シルバーヘイヴン


 なんとか完全に日が落ちる直前には街が見えてきた。

 街は魔物から襲われないように大きな壁で囲われている。

 街の門につくと、馴染みの門番に冒険者の証である銀製のプレートを見せた。

 エルフの少女はフードを被っていたのと、辺りが薄暗かったこともあり、門番には特徴的な耳は見えなかったようだ。

 街の子供を保護した、ということですんなり通してもらえた。


 いつもならこのまま冒険者ギルドへと向かうのだが、今はこのままいくのはまずいだろうか。


 冒険者ギルドとは主に『貴族や一般市民からの依頼』や、その他は『衛兵からの報告や情報などをもとに対処したほうが良い案件』を仕事として冒険者に斡旋する組織だ。

 依頼内容や条件を達成すると報酬がギルドから冒険者へ支払われるのだ。


 冒険者は一人で活動するものもいれば、複数人でパーティを組む者も多い。複数人の場合はチームで連携がとれるので主に、野盗や魔物の討伐や、キャラバンの護衛などの仕事が多い。逆に俺のように一人で活動する者は、狩猟や荷物運びなどが多く、あまり大きな報酬を期待できない依頼にはうってつけなのだ。


 そして冒険者のランクによっても依頼の難易度や報酬の額が異なる。そのため、それぞれで需要が異なるので意外と仕事の取り合いになることは少ない。もともと、チームで動くのは苦手なので、一人の方が俺にとっては楽だ。まあ、一人で活動するのは危険が伴うので、ある程度熟練が必要なのだが。チームでキャラバンの護衛などに着こうものなら、長期間同じ奴らと寝食を共にしないといけないので、気持ちが休まらないし面倒くさい。多少の危険があったほうが、メリハリがあっていいくらいだ。


 そしてそのギルドがある建物には酒場や宿舎が併設されている。


 酒場はギルドに所属している冒険者たちでいつも満席だ。

 各々パーティメンバーで反省会や、新しいメンバーと親睦を深めるため、食事をともにしたり、依頼達成金で酒盛りをしている者などもいる。安価で食事をふるまってくれる場所でもある。


 宿舎はまだ収入の少ない初心者冒険者には手ごろな場所だ。

 街の宿屋より安く泊まることができるのでここを利用する。ただし、寝具は使い古されており、独特な臭いもするので、ある程度稼げるようになった冒険者はギルドの宿舎を利用することはない。


 とまあ、ギルドへ向かうということは、当然その場所にいる不特定多数の人物に遭遇するのだ。

 もしエルフの少女を連れてギルドに報告に行こうものなら、噂になり面倒ごとになりかねない。大体は知り合いでそこまで悪い奴らではないが、どこにでも、関わったら面倒なタイプの人物はいる。

 下手したら珍しさから人さらいに合う可能性もあるだろう。


 いったん考えた後、俺は自分がいつも利用している宿屋に、まずは向かうことにした。


「よし、これから宿屋にいくぞ」


 エルフの少女はきょとんとした表情でこちらを見ている。

 言葉は伝わっているはずだが、……まあいいだろうと、そのまま宿屋へ向かう事にした。



 少し街を歩いたあと宿屋についた。すっかり暗くなっている。


 ドアを開けるといつもの女性の顔がそこにはあった。

 明るい茶色の長い髪を、仕事の邪魔にならないように後ろに束ねている。見慣れた姿だ。

 俺たちが入った瞬間こちらに気が付いたようで、持っていたペンを置いて話しかけてきた。


「あ! アルス! ガレスベアがでたんでしょ?街で噂になってたわよ」


 髪と同じ色をした瞳は、噂の真相を確認したかったのだろう。その目は好奇心を抑えきれていないようだった。

 それにしても、もう噂になっていたのか。


 俺の顔を見るなり話しかけてきたこいつは宿屋の娘のウルアラだ。

 子供の頃から「私ってこの街一番の宿屋の看板娘だから!」とニヤリと笑い、冗談交じりに初対面のやつに話しかけてくるような、社交的で陽気なタイプの女性だ。


 俺が初めて利用した時もそんな話をしてきたので

「ん? ここは街一番の宿屋なのか?」

 と聞いたところ


「違う! そうじゃなくて、私が『この街一番の』、『宿屋の看板娘』なの! つまり美少女ってことよ」


「まあ、宿屋もこの街一番だけどね」と宿屋自体は街一番ではないと否定してしまった気がしたのか、さらに言い直していた。

 どうせだったら『この街一番の看板娘』とか『この街一番の美少女だ』と言った方が分かりやすいのでは? とも思ったが、『宿屋の』とわざわざつけて、比較範囲を小さくしたのは、彼女がそこまで傲慢ではないということの表れなのかもしれない。



「え! ちょっと何そのケガ!?」

 俺が腕を木の枝で固定していたのに気が付いたのか、早くこっちに来なさいと、一階の食事処のカウンター席に座らされた。


 しばらくするとウルアラが店の奥から箱を抱えて出てきた。

 箱の中から、ガーゼやら、三角巾、消毒用の蒸留酒、薬草、固定するための金具やらを手際よく準備して、俺の左腕を手当してくれた。


 骨を折ったのはこの街に来てからは初めてだったので準備の良さに驚いた。

 冒険者がよく泊まるので、こういった準備もちゃんとしてあるのだろう。


 ポーションがあれば数日安静にしていれば治るのだが、王都から離れたこのあたりでは錬金術師もいないため、ポーションの流通量が少なく、しかも高い割には効果が少ない。王都軍用に作られた物の余りが、この街にまわってくる頃には少し使用期限が過ぎている。


 なのでこの辺りでは今回のような原始的な手当てが主流なのだ。

 だがこの状態では他の討伐依頼はもちろん、荷物運びなどもこなせないだろう。良くて薬草採取の依頼で少し稼げるかどうかだ。

 まあ、かねはカパールを狩猟した時の貯えがあるから何とかなるか。



 手当も終わり、気が付いてはいたが、聞くタイミングを逃していたのだろう。

 そのあなたの陰に隠れている子はどこの子? とウルアラから尋ねられた。


「まさか、アルスの隠し子!?」


「そんなわけあるか!!」


 そんなやり取りもきょとんとした顔でエルフの少女は見ている。


「え! よく見たら、この子エルフじゃない!?」


 驚いた様子のウルアラは、エルフの少女の顔を両手で挟み、その白く透き通った肌をもちもちと、パンの生地をこねるように触った。


「……や、め、るのです!!」


 頬をもてあそばれたのが嫌だったのか、エルフの少女はウルアラの手を振りほどき、俺の後ろに隠れた。


「あはは、ごめんなさい。つい、可愛くって」


 可愛い物をめでるように笑顔のウルアラは謝ったが、エルフの少女はウルアラに不満げな視線を投げかけた。



 その後、事の顛末をウルアラにも話した。


「確かに、直接ギルドに行かなくて良かったかもね。」


 ウルアラはなるほどといった様子で俺の判断を肯定してくれた。

「ちょうど今日は他の冒険者も遠征で戻ってこないし、もちろん、宿屋が顧客の情報をペラペラしゃべらないから安心して」とも言っていた。宿屋のオヤジさんにはウルアラから説明してくれるらしい。


「そう言えばこの子の名前は?」


「あっ」という俺の表情を見て、少しあきれたような顔をしたウルアラは、エルフの少女に名前を尋ねた。


「お名前は何て言うの?」


「イレアは、イレアと言うのです」


 エルフの少女の名前はイレアと言うらしい。


 おなかすいたでしょう? とウルアラは厨房へと向かって、パンやハムで簡単なサンドウィッチを作ってくれた。少ししてから温め直した野草のスープもふるまってくれた。


 おなかが膨れて安心したのか、イレアは頭をコクンコクンとさせながら眠そうにしていた。


「今日は、この子は私の部屋で面倒みてあげるわ」


 もう部屋で休む? と聞かれたがギルドに報告に行かなければならない為、イレアはウルアラに任せて、ギルドに報告に行った。



 翌朝。


 自分の借りている部屋の荷物入れの奥底に眠っていた、金属製のチョーカーを取り出した。


 薄目な板を丸めた形状で、正面は指3本分ほど開いているそのチョーカーは、着けた時に首の後ろ側が狭く、正面に行くにつれて金属の幅が広くなっている。

 正面のその開いている両端は、丸く仕上げられ、小粒の魔石が一つずつ付いており、少し装飾がある。

 認識阻害の魔法が施されている代物で少し古いが、まあ使えるだろう。


 一階に降りると、既にウルアラが起きて朝食の準備をしていた。

 イレアはというと、クルクという果実にかぶりついて、口の周りを果汁だらけにしていた。


「えーっと、イレア、ちょっとこれを着けてくれないか?」


 認識阻害の魔法が施されたチョーカーをイレアの首にかけてあげた。

 街を歩くのにエルフだということがばれたら面倒だ。


「いいね。そのチョーカー、似合ってるわよ!」


 厨房から出てきたウルアラは感想を言い、アツアツのスープを入れた器をイレアの前に出した。

 褒められたイレアはなんだか嬉しそうだ。


「街に出るのにそのままだとまずいだろ? 一応これは認識阻害の魔法がかけられているんだ」


 と俺の説明に「そうなの?」とウルアラは、まじまじとチョーカーを見つめる。


「それほど強い魔法ではないけど、『そこにエルフがいる』ということについて、気にならなくなるんだ」


 俺やウルアラは既にエルフだということを知っているのでほとんど変化はないが、初めてイレアにあった人物からしたら「そこにただ、普通に子供がいる」という程度になる。


「おう、おはようさん」

 店の奥から、ウルアラの父親であり、この宿屋の店主のオヤジさんが出てきた。


「嬢ちゃんが昨日ウルアラが話してた子か?」


 イレアを見たオヤジさんは特にエルフだということを気にしていない様子だった。

 チョーカーの効果なのか、昨日ウルアラが既に話しておいたからなのか。


「なあ、ウルアラ。オヤジさんにはイレアがエルフだってことは話したのか?」

 少し小声で話した。


「昨日はイレアちゃんが眠そうだったから私のベッドで先に寝てもらって。そのあと、アルスが保護した女の子を連れてきたってことを話したわ。特にエルフであることは伝えていないのだけど」


 オヤジさんは「おう、子供はたくさん食え食え!」とクルクの果実をイレアにふるまっていた。

「そんなにもらっていいのです?」と、とても喜んでいるイレアはどう見ても、ただの子供の様に見えた。



 朝食をすました後、食後のお茶をウルアラが出してくれた。

 さわやかな香りで朝にピッタリだ。


 そんな中、騒がしく宿屋のドアが開いた。


「ちょっと、こちらに冒険者の方はいるかしら?」


 急に飛び込んできた女性は香水の臭いがきつく、せっかくのお茶の香りを消し去っていった。よく見ると昨日の貴婦人ではないか。


 俺を見つけるなり貴婦人は足を踏み鳴らしながら歩いて近寄ってきた。


「あなたのような人には分からないかもしれませんが、昨日の望遠鏡は大変貴重なものなのよ。早く返してくださらない?」


 どうやら、ギルド公務員ではないことがばれてしまったようだ。

 ギルドにでも確認して、俺のいつもいる場所が分かったのだろう。


 まあ、返し忘れていた俺も悪い。

 上着の内ポケットにしまっていた望遠鏡を取り出し貴婦人の手に乗せた。


「どうぞ、お返しします」


 見るも無残な姿になった望遠鏡。粉々になったレンズが、貴婦人の手を滑り落ちた。

あ、そうだった。ガレスベアにやられたときに一緒につぶれたのか……。



 望遠鏡は高級品だったようだ。確かに、よく思い返してみれば金素材に細かい装飾が施されていた。

 弁償を求められ、思わぬ高額な出費により貯金を失った俺は、ケガのこともあり、この後どうやって冬を越すか必死に考えていた。


「うーん……金がない」


「大丈夫! 恩は返すとイレアは言ったのです!」

 と頭を抱えていた俺の目の前に仁王立ちするイレア。


 そうか、こいつの親に望遠鏡の代金を負担してもらえるかもしれない。

 全部とは言わない、せめて半分だけでも……。


「そう言えば、お前どこから来たんだ」

 という俺の問いに、イレアは「あっちです!」と南東の方を指さした。

はて? 世界樹の先に街や村などはなかったような気がするが……?

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