森の中で

「うわっ、これはひどい」


 近くで見る森は、木々がなぎ倒され、遠目で見たときよりひどい有様だった。

 だが、逆にこの先にガレスベアがいるという道しるべにもなっていたため、ガレスベアを見つけること自体に時間はかからなかった。


 散乱している木々のせいで足場が悪いので、跳躍スキルを駆使して、被害のない木の丈夫そうな枝を選んで飛び移り、俺は進んでいった。


 程なくして怒り狂ったガレスベアを追い越し、先ほど望遠鏡で見た小さい人まで追いついた。

 背格好からして子供だろうか? フード付きの緑色のローブを頭から被っており、よく見えない。


「おーい、こいつを仕留めてやるから、何とかこいつの動きを少し止めてくれー」


 追いかけられている小さい人はこちらの声が聞こえたのか、言葉にならないような、悲鳴のような震えた声をあげながら、なおも走り続けている。


 やっぱり無理か。

 ダメ元で聞いてみたがやはり余裕がないらしい。

 投擲とうてきをするにも対象が動き回っているのでは急所を狙いづらい。

 少しでも停止するタイミングがあればいいのだが。



 ガレスベアを仕留める時は、可能であれば一撃で仕留めるほうが良い。

 中途半端に攻撃が当たると、さらに激高し暴れまわるからだ。

 ガレスベア討伐の依頼は、初心者冒険者にとって荷が重いのは、ここに理由がある。

 一撃で討伐できるほどスキルも熟練しておらず。下手に攻撃すると命を落としかねない。




――俺の持つもう一つのスキル「投擲とうてき」は、その名のとおり、物を投げるスキルだ。

「なんだ……ただ物を投げられるだけか」とスキルが発現したての子供の頃には、そんな風に思っていたが、これが意外と使い勝手がいい。


 手で持ちにくい形状の物や、普通では手に持てないような物でも投げることができる。例えば棘で覆われた木の実や、高温に熱せられた石炭などだ。


 スキルを使うと手の上の空間に魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣が対象の物体を吸いつけ、浮かび上がらせるのだ。浮いているのだから、トゲトゲしていようが、熱かろうが関係ない。しかも、持ち上げた物は多少軽く感じるようになる。

 そしてそのまま腕を振るとその物体を投げつけることができる。さらにこのスキルによって威力や精度がかなり向上する。威力は普通に投げたときの数倍にはなるだろう。中距離ならば、石を投げても王都軍の射手兵の弓矢並みに、威力や精度がある。


 ただ、スキルにより、ある程度軽量化するにしても、投げるときはその重さを投げられるだけの力が必要なので、極端に重い物は投げられない。あと、長距離の攻撃では威力が下がるので、俺には王都軍勤めという道はなかった。


 普通、射手兵は弓矢系のスキルを持っていることが多く、いくら俺が投擲スキルで矢を弓を使った時のような速さで投げられると言っても、ただそれだけなのだ。射手兵がよく持っている「威力持続」や「曲射」などのスキルがあれば良かったのだが……。

 では接近戦の場合はどうかと言うと、攻撃の時はある程度離れないといけないし、かと言って敵から離れすぎると、長距離攻撃の標的になってしまう。要するに集団戦においては中途半端なのだ。


 とは言え、一応攻撃手段として、いつでも投擲スキルが使えるように、道すがら手ごろな石を見かけたら拾って集めているのだが、今日は岩場の多い、石がそこらに落ちているルナールの砦への荷物運びの依頼だったため、荷物になる石袋は宿屋に置いてきた。そのため先ほど崖から降りてきた際に投擲攻撃用の石を拾っておいたのだ。



 小さい人はあてにならなそうなので、仕方なく特製の燻製カパール肉のサンドウィッチを使ってガレスベアの気を引くことにする。


「くそっ、俺の昼飯……。燻製カパール……」


 今年最後の高級食材を泣く泣くガレスベアの方に向かって投げつける。


 燻製のいい匂いのするカパール肉はガレスベアの嗅覚と胃袋を刺激した。

 怒っていても食欲はあるようで、冬眠のたくわえの為か、ガレスベアは食いついてくれた。


 俺はすかさず、石をガレスベアの急所めがけて投擲した。


 ブォンっと風切り音を出し放たれた石は、ガレスベアの急所に当たり、巨体はその場に倒れこんだ。


 倒れこんだガレスベアを見て安心したのか、走り続けていた小さい人は、息を切らしながらその場に座り込む。


「おい、大丈夫か?」


 というこちらの問いかけに小さい人は、


「あの……大変……たすかった……のです。……ありがとう……」


 続けて、息が整うのを少し待った後、ようやくこちらを見ながら


「……お礼を言うのです。この恩は必ず返すのです……」


 汗だくになりながらお礼の言葉を発したその小さい人は、フードを取り、顔を見せた。


 肩くらいまで伸びたさらさらな銀色の髪に、白く透き通った肌。

 宝石のような薄い黄緑色の瞳、左右にピンと張ったとがった耳。


 小さい人は、人ではなくエルフの少女だったのだ。


「……おお、エルフか。初めて見たな」と話し始めた途端、

 背後で倒れていたはずのガレスベアが急に動き出したようでガサッと音がした。


 急所に当てたはずだが、威力が僅かに足りなかったのか。

 俺自身が思っていたよりも、カパール肉を失ったことがショックで手元が狂ったのか。

 どちらにせよガレスベアの最後の悪あがきを許す形となってしまった。


 気配を感じ取った俺は、とっさに腰に掛けていた使い古された剣を鞘ごと抜き取り、振り向きながら防御の姿勢を取った。だが、小さい人の意外な正体に気を取られ、僅かにガードのタイミングが遅れてしまったようだ。

 巻き込まれた左腕からは鈍い低い音がした。そして一瞬遅れてきた激しい痛み。


 俺は足を踏ん張り、ガレスベアの右腕を受け止めた後、持っていた剣を鞘から抜き、ガレスベアに本当のとどめを刺した。



 流石にこの大けがと体力を使ったことによって、俺はしばらくその場を動けなかった。

 少女は先ほどと同じ場所に座ってこちらの様子をちらちら見ている。

 左腕の応急処置を済ませケガの痛みが落ち着いてきたころ、と言っても、もちろんまだ痛みはかなりあるのだが、それでも最初よりはましになったころ、ガレスベアの魔石と討伐の証拠の右耳を切り取り、マジックポーチにしまった。

 残りのガレスベアの素材はこの腕では運べないので、街へ戻りギルドに報告した後、回収の代行を依頼するしかなさそうだ。


 応急処置に少し時間がかかったため、あたりは少し薄暗くなってきていた。

 夜の森は危険だ。この子を置いていくわけにもいかない。

 なるべく早く移動しないと街へ着く前に暗くなってしまう。


「しょうがないから、俺のあとについてこい」


 エルフの少女はコクンとうなずき、後をついてきた。


 道中エルフの少女はおとなしかった。

 あれだけ走り回っていたら子供の体力では相当疲れるだろう。

 歩きながら眠そうに目をこすっていた。

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