山嵐山

 嵐山に着いた頃には、既に太陽は沈み、天には月だけの暗闇の世界が広がっていた。

 山々は吹き荒れ、渡月橋の下を流れる川も濁流のようにおどろおどろしい。

 まさに嵐山という名の通り、ここは今、嵐の中だ。

 甲冑は着ているとはいえ、なぜか震えが止まらない。

 わたしはひたすら、これは武者震いだと言い聞かせていた。

 荒木はというと、出会った時と変わらずジャージ姿のままである。

 銭湯とかサービスシーンはなかったため、服装が変わることなどない。

 まあ、戦闘シーンはこれからあるかもしれないが・・・・・・。

 なにせ、相手はヤマアラシ。

 既に貧乏学生を病院送りにしている強豪だ。

 正直、トングでなんとかなる相手なのか分からない。

 スーパーのお総菜コーナーで揚げ物をつかむのとは訳が違う。

 そもそも論、トングでカピバラやヌートリアを捕まえることも無理なのだが、荒木は平然とやってのけた。

 そこにしびれる憧れる、ことはなかった。

 むしろ、しびれを切らしたわたしはリプトン調査団のリー・ヨンファに、

「なあ、本当にここにいるんだよな!」

「間違いないよ、これだけ吹き荒れているのですから」

 リー・ヨンファは帽子が飛ばないように必死に抑えている。

「代表! 風車に以上あり!」

 リプトン調査団の団員が慌てて、ヨンファに叫ぶ。

 団員はその手にもっていた風車を見ると、回っていなかった。

 だから、なんだというのだ、と思ったのだが、わたし以外の連中は何かに気づいたらしい。

「どうやら近いぞ」

「一体何がどうなっているか説明してくれ」

「今、我々は嵐の中にいる。たとえるなら純度の高い台風のお目だ」

「まったくわからん」

「これだから低学歴という奴は」

 オイ、これでも腐っても国立大卒だぞ。三年次編入だけど。

「つまりだ。我々はヤマアラシに最も近くにいるということです。先ほどまで嵐のように風が吹いていたのに、今は完全なる無風。本当に目と鼻の先ぐらいの距離にヤマアラシはいます」

「それを最初から言え!」

 わたしは鞘からトングを引き抜き、構えた。

 皆が戦闘態勢に入り、円を描くように互いの背中を向けた。

 視界に広がるのは山、嵐、山……。

 ふと背後が明るくなった。振り返ると荒木がカピバラとヌートリアに火のついた松明を付けて解き放っていたのだ。

 魑魅魍魎、百鬼夜行の如く、奇声が辺りを駆け巡る。

 火だるまになったカピバラは皮に飛び込み。

 またあるヌートリアは出店に突撃し、建物に引火させていく。

 暗闇を灯りで満たされていく。

 げっ歯類共の命と共に焔が空に昇り、帰る。

 そして、わたしたちは目撃した。

 いつからそこにいたのか、最初からずっと留まっていたのだろうか。

 空には嵐の目に、あるはずのない大きな満月が二つあった。

 獣のように黄色の目が二つ、こちらを睨んでいる。

 それは余りにも巨大で、わたしは猫に睨まれた鼠の気分を理解した。

 そんな空から何か落ちてくるのが見えた。

 何か黒くて、太いのが、わたしの中に、貫通するッ゙!!!?

 とっさに避けると目の前に身の丈よりも大きなトゲが落ちてきた。

 これは明らかな戦闘行為であり、一発……いや一髪なら誤射だなんて言わせない。

 抜け毛が落ちましたなんて冗談が通用すると思うなよ!

 だが、わたしは無力だ。

「こんなの無理だ……」

 トングでなんとかなる相手じゃない。

 というかわたしの知ってるヤマアラシではない。

 これは妖怪の類だ。間違いなく、日本製だ。

「誰かゴム持ってない?」

 荒木が言う。

「厚さ何ミリ?」

「馬鹿ね、そっちのゴムじゃないわよ」

「昼の惣菜についてた輪ゴムで良いですか?」

「それで良いわ」

 リー・ヨンファから輪ゴムを受け取ると、それをトングの端と端を括ると簡易的な弓を作り上げた。

 そして、落ちてきたヤマアラシのトゲを矢にして、天空に向けて射た。

 その光景はまるでサジタリウスの矢、那須与一、ジョジョにおける“弓と矢”!

 矢はまっすぐ嵐の片目に向かうと、月は一つになる。

 すると地鳴りのような叫びと共に雨風の強い嵐が巻き起こった。

 体が宙に浮かぶほどに吹き荒れる。

 大地から足が離れ、わたしは便所の渦に流されるように逆さまに、上へと竜巻に飲まれる。あがくこともできなければ、されるがままであった。

 視界には、炎上するカピバラ、違法駐輪した自転車に空飛ぶタイヤ。

 りぼての出店に、魔女のコスプレをしたワコウ。

 からになったラーメンばちがUFOになって、どこかへ消えていくと同時に、わたしは意識を失った。

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