「うーん、なんで呼ばれたんだろうね? 何もアルスには心当たりないんでしょ?」
「そうなんだよな……」
「まあ、悩んでも仕方ないし。とりあえず待つしかないんじゃない?」
「そうだよな……。とりあえず迎えが来るまでのんびりしておくよ」
もし、悪い話なのであれば、ゆっくり出来る時間は残り少ないかもしれない。
うーん、最悪の事態はあまり考えたくないものだ。
俺は迎えが来るまで仕事は休みにすることにした。
「もし暇なら、この後買い物に行くから付き合ってよ。今日はアルスの好きな物作ってあげるわ」
「おお、それは楽しみだな」
こういう時、ウルアラは俺を元気づけようとしてくれる。いい奴だ。
基本的に一人で行動するのが好きな俺でも、ウルアラと話していると元気をもらえるから不思議だ。
俺は、王宮からの迎えが来るまで、ウルアラの仕事の手伝いなどをしながら過ごした。
6日後、王宮から迎えが来た。
「アルス、気を付けてね。戻ってきたらまた好きな料理作ってあげるからね」
そう言うウルアラは少し不安そうな表情をしている。
「ああ、ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
一応あまり暗い表情にならないように気を付けたが、うまく出来ただろうか。
「では、アルス様こちらの馬車へどうぞ」
そういうと王都軍の兵士が俺を馬車に引き入れた。
この街から西の方にある王都までは天候にもよるが通常、馬車で19〜23日ほどかかる。
途中、馬を交換したり、補給や馬の休息のため小さい村によることはあるが、王宮からの呼び出しの為、比較的急いだ旅路となった。
馬車に揺られ17日目の早朝、遠方に見える王都オーリアスは、そびえ立つ壁に囲まれていた。
その白く大きな壁は日の光を反射して少しまぶしい。
門にいる衛兵に王宮からの招待状を見せ、大きな門を潜り抜けると、そこには大変賑わう街並みが現れた。
「やっぱ、王都は活気があるなあ」
馬車の窓から辺りを見渡す。
取れたての野菜や果実が箱一杯に並んでいる店、加工した腸詰肉や燻製にした肉を販売している店、水や氷の魔法を使用して鮮度を保っているのだろうか? 新鮮な魚が並んでいる魚屋、武器や防具などの装備品や装飾品などを取り扱う店、うまそうな匂いを漂わせている屋台などがそこらにある。
「いやあ、これはウルアラがここに居たら騒いでいただろうなあ」
そんなことを言いながら王都を眺めていた。
王都についた俺はすぐに王宮へと招かれた。
久しぶりに乗った馬車での旅で、俺は疲弊していた。
長時間座っていたからだろう。お尻の辺りが痛い。
「いててて」とお尻の辺りを少しさすりながら、辺りを見渡す。
そこにそびえ立つ王宮に圧倒された。洗練された庭や、彫刻の施された柱から始まり、見上げていると首が痛くなるくらいの高さの
こんなところに住むというのはどういった気分なのだろうか。
王が待っているとのことで、そのまま王の謁見室の前まで案内された。
「陛下への謁見なんて初めてなんですが、どうしたらいいですか?」
近くにいたのは近衛兵だろうか? 尋ねてみたが返事がない。
しょうがない、腹をくくるか。
「……えーっと、これ自分で開けていいんですよね?」
近くにいた近衛兵はコクンと頷いた。
あ、それは答えてくれるんだ。
ゆっくりと扉を開けたその先には、
王の右隣りには
入口から玉座への道に沿って近衛兵が並んでいた。
「そなたがアルスか? もっと近くに寄り、陛下に顔を見せなさい」
片眼鏡をかけた男性がそのように案内するので、
俺は王の見える位置まで近づいて行った。
えーっと、ひとまず跪けばいいのだろうか?
俺は恐る恐る跪いた。
「陛下、初めてお目にかかる機会を頂き光栄でございます。アルスと申します」
っていう感じで合ってるのかな? 既に言ってしまったが。
「アルスよ、そう畏まらなくてもよい」
「はい、ありがとうございます」
そういうと俺は顔を上げた。
「そなたを呼んだのは他でもない、ある依頼をしたくて呼び出したのだ」
ひとまず、いきなり何かの刑に処されないことに安心したが、王から直接言い渡される命令なんて何だろうか。嫌な予感しかしない。
「アルス。お主に世界樹の森に住む『原初の子』イレアとの
「……へ? ああ、いえ、申し訳ございません。少々驚いてしまいまして」
もしかしてあのエルフ……王との交流があったのか!?
「あのぉ、すみません、陛下はエルフとの交流があるのですか?」
片眼鏡の男性が、少し苛立っていたが、王が「よいのだ」となだめた。
「うむ、王家とエルフ族とは古い付き合いで、先祖から代々繋がりがある。王家のものが大ケガや病にかかった場合、エルフ族に治療をしてもらうのだ」
確かに、あれほどの治癒魔法だ。王家が放っておくわけないか。
「すみません、陛下もう一つよろしいでしょうか」
「構わん」
「なぜ私などにそのような依頼を?」
「なあに、頼まれたからだ。エクトル殿に」
やっぱりそうか。あのエルフめ! 『他の方法を考える』ってこのことだったのか……くそっやられた。
「で」というと王は俺の方をジッと見つめながら
「私の依頼は受けてもらえるのかな」
「……はい、承りました」
王からの依頼を反故にするわけにはいかない。
それこそ打ち首ものだ。
エルフと王家とのつながりに俺は驚いたが、まさかこのような事態になるとは……。
戻ったら、エクトルに文句を言ってやろう。……いや、言っても平気だよな? 王家と繋がっているとはいえ、平気だよな?
そんなことをしばらく俺は考えていた。
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