リプトンミルクティー調査団
昼食後、わたしたちは神山大学にあるヤマアラシの飼育小屋に向かうことにした。
現場百回と言われている通り、何かしら見落としていることもあるかもしれない。
もっと言えばヤマアラシは戻っているかもしれない。
「猫みたいに帰ってくるはずがないでしょう」
と荒木は否定するが、念のためとわたしが押し通したのだ。
目的地に近づくにつれ、小屋の周りに奇妙な三名の大学生がいた。
彼らの風貌は今時の大学生とは言えず、皆がハット帽をかぶり、古臭い茶色のスーツを着込んでいる。
違うとすれば、彼らは二リットルの紙パックリプトンミルクティーをストローで飲んでいる。そこだけは学生の面影がある。そこだけしか学生要素がないとも言える。
彼らは何かを物色しているようで、見るからに怪しすぎる。
犯人は現場に戻ってくるというが、彼らこそヤマアラシを盗んだ張本人ではないだろうか? いや、そうである。
学生のひとりがこちらに気づき、
「おや、荒木教授ではありませんか」
どうやら彼らは荒木さんのことを知っているみたいだ。
「お知り合い、いや教え子ですか?」
わたしが訊くと、荒木は知らないと答えた。
「君たちはなにか、私のヤマアラシを逃がしたのは君たちかね?」
「いいえ、そのようなことはございません。犯人は餓えに苦しだ学生で、現在は高槻の大阪医科大でお尻に挿入されたヤマアラシの棘を抜くために入院中です」
学生は帽子を脱ぎ、まるで紳士が挨拶ような振る舞いをし、
「申し遅れましたが、吾輩はリー・ヨンファというもので、学内で起きた事件を調査するサークル団体でして、リプトンミルクティー調査団サークルの代表をしております」
「そんなサークルなんて聞いたこともない」
「非公認サークルですから、ちなみにそちらのお連れの男性も我々はご存じですよ」
リー・ヨンファはわたしのことを知っている口ぶりでケラケラと不気味に笑う。
「わたしのなにを知っているというのだ」
「あなたはマルチバースから来た人間だということや、どうやって来たのか、この事件に関係しているとかなどなど我々は推測と実地の調査で大体は解明しているのです」
なんと彼らはわたしの知っていることや知らないことまで、なにか掴んでいるみたいだ。
「なんだってマルチバースだと! 彼は異世界から来たのではなくて⁉」
荒木は驚くや否やわたしに質問し始めた。
「真田、異世界から来たのではないのか?」
「いや異世界から来たと言われても違いがわからないから、何とも言えん」
「前世で死んでないのか? 神様とか超自然の干渉によって連れてこられたのではないのか?」
荒木の問いに自分がそれらの記憶がない、というより気が付いたらここにいたとしか言えない。
神様みたいな存在とも会っていないし、わたしが来た時にはこの世界の住民であるワコウの手助けで、自分が異世界から来たと理解していたのであった。
いや、もしかしたらその時点から誤認していたのではないだろうか。
先ほどのマルチバースという言葉も気になる。
わたしは、死んだ記憶がない事と誰かに連れてこられたという話をその場にいる皆に伝えた。
すると荒木は頭を抱え、リプトンミルクティー調査団の連中は的中したと言わんばかりに喜んでいる。
「じゃあ、わたしは一体どういう状況か教えて頂けないだろうか? まったく話が読めないのだが」
その答えを気だるそうに言ったのは荒木であった。
「つまりだ。真田君はヤマアラシによって、こっちの世界に迷い込んだということ」
「迷い込んだ?」
「具体的に言いますと、異世界転生ではなく、神隠しに近い現象に巻き込まれたということです」
リー・ヨンファは追記するように話を引き継ぐ。
「異世界転生というのは死んだ人だけが出来る現象。神隠しには、そこに生死は問わない現象ということなのです」
「つまりわたしは死んでない可能性があるということなのか・・・・・・でっ、それが問題でもあるのか?」
「そうですね。一説にはバグが発生して、そちらの世界とこの世界や、その他の世界もろとも消滅することもありえますね。俗にビッグクランチとか」
「そんなことありえるのか?」
「可能性はゼロではない。むしろ、起きない可能性の方が少ないでしょう」
荒木は真っ青な顔をしていた。
「だとしたらヤバいではないか、どうすれば良いんだ」
「ヤマアラシを見つけることがカギであると我々は結論づけております」
「だから、なんでヤマアラシなんだよ⁉ ヤマアラシは関係ないだろ!」
「いいえ、過去にもカンザスシティの少女がヤマアラシに巻き込まれた前例が確認されています」
ヤマアラシに巻き込まれた? なにか引っかかる物言いだな。
「君たちはヤマアラシの所在を知っているのか?」
荒木の問に自慢気にリー・ヨンファは、
「ええ勿論ですとも、我々はそのために貴方がたに接触したのですから。現在、ヤマアラシの位置は嵐山にありです」
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