9.約束の懐中時計

 それから数日後、シェズの「時計と魔法具専門の修理屋」がオープンした。

 開店前から帝都の人々の目に留まっており、やっと開店した事で多くの人々が修理を依頼しにきた。



 多くの人々の依頼は意外にも当日に終わるモノだった。

 シェズにとって修理が簡単なモノばかりだった。一から直す事もあったが部品が揃ってたのですぐに修理が出来たとか…とにかく順調だった。


 そんなある日、シェズの元に一人の老人が訪れた。



「此処か、得たいの知れぬ修理屋とは」


「看板を見たか爺さん?此処は時計と魔法具専門の修理屋だぞ?」


「フンッ、何が修理屋だ。皆してに騙されおって」


「何?…」


「バレぬと思ったか?ワシはお前のような胡散臭い修理士を知っている。ヤツと同じモノを感じた」


「…師を知ってるみたいだな」


「フンッ」



 機械と時計の魔女ウィアを知ってる老人…一体何者だ。

 一目でシェズを魔女と見抜いた男性は上着のポケットから古びた懐中時計を取り出して渡した。



「あやつは煩く面倒ヤツじゃった、腹いせなのか知らんがヤツはコレを残して去りおった」


「…」



 男が見せたのは…破片はしてるが動いてる今にも止まりそうな懐中時計だった。

 かなり年季のあるモノだが、使われてる素材はガルダクスをはじめとしたその辺で採れる素材ばかり…。

 直せと言われたらすぐに直せるだろう、しかし依頼ではなく、ただ見せただけのようなので一通り見た後男に懐中時計を返した。彼は受け取ると口を開いた。



「あやつが弟子を取るとはな…胡散臭さも引き継いだとはな」


「機械と時計の魔女ウィアを知ってるのか?」


「ウィアか…ワシの前では『ウィリゼルア』と名乗っていたな」


「…(ウィリゼルア…ウィアの偽名か)爺さん、悪いが私は胡散臭いことは一切してない。

 素材は全て品質の良いものを自分で選んで採掘してる。今直せと言われたらすぐに直せる、素材も部品もあるからな」


「フンッ 魔女風情が修理士の真似事を」


「フム、どうすればあんたを納得させられるかな?」



 お互い睨みながら探り合う…幸いなのはこの老人がクレーマーでない所だ。



「私が魔女なのは確かだ。だがな、生憎人様を虐げる趣味はないし、世間に身を明かすつもりも無い。爺さんは何が気に入らないんだ?」


「魔女風情が…」


ウィアと激しい殴り合いでもしたのか、なら矢先が弟子の私に向けられても仕方がない。

(話し合いでもダメ、この爺さんが気に入らないのは魔女が修理屋を開いてる事だ。

 だからと言って大人しく店を畳むつもりはない。

 この爺さんを納得させらる方法は何だ?探り合い・話し合いは無駄、魔法術を披露するのも違う。見せしめに修理を見せるのも違う…

 完全に詰んだ…どうする?)」



 魔女だとバレたから変に人間を演じる必要はない、だが耳飾りを外したら店を壊し、老人の命も奪う可能性がある… 

 この老人はウィリゼルアことウィアを知ってるから…



「(そうか、ウィアと同じ事をすれば良いのか)

 爺さんはウィリゼルアが何の魔女か知ってるか?」


「!!」



 シェズは自分の手元にあったウィアの懐中時計を取り出した。

 彼女の金色の瞳が一瞬だけ光った直後、懐中時計が宙に浮き金色の光りが懐中時計に集まりだした。


 小さな歯車やネジが魔力と共に懐中時計の周りをゆっくり飛んでる…

 ウィアも金色の魔法を使っていた、これが出来るのは機械と時計の魔女と弟子の歯車の魔女だけだ。



「こ、これは…」



 老人は先程までの威勢を失くし、驚いた表情でシェズを見た。



「私は『歯車の魔女』シェズ=アルスディア 

 機械と時計の魔女ウィア、あんたがよく衝突していた相手ウィリゼルアの弟子だ」


「!!」


「魔女風情が修理士をしてるのが気に入らないのはわかる。本物の時計職人や修理士の真似事をしてるに過ぎないからな、でも機械と時計の魔女ウィアも真似事だったが一人の職人だ。

 魔女だからと言って差別するのは構わないが、お前一人が差別を理由にいちゃもんを付けても、こちらは真似事でも人々に認められて店を利用してもらってる」


「っ……」


 

 魔女の魔法術を目にして尻餅をついた老人、それでもシェズは止まらない…今度は金色の魔力を老人に向けたのだ。



「ひッ!」


「何が気に入らない?何が気に食わない?何がお前を認めさせない? 

 いい加減コチラも探り合いに疲れた。さっさと答えろ」


「わ、悪かった!悪かった!話す!全て!」



 これが最強魔女の圧と拷問か…恐ろしい…

 …その前にウィアがこんな事をしていたとは…まぁやりそうだな…



 土下座して床に頭を何度もつける老人、老人の返事を聞いたシェズはすぐに魔法術を止めて椅子に座らせコーヒーを出した。



「悪かった…ワシは…」


「魔女狩り戯れ言でも言われたか」


「!!」


「爺さんが単なる魔女差別をする人間には思えなかった、何かと「魔女が修理士をしてるのが気に食わない」ばかりだったからな」


「……」


「先程の怯える様子からも、師に同じような説教をされた事があったのだろう。何も言おうとしなかったから同じ事をさせてもらった。

 言っただろ、私は人様を虐げる趣味はないと」


「う、うむ…」


「名前は?」



 老人はゆっくりとシェズを見て口を開いた。



「『ウォルドレ・カザール』、この近くにある時計屋『ウォルドレクロック』の店主をしている」


「ウォルドレクロック…帝都で最も名の知られてる時計屋か」


「うむ…」



 彼はゆっくりと口を開き、ウィアと何があったのかを話した。



「ワシとお主の師ウィリゼルアはライバルだった。同じ時計を触る者として会うたびに睨みあっていた…。

 当時のワシは既に結婚していたからウィリゼルアに想いを寄せる事とかは一切無かったが…良きライバル…友人だったのだが…魔女狩りが彼女を捕まえようとしたのだ。

 ワシはその時初めて彼女が魔女だっと知った…裏切られたよりも驚きの方が大きかった。


 ワシと妻は彼女を逃がそうとしたが、魔女狩りに唆されて…彼女を裏切ってしまった。

 当時のワシと妻には借金があり、大金を与えるから魔女の居場所を教えろと言われ…話してしまった」


「なるほど…続けて」


「魔女狩りに居場所を教え、そこに行った時には既に彼女の姿は無かった。あったのはこの古びた懐中時計だけだった…。

 確かにウィリゼルアはそこに居た、魔女狩りは捕まえられなかったが情報を提供したとして大金を受け取った…。


 それから何十年も経った今でも、ワシは彼女を忘れられなかった。

 そんな時お主がやって来た…


 店の様子もウィリゼルアの店と瓜二つ、最初は彼女が帰ってきたと思ったが違った。しかしお主も魔女だった。


 ワシはお主に此処を離れて欲しかった…また魔女狩りに捕まるかも知れぬから…」


「そう言うことか…だから魔女が修理士の真似事をしてるが気に入らないと言っていたのか。魔女狩りに捕まるかも知れないから逃げろと言う意味だったんだな」


「すまなかった…」


「気にしてない、しかし師の友人か…一度も聞かされた事無かったが…

 あぁ…あのやけに他人事な話だなと思っていた話、あれは爺さんの事を言っていたのか」



『アタシはある国で時計の修理屋をしていた。そしたら近くに有名な時計屋があると知ってな、あっちの店主がアタシをライバル視してきてな、面倒かったから相手してやった。

 まぁ、それなりに良い関係を築けたから良かった。でもな、ある日消えた。何処行ったのか訪ねても誰も知らないと答えたんだ』


『何故追いかけなかったんです?』


『相手は普通の人間だ。多分寿命で逝ったんだろ』


『……』



「(死んでも消えた訳でもない、ウォルドレは生きてる。

 ウィアは幼い私に魔女狩りの事を話したくなかったんだろ、話すにはまだ早い内容だしな…)

 消えたのはウォルドレではなく師だった、魔女なら上手く逃げる事も出来た。だが師はあえてそれを残したんだろ…

 何年前の事は聞かないが、師は無事だ。今も元気だろう」


「だろう?」


「私は力が強くてな、恐ろしいあまり暮らしてた場所を追い出されたんだ」


「魔女の里か…そこに彼女は居るんだな…良かった」


「……」



 ウィリゼルアことウィアをが無事だと知ったウォルドレは静かに笑った。友人ライバルの安否を知れて安心したんだろう。



 ウォルドレは再び懐中時計を取り出した。

 シェズも再び受け取ると…先程まで気付けなかった金色のオーラが僅かに見えた。


 やはりコレはウィアの(普通の)懐中時計だ。


 名前が刻まれてる訳でもないが、恐らくウィアが命を落としたら時計は動くのを止め、オーラも消えて…完全に死を表していただろう。

 年季があるのか音は静かだが動いてる、それはウィアが何処にあるかわからない…遠い場所魔女の里に居るからなのだろう…。



「何故此処に魔女が居るとわかった」


「その時計が光ったからだ。先程お主が見せた金色の魔法術と同じようなモノが時計から出ていた。

 だからウィリゼルアが戻ってきたのかとおもったが、居たのは弟子だった」


「…なるほど、腹いせなんかじゃないよ爺さん、これは約束だ。『いつかまた会おう』って意味のな」


「!!…」


「今は静かでも、師が現れたら秒針の音がハッキリ聞こえるくらい大きくなるだろう、壊さぬように」


「そうか…ありがとう」



 ウィアの時計が簡単に壊れる訳がない、今はまだ修理する必要はない。

 ウォルドレに時計を返し、背を向けようとした時だった。



「もし、時計が壊れたら修理を頼んでも良いか?」


「時計屋で修理はしてないのか?」


「してるが、お主に頼みたい」


「クレームが来たらどうする?」


「そこは心配するな、ワシが何とかする」


「…まぁ構わないが」


「では頼んだぞ」


「あぁ…」



 意味深な発言をしてウォルドレは帰っていった。

 残されたシェズは呆然としていたが、彼の後に入ってきた客の声で我に返ったのだった。



「すみません~ 修理をお願いしたいのですが」


「!! これに記入を」



 それから数日後、ウォルドレクロックの壁に修理は『魔法具と時計専門の修理屋』でとか…シェズの店を紹介する貼り紙が貼られていたのだった。

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