ハイパー・ハイブリッド・ニギリ

筆開紙閉

第一話 

「一級寿司師ラスプーチン……」

「一級寿司師エレイン」

 白い仮面を被った男と母がお互いに寿司を握り合った。

 白い仮面の男の頭が爆発し、続いて母の頭が爆発した。血の繋がりはねえが俺に包丁と寿司の握り方を教えてくれた人だ。その母が、知らん野郎の寿司で脳味噌を吹き飛ばされたのだ。

 連邦USSRの所属を表す赤い星の徽章が付いた制帽を被った男三人組が、突然店にやって来て母に無理矢理寿司を食わせた。母の寿司で一人は始末されたが、まだ二人残っている。

 母の脳漿と血が俺の顔を真っ赤に染めた。

 俺は寿司を握る。目の前の男たちを殺すために。


「次はお前だ」


 ハゲの方が俺に寿司を投げてくる。人間は反射的に寿司を向けられると食べてしまう。俺は寿司を食う。今まで食べてきた寿司で一番美味かった。凍ってシャキシャキとしたネタの味わいとやはりこれも冷え切ったシャリの味わいは今までに食べたことがない。

 だが、ここで寿司の旨さで脳を吹っ飛ばされるわけにはいかない。

 自分の舌を嚙む。自傷し血中寿司ニウム濃度を下げる。


「血の味で寿司の味がわかんねえな」


 身体が自動的に寿司を握る。ネタとシャリを合体させる。

 寿司を投げる。寿司を投げられる。寿司を投げる。

 何度も寿司を食わせ合い、最後に俺だけが立っていた。


 

 

 ロンドンは今日も酸性雨だった。そのしけた街中を返り血やらで赤く染まった調理服の俺が駆ける。俺は連邦USSRの寿司師どもにキツい寿司を食わせなきゃなんねえ。

 連邦USSRの寿司師は俺よりも寿司の訓練を積んでいたがそれだけだった。握り合いは気合と根性で相手の寿司を耐えて、相手の脳が爆発するまで寿司を食わせればいい。

 しかし血を流し過ぎたし、服が血を吸い過ぎて重い。

 一度店に戻るか。重い身体を翻す。

 ロンドンの陰気臭い路地裏で俺は奴と出会った。


「やあ。随分と暴れたね」


 中世から時間旅行タイムスリップしてきたような黒い甲冑姿の長身が、俺に話しかけてきた。声の高さ的に女か?


「誰だてめえ」


 直ぐにでも寿司を投げることのできる姿勢で相手の名前を尋ねる。連邦USSRの連中がいくら馬鹿どもでも、ここまで馬鹿みたいな格好はしていない。


「名前を尋ねるなら君から名乗るべきだ」

「俺はジャック。名乗ったぞ。お前も名乗れ」

「僕は黒騎士ブラックライダー。一緒に連合王国ブリテンから連邦USSRを駆逐しようじゃないか」


 黒騎士ブラックライダーは何も握ってねえ掌を俺に差し出してくる。寿司を握ってはいねえし敵意は無さそうだ。そして相手を見ていると何か懐かしい気持ちになる。これが初対面のはずだが、ずっと昔から一緒に居たような気がしてくる。なんだこの感覚は。


「俺は誰ともつるむつもりはねえよ」


 俺は背を向ける。俺の復讐は俺だけでやる。


「つれないねえ。その程度の技量じゃあ早晩くたばると思うんだけど?僕とつるむ方が賢くないかい?」


 黒騎士ブラックライダーが俺を挑発してくる。当然乗る。馬鹿にしてきた奴には口一杯にワサビを突っ込んでやれというのがウチの教えだ。


「鉄火――」


 多めのわさびを鉄火巻きに中に包み、投槍の要領で投げる。

 黒騎士ブラックライダーヘルムの顔面部分が跳ね上がり、現れた口が鉄火巻きを頬張る。


ぎょく


 玉子を投げつけられた。すっかり慣れた自傷で寿司ニウムを血液ごと排出する。

 母も玉子をよく作ってくれたものだが、この玉子は甘味控えめで塩分が強いな。

 味の分析に思考を奪われていると黒騎士ブラックライダーが間合いを詰めてきた。寿司の間合いよりずっと近い。投げずとも寿司が届く距離だ。黒騎士ブラックライダーの籠手が顎を擦り、脳を揺さぶられた。俺は倒れる。


「君は寿司をもっと知るべきだ」


 俺の意識が薄れる前に黒騎士ブラックライダーは偉そうなことを言っていた。

 寿司を知るべきだ?誰も寿司が何処から来て何処に行くべきか知らないだろ。俺たちは皆、手探りで寿司を握っているだけだ。




 

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