世界樹の役割
――エクトルの話によるとこうだ。
エルフという種族は、周囲の魔力も取り込み、生命活動を行っている。そのため人間に比べて長寿になるという。
だが、その『魔力』を世界に拡散させる役割の『世界樹』が枯れてきているというのだ。
その影響により世界に拡散している魔力量が少なくなり、結果、エルフの寿命は短くなっている。
イレアの両親はもともと別の場所に住んでいたのだが、同族たちの寿命が短くなってきていることに危機感を覚え、まだ魔力の濃いこの世界樹までやってきたという。
だが、到着したころには既に寿命は残り少なく、回復には至らなかったそうだ。
「世界樹にそんな役割があったのか……でも、なんでエクトルは平気なんだ?」
エルフの寿命が短くなってきているという割には、エクトルはピンピンしている。
「私は魔力の比較的多いこの場所の生まれですし。少々特殊な体質でして、周囲の魔力が少なくても大丈夫なのです」
エクトルはその体質のためイレアの世話係として選ばれたようだ。
おそらく、既に両親を失っているイレアに、また身近な人が亡くなる姿を見せたく無かったのであろう。
「じゃあ、このままだとイレアもいずれ……」
エクトルは視線を少し落としたまま、そっと頷いた。
俺の不安は的中してしまったようだ。
「しばらくは大丈夫ですが、大人になると、今よりも周りに魔力が必要となります。」
エクトルは世界樹を見上げ、少し考えた後、俺の方に顔を向けた。
「そこでアルス様にお願いしたいことがございます」
「実はイレア様は世界樹の新芽を育てるために必要な『
そう言うとエクトルは真剣な眼差しで真っすぐこちらを見つめてきた。
なんともまあ、壮大な頼みに驚いた俺は一瞬、停止した。
エルフ達の置かれている状況には同情する。だが、どうだろう。世界中を旅をするということは未知の魔物に出くわす可能性が高くなる。人様を救うためにわざわざ自分の命を危険にさらす事になるのだ。自分とは関係のない他国同士の戦争にわざわざ赴くのが難しいのと同じで、昨日今日出会ったばかりのエルフの存続を守るなんてこと、今の俺にはとても荷が重い。
困っている心境が顔に出てしまっていたようだ。エクトルはさらに追加で説明を始めた。
「それにこの話はあなた方、人族にも関係のある話なのです」
どうやらあまりいい話ではなさそうな感じがする。
「関係があるって一体どういうことだ?」
「世界に広がっている魔力がいずれ無くなると、魔法自体が使えなくなってくるのです」
確かにそれはまずい。現在、魔法は生活には欠かせない存在となっている。
家庭でのちょっとした水仕事から、農業や軍事、物や人の行き来に至るまで、あらゆる場面で魔法の補助を必要としている。
魔法技術の発展によって戦死者が増えたとの報告もあるらしいが、魔法が全くない世界も、それはそれで、物資の奪い合いや生存競争により、新たな争いが今より多くなるだろう。何とも皮肉なものだ。
「そうか……。だがそもそも、なんで俺なんかにそんな依頼を頼むんだ?」
確かにイレアを助けたとはいえ、初対面のさっき会ったばかりの相手にこんなことを頼むなんておかしいだろう。
エクトルは少し気まずそうに話し始めた、
「……すみません、実はあなたのことを観察させていただいておりました。」
イレアがいなくなったことに気がついたエクトルは、聖霊を使い捜索していたそうだ。
イレアを見つけたその時に、ちょうどオレが助けに入るのを見て、観察していたという。
俺は先ほど感じた違和感に納得した。
「なるほど、だからイレアが戻ってきた時、今までどこにいたのか聞かなかったんだな」
心配しているのであれば「一体どこに行っていたんだ?」という様な発言があってもおかしくないし、イレアを探しに外出していなかったのも、観察していたからこそ、ただ帰りを待っていたのだろう。
「でも見ているだけなんて、そんなのイレアに何かあったらどうするつもりだったんだ?」
「その時は転送魔法でこちらまで戻る仕組みになっています」
どうやら、イレアが右手首にいつもつけている腕輪に、本当に命の危険が迫った時、自動で転送魔法が発動する仕組みが施されているらしい。
世界樹を中心にある一定の距離までが、転送出来る範囲なのだが、この国は大体その効果範囲に収まっているそうだ。
好奇心旺盛なイレアを常に見張っておくというのは難しく、その対策の為だという。
そして、ある程度危険を感じて学んでもらうためにも、あえて発動条件は厳し目にしているらしい。
少女に対してなかなかの鬼だな……。
「観察させていただいた結果、あなたのその冒険者としてのスキルの高さと優れた人徳から、イレア様への同行をお願いするにふさわしい方だと思いました」
褒められ慣れてないので、なんだか大げさに感じる。
「もちろん、今すぐ旅立ってほしいというわけではないのです」
どうやらまだイレアはエルフとしては若く、知識も乏しい。
初歩的な戦闘方法や、野営の仕方など、冒険者としての事を色々教えてから旅立ってほしいとのことだった。
「……いやあ、でもなあ。そもそも魔法が使えなくなるなんて、どこの国でも問題になるだろう。各国に頼んで協力すればいいんじゃないのか?」
「いいえ、それではダメなのです。古い伝承によると、過去、人族にその話を打ち明けた際、利権の奪い合いによる大きな戦争が起きてしまったのです。その影響によりエルフの人口も大きく減ってしまいました。それからというもの、他種族には口外せず、我々エルフたちだけで世界樹を守ってきたのです」
なるほど、なんて愚かなんだ俺たち人族は。というか過去にそんな大きな戦争があっただろうか? 俺の知る限りでは聞いたことがない。エルフは長寿だというから、もしかしたら遥か昔のおとぎ話のような時代までさかのぼらないといけないのかもしれない。
だが、聞けば聞くほど俺には荷が重いと感じるほかなかった。普通、冒険者になる奴なんて自由気ままに生きたいから、安定した職に着かないのだ。
それをわざわざ『世界樹の芽を育てるための原初結晶探しの旅に同行』なんて面倒くさいだろう。ましてやそれが世の中の状況を左右するような重大な事件だとしたらなおさらだ。
世界を救うような夢を持っている『人の良い奴』はそもそも、世直しの旅にでも勝手に出ている。
「やはりすまないが、俺にはそこまでする道理がない」
エクトルは「どうしてもお願いしたいのです」と食い下がってきたが、丁重にお断りさせていただいた。
「そうですか、それはとても残念です……。では他の方法を考えるとします」
エクトルは少ししょんぼりしている。
「ああ、悪いがそうしてくれ」
そう言うと俺は、先ほどの家のようなところまで戻り、イレアにもう街に帰る旨を伝えた。
イレアは「またねー」と手を振ってきた。無邪気だな。
俺は世界樹を後にした。
いつもの宿屋に戻ると、ウルアラが「イレアちゃんはどうしたの?」と聞くので、 無事に家に帰らせたことを伝え、今日あった出来事を俺は大まかに話した。
「え! 世界樹って近くで見るとどんなかんじなの?」
「うわぁ、ほんとだ腕治ってる! 治癒魔法どんな感じだったの?」
「エルフってほかにも居たの? え、どんな人だったの?」
「それで、えーっとその。原初……結晶?とかってのは何なの?」
俺の話を聞いたウルアラが矢継ぎ早に質問してくるのをいったん落ち着かせて、近くで見た世界樹の様子や、治療魔法の感想などを伝えた。
「で、その原初結晶なんだけどな」
そういうと俺はエクトルから聞いた話を思い出しながらウルアラに話した。
まず、世界樹についてだが、この巨木は地中、いや、もっと奥深くにうごめいている『純粋な力』を『魔力』という形にして、世の中に拡散させているらしい。
しかし、全ての『純粋な力』を地中から均等に吸収できるわけではなく、世界にはその力が停滞する場所が発生してしまうらしいのだ。その停滞する場所にまずは小さな結晶ができ、それが大きくなって『原初結晶』となる。とのことだ。
ちなみにその原初結晶は、まだ魔力にはなっていないにも関わらず不思議と、火、水、土、風、光、闇の魔法の基本属性ごとにあるとのこと。また、停滞する場所は属性ごとに違うのだという。それぞれの属性の力が大きく作用するような場所が大体停滞する場所となるようだ。
そして、その原初結晶を使用して世界樹の芽を育てるというのだ。要するに世界樹の芽の栄養に、その原初結晶を使用するらしい。
というか、俺の帰り際、エクトルがぼそっと話していたが、世界樹が無くなると『純粋な力』の流れが止まり、そして澱み、そのことにより災厄が訪れるという伝承もあるらしい。
俺は魔法がなくなることより、そちらの方が気になるのだが。
「それで、アルスはその原初結晶を探す旅を断ったってわけね」
「そうだ」
「えー、もったいない。せっかく世界を旅する理由があるのに」
「そうか? 面倒だろう」
「私だったら行くけどなあ、いろんな人に会って、いろんな話聞いて、楽しそうじゃない?」
ウルアラは厨房のカウンターに頬杖をついて、世界を旅するのを想像しているかのように上の方を見ていた。
「おいおい、簡単に言うなよ、よく知らない土地のよく知らない奴らと会うことになるんだぞ。イレアが危険な目に合うかもしれないし、しかも問題が大きすぎる。俺はそこまで責任持てない」
「まあ、それはそうだけど。でも何もしないとイレアちゃんの寿命も短くなってしまうんでしょ?」
「それはまあ、可哀相だとは思うが、この前会ったばかりの子にそこまで出来ないだろ」
「えー、アルス冷たい」
「そう言われてもな……あまり困らせないでくれよ」
出来ることなら助けてやりたい気持ちもあるが、この世界では魔物もいるし、まだ戦争もある。
魔物に襲われる子や戦争孤児など至る所にいるのだ。
可哀相だがいちいち付き合っていたらこちらの身が持たない。
ウルアラもそのあたりは分かっているのだろう。それ以上の追及は無かった。
「でも、魔法が使えなくなっちゃったら困るね」
「まあ、エクトルも何か他の手を考えるって言っていたからな。心配ないだろ」
そういうと俺は、イレアの出してくれたお茶を飲み干して自室に戻ることにした。
「今日は疲れたからもう寝るよ。おやすみ」
「はーい、おやすみ」
ウルアラは少し頬を膨らまし、少し考え事をしているようだった。
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