第二話

「今の君では連邦USSRの革命親衛隊には勝てないよ」


 黒騎士ブラックライダーにそう言われた俺は水風呂に入れられている。ロンドン市内にあるどうってことのない銭湯を黒騎士ブラックライダーが貸切った。


「これで本当にうまくなるのか?」


 水風呂の中で寿司を握り初めて早四時間。暖かい温泉が恋しくなってくる。サウナでもいい。


「テスラは新大陸に来る前、地元でこれやっていたらしいよ」


 合衆国USAで一二を争う高名な寿司師がやっている修行法というなら黙ってやる他ないか。というか黒騎士ブラックライダーは服を着てくれ。俺だって手拭いで局部隠しているんだぞ。

 鎧を脱いだ黒騎士ブラックライダーは案の定女だった。銀色の長髪は麗しく初雪のような白さの表面を持つ。向日葵を思わせるオレンジの瞳は明るい。暇なのかときどき水風呂に入ってくるが、その警戒心の無さって俺がいつでも倒せる程度と思っているからか?


「じゃあ続けるか」

「明日は休憩時間以外ずっとサウナに入ってもらうから今のうちに涼んでね」


 サウナと水風呂を交互に浴びる生活を六日続けると、俺の血中寿司ニウムの保有上限はだいぶ上がっていた。技術テクニックというよりも身体能力フィジカルを強制的に引き上げる訓練だった。技術テクニックは数日でものにならない。


ぎょく、お待ち」


 鎧姿の黒騎士が玉子を出してくれた。

 俺は連邦USSRの寿司師の死体の上で失った寿司ニウムを補充している。

 修行の成果確認として占拠されたロンドン塔に襲撃を仕掛けたのだ。門を突破したところで大勢の寿司師の待ち伏せを受け、全部俺がった。黒騎士ブラックライダーは見ているだけだった。

 今日の天候はロンドンにしては珍しい晴れで絶好の襲撃日和だった。


「旨い」

「でしょー。じゃあ僕はかわや行ってくるから」


 黒騎士ブラックライダーはそう言って、観光客向けのトイレを探す旅に出た。

 一人に戻ったわけだが、俺の体調は万全。革命親衛隊の寿司師相手でも十分握り合えるだろう。

 ホワイトタワーに入り、有象無象の寿司師を撃破し、屋上に上がる。


「活きの良い侵入者が来たと聞いたけど、細長いだけじゃん」


 ホワイトタワーの屋上には犬耳の生えた銀髪ショートカットの少女メスガキが居た。赤い星の制帽を被り、カーキ色の調理服着ているところを見ると連邦USSRの寿司師で間違いないだろう。


「俺が細長いだけか、試してみようぜ」


 俺は両手でそれぞれ寿司を握る。巻きで行く。右手に鉄火巻き。左手に納豆巻き。


「アタシは一級寿司師ライカ。さあアンタも名乗りなさい」


 ライカの小っちゃい掌にはすでに玉子が乗っている。いつの間に握ったんだ。見えなかった。


「無等級寿司師ジャック・W・ガルだ」


 寿司師は最高位である特級から数えて一級、二級、三級がある。上の等級になるほど寿司で実現可能な現象が多いとされている。ここ連合王国ブリテンに等級持ちの寿司師なんてほぼ居ない。だが俺は勝つ。勝ってコイツの脳味噌をぶちまけてやる。


「えっ、マジ?そんなのにうちの寿司師削られたの!?」


 俺が無等級の三下ザコと知り、驚いてやがる隙を突く。

 左手の納豆巻きを投げつけ、右手の鉄火巻きを両手で保持し間合いを詰める。


「なかなかの業前ワザマエ!これはアタシも本気出さなきゃね!」

 

 ライカが納豆巻きを事もなげに完食する。これは想定内だ。俺の技量じゃあ一貫満腹は狙えない。だがあれはなんだ?ライカの掌の玉子が回転している!?


回転レボリューション極寒の玉子アークティク・エッグス


 空間が何かに浸食され、変貌する。黒一色の空間。地面は巨大なフライパンに変わり、ライカは宙に浮いている。


「そうね。アンタはしっかり両面焼いて上げる」


 フライパンは高熱を発し、俺は焼かれる。タダで死ねるか。お前も道連れだ。

 鉄火巻きを握り直す。寿司ニウムを鉄火巻きに集中する。一貫入魂。

 

「無駄よ。分かってないわね」


 ライカは俺の鉄火巻きを奪い取り、何ということもなく食べきった。並みの寿司師なら頭が吹き飛ぶ量の寿司ニウムを握ったはずなのに。


ぎょく、お待ち」


 そして玉子が飛んでくる。

 黒騎士ブラックライダーの玉子ほど美味しくないが、そこそこ旨い。舌が肥えてしまったか?


回転レボリューションってけっこう寿司ニウムを使うからさあ、ちょっとやそっと寿司を食べても死なないのよ」

 

 ライカがのたまう理屈から推測すると、つまりはこの空間を発生させるために寿司ニウムを消費している。その消費分だけ致死量が遠ざかっているというわけか。

 全身が燃えてきた。万事休すだな。この状況で俺は寿司を握れるのか。

 いや握る。


「山わさび巻きッ!!」

「辛ッ!!」


 寿司ニウムによる爆発死が狙えないなら、山わさびで感覚器官を攻撃し、できた隙で普通に殺す。寿司を喉につめて窒息死を狙う。

 だがしかしそんな簡単な話じゃない。フライパンが動き、俺を宙に飛ばす。頭から焼き殺すつもりか?


「ゴホゴホ!!だけどここは!ゴホッ!アタシの回転レボリューションの中!!アンタは!!ゴホゴホ!!フライパンの上!!」


 俺はフライパンから飛ばされ、落下しまた飛ばされる。態勢を立て直す暇もない。けっこうむせているようだが、フライパンの動きは激しい。少しでも受け方をミスると首の骨が折れて死ぬ。


「あれ?けっこう押されている?」


 宙に亀裂が入り黒騎士ブラックライダーがこの空間に入ってきた。

 ライカの注意が黒騎士ブラックライダーに向く。俺はフライパンの上で態勢を立て直す。フライパンに跳ね上げられると合わせ跳躍し、ライカに組み付く。

 

「死ね」


 山ほどワサビを塗ったシャリ玉を口いっぱいに詰める。

 そのちっせえ体格からは有り得ない腕力で吹き飛ばされる。フライパンの上に逆戻りになった。だが、フライパンも空間も霞んでいく。

 元の空間、ホワイトタワーの屋上に戻った。


「時間切れだね」


 黒騎士ブラックライダーは宙を仰ぎ、そう言った。空に何かあるのか?


「まだまだ俺は元気一杯だぜ!!」


 焼かれたり、フライパンの上で転がされたがまだ戦える。えづいているライカにゆっくりと近寄る。もう立って歩くだけでもかなり根性がいる。視界も揺れている。

 空が光って俺とライカの間に何かが落ちてきた。


「ここは引くぞ、ライカ」


 赤い宇宙服に身を包んだ奴がやって来た。なんだ?相手の寿司ニウムが感じられない。俺の寿司ニウム感知は大して感度がないが、この距離で感じられないことがあるか?


「ゴホゴホ!!ゴホ!ゴホッ!……ここから勝ちます!まだ戦わせてください!」


 ライカも強がりを言っているが、たぶん俺がこのまま寿司を食わせ続ければ殺せる。宇宙服の奴はライカの強がりを無視する。


「僕は追撃する気ないから帰っていいよ、赤騎士レッドライダー


 黒騎士ブラックライダーは突然現れた宇宙服の奴に親しげに話しかけている。


「俺は……スタァリンだ。お前だって今は黒騎士ブラックライダーだろう」


 スタァリンはライカを抱えて飛んで行った。

 俺の意識はそこで途絶えた。





 

 




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