ユビワカラ創める物語

ササブキ

第一章  出会い

ルナールの砦


 シルバーヘイヴンと言う街から南に森を抜け、南東に数キロ進んだ山にあるルナールのとりで


 この砦付近に生息しているカパールという鳥が大変美味で、岩場や崖の多いこの地域では、矢で仕留めても、なかなか獲物を取りに行くのに苦労する。そのためカパールは高級品に位置づけられており王都の貴族たちに大変人気だ。


 過去にはこの地域で、狩猟で生計を立てている者もいたが、乱獲により個体数が少なくなったため、現在は狩猟の時期が制限されている。そのことも相まって価格が高騰し、超高級品となってしまった。


 峰にあるこの小さい砦は昔、北側諸国からの侵攻を監視するため建てられたとも言われているらしい。

 なぜ「言われているらしい」などと曖昧なのかというと、実ははるか昔の貴族様の道楽で、見晴らしが良いからとの理由で建てられたという話や、はたまた、ドラゴンの餌やり場だったなどという言い伝えまであり、確かな事は現在では分かっていない。


 確かなのは、北側諸国が統一された後に出来た帝国との良好な関係が長く続いている事もあり、現在は要塞ようさいとしての用途はほぼなく、見晴らし台部分は一般にも公開されているため観光地化しているのが現状だ。


 ここから望む『世界樹せかいじゅ』と呼ばれる樹木は、大地から太くどっしりと幹を伸ばしており、遠方に見える幹の部分を手で隠すと、まるで山が宙に浮いているかのようにその枝葉を伸ばしている。

 日中は樹木の雄大さや青々とした葉を見ることができるが、夜が更けると、背後から登る月により、優しい光に包まれ、葉の一枚一枚が鏡のようにその光を反射する。

 葉が風に揺られると、まるで巨木に星が降り注いだように瞬く姿が大変美しく見ごたえがある。


 肌寒い今の季節は、砦の宿舎でふるまわれる温かい果実酒が人気で、その風景を見ながら果実酒を一杯というのが定番だ。俺はその果実酒運びの依頼を、この時期に毎年受けている。


「ほらよっと。今週分の果実酒だ」


たっぷり果実酒の詰まった重たい樽を宿舎の食糧庫の方に運び込んだ。


 厨房にいるこの宿舎のオヤジは「おお、アルス。いつも助かるよ」と挨拶もそこそこに、ついでに一緒に運び込んだ食材や水のチェックをはじめた。


 俺は少し休憩し、オヤジの確認が終わった頃、依頼書にサインをもらうといつも通り見晴らし台の方まで歩いて行った。

 ひと仕事終えた後、良い景色を見ながら少し遅い昼食をとるのが最近気に入っている。今日の昼飯は特製の、カパールの燻製肉をパンに挟んだサンドウィッチだ。


 王都では超高級品のカパールだが、貴族には売れないくず肉などをたまに燻製にしている。

 売れない部分としては主に骨やその周辺についている肉だ。

 骨付きの状態で肉にしゃぶりつくなんてみっともない、という貴族内でのマナーがあるので、基本的に削ぎ落した肉のみを調理する。

 しかも、骨なんて下賤げせんなものが食べるものだという風潮もあるので残ってしまう。骨を煮込めば美味いスープになるのを知らないのだろうか?

 ちなみにくず肉であってもそこは流石超高級品、味は申し分ない。


 くず肉の燻製もこれで今年分は最後だが、今日は特別にふんぱつして残り全てをパンに挟んでみた。

 楽しみにしていたので少しニヤついてしまう。既に頭の中では、燻製の芳醇な香りと肉のうまみが口いっぱいに広がるのを想像していた。


 俺はいつもの道を歩き、見晴らし台へつながるアーチ状のゲートに近づいた。だが、なんだかいつもより騒がしい。先に居た観光客もなんだか落ち着きがない様子だ。

 何だろうか。狩猟の時期も終わったのに、またどこかの野盗がカパールの密猟でもしていたのだろうか? ここから見える範囲で密猟するなんて随分と間抜けな野盗だなと思いながら、騒ぎになっている方へと進んでいった。


 見晴らし台からあたりを見渡すと、少し離れた下層の方で、森の木が次々と倒されている。

 近くにいた貴婦人が、「大きなガレスベアが暴れているわ」と望遠鏡を覗き込みながら叫んでいた。

 騒ぎの原因はこれのようだ。


 普通ならこの時期、冬眠しているはずのガレスベアだが、数年に一度、何かの拍子に起きてしまう個体がいる。眠りを阻害された怒りは頂点に達し、暴れまわり、ひどい時は数週間収まらない事もある。

 周りの木々や生態系を壊すほか、森での採取依頼を請け負った初心者の冒険者などが被害に合う事もあり、こういう時は、そこそこベテランの俺などに討伐の依頼がくるものだ。


 一応これでも俺は冒険者としてギルドに登録している。

 仕事内容は季節によって変わり、主にカパールの狩猟や、薬草採取、またはさっきのような荷物運びなどで、冒険者と言う割にはどの辺が冒険なんだ? というような「何でも屋」状態が基本なのだが、たまに討伐依頼も受けている。


 うーん、まあ、どのみちまたギルドから討伐依頼が出るだろうから先に仕留めておくか。

 そう思うと俺は近くにいたその貴婦人に話しかけた。


「すみません、ギルドの者です。少し確認させていただけませんか?」


 貴婦人も一瞬戸惑っていたようだが、半ば強引に望遠鏡をその手からもぎ取らせてもらった。

 少し嘘をついたが緊急事態なので仕方ない。普通なら既に冬眠をしている時期のガレスベアが暴れているのだ。


 ギルドの者、なんて言えば、ギルド公務員として勘違いしてもらえるから、協力を請うときは便利だ。荒くれものや、敗戦から逃げてきた元兵士などもいるような冒険者と比べると、ギルド公務員はある程度身分が証明されている。

 まあ、貴婦人からは若干睨まれていたような気がしたが……。


 俺は望遠鏡で木々の倒れているあたりをのぞいてみた。

 よく見ると、ガレスベアが何かを追いかけているような様子だった。

 すぐに、ガレスベアの進行方向の少し先を見てみると、小さい人の影が見える。


「あらら……面倒なことになってるな」


 きっとこの追われている本人が何かしら失敗したのだろう。

冬眠中のガレスベアを怒らせたのだから自業自得なのだが、遅かれ早かれ討伐するし、ついでに助けてやることにした。



「あっ、ちょっと!」と貴婦人から声をかけられたが、

その時既に、俺は対象を見失わないように素早く見晴らし台の崖から飛び降りていた。



――冒険者になるためには、ある程度の条件がある。

 その条件の一つは、戦闘または採取などに有効なスキルを持っていることだ。

跳躍ちょうやく」のスキルを持っている俺にとっては、崖を降りるのは容易い事だった。

本来「跳躍」は大きく高くジャンプする能力なのだが、高くジャンプしても問題ないスキル、ということは当然、ジャンプして空中の高い位置から落ちても無事に着地できるということだ。流石に一気に崖を降りるのは勢いがつきすぎて無理だが。

 この能力を使って狩猟の時期には、岩場を軽々飛び越えカパールの捕獲を行っている。



 跳躍のスキルにより俺は、岩を次々と飛び移り素早く下層へ降り立った。

 下層についた後、落ちていた手ごろな石を拾っておき、ガレスベアを追いかけていった。

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