5.修理完了 

 翌日、シェズは【西エリア】を訪れていた。

 不動産屋で物件を聞いて良い建物を見つけ、話をつけた。

 そもそも彼女は各地を転々とする事を前提にしてる、同じ所にずっと居る訳でも無いので建物の契約は基本短期。

 そのおかげでかかる費用も他の店に比べて少なくて良い。工事も不要、機械も自分で持ってる、彼女に必要なのは店となる建物のみだ。



 アッシュロードの依頼完了まで1週間をきった、最後の希少素材は西エリアの隅にある廃鉱山の中だ。


 ちなみに、クリスティナに鑑定してもらったアッシュロードは切っ掛けをくれた2人の青年冒険者に報告した。

 話を聞いた2人は驚きながらも納得した反応を見せたらしい。


 クリスティナも格闘家の冒険者として順調らしい、望んでいた刺激ある世界に満足してて良かった。元聖女と言っても誰も信じない、良い意味で聖女の面影は何処にも無かった。


 2人は冒険者、自分は修理士、冒険者ではないので常に一緒には居る必要は無い。

 アッシュロードとクリスティナもペアを組んでる訳でもパーティーを組んでる訳でも無い。

 アッシュロードはこれまで通り基本ソロの同行者型冒険者、クリスティナはソロ専の冒険者になって大変だが自由な生活してる。



 久々の一人行動、黒いツルハシを担いで廃鉱山の中に入って最後の希少素材【エウリュメス】を採掘した。



 ★エウリュメス

 魔法具 普通の時計、懐中時計の【装飾・加工】に使われる鉱石。部品は作れない(これ重要)

 通称『竜の涙』、本物のドラゴンから採れる涙ではなく、元から雫の形をしていて花のような殻に入ってる。色は水色、元から磨かれた宝石のように美しく、少し研磨するだけで最高の輝きを持つほど…


 意外にも打撃や衝突、研磨には強いが熱に弱い、溶かすと透明な液体となって艶出し、浸けたモノの透明度を増やす。

 歯車、ネジの部品をソレに浸けるとダメになるので注意

 主に両面、チェーン、部品以外の部分の加工に使われる。

 溶かしたのを固めると透明な塊になって、加工すると透明は板も作れる。

 塊、液体どちらにも優れてる鉱石

 


 フランティスアのようにその環境で生き残るための防御壁を作り出し、花の形をした殻の中に大きな5粒程鉱石が入ってる。


 手の平に乗るくらいそれなりに大きい、元から雫の形をしており、採掘前の宝石よりも全然大きいほうだ。


 こちらも殻が硬くは採掘は少々難しい。シェズのツルハシのような頑丈なモノで無いと道具が先に逝く。

 


 鉱山を進み、お目当ての物を見つけてツルハシで殻を破壊した。

 中から透き通った雫型の鉱石【エウリュメス】が出てきた。そこそこ大きく良い感じだ。


 この鉱山には魔物があまり居ないようだ、これなら誰にも邪魔されずに採れる。



 今の所、アッシュロードの懐中時計を直す為の希少素材の内、コレが採れるのは西エリアの此処のみ。探せばあちこちにあるはずだ、意外にもカジャ石やガルダクスのようにあちこちにあるタイプの鉱石、様々な希少素材の中では入手がかなり簡単な方だが、見つけた後が大変…体力と道具が先に逝くから…


 また、魔法攻撃で採掘しようとしても、殻が魔法を受けても中の鉱石がダメになり…武器もダメになる…特に…炎属性の攻撃なんてしたら中の鉱石が液体になってしまう…液体になってしまったら採取が困難になる…



 数時間後、大量に採れて満足した彼女は外に出ずに異空間のアトリエに戻った。


 シェズが一度訪れた所ならアトリエから直通出来る。アトリエからこの廃鉱山にすぐ来ることが出来ると言う事だ。



 アトリエに戻って別の作業場に入った。

 フラスコやビーカー等の理系道具がそれぞれのテーブルの上に置かれていた。

 彼女がそっと右手を横に動かすと、魔法を唱えた訳でも無いのに理系道具が勝手に動し液体を作り出した。

 水を沸かしたり、液体金属や加工液を作ったり、更には金属や素材を粉末にしたり切断したりと細かい作業を行った。ネジや時計の針、細かい部品、更には染色液も…シェズの修理が早い理由がわかった。

 シェズが本当に手作業でやるのは歯車と装飾作りと組み立て、修理だけ、全て手作業でやってたら時間が足りない。

 これもウィアの教えだ、細かい部品や使用する加工液とかは魔法術で行い、道具達に作らせる。

 自分の手で作るのは歯車と装飾作り、そして組み立てと修理だけだと。


 無詠唱で道具を操るなど天才でも難しい、それぞれのテーブルで行われてる作業も全部違う、艶出し用の加工液を作るテーブル、紅玉石を溶かすテーブル、染色液、ネジ、その他の部品等…全て同時進行で違う物を作らせてる…。

 素材が無くなると倉庫に取りに行き、道具が壊れたら新しいのを持ってくるなど、透明人間が居るのではないかと疑ってしまう程…人の動きのように見えるし…動きに無駄も無かった。



 それを見ている間に、アッシュロードの懐中時計の修理が終わりそうだった。


 希少素材を使った歯車と部品を組み合わして、中の修理を完了させ、身代わり石こと【ミトラフィア】の装飾を同じ部位に飾り、全体の艶出し、傷の確認、時計の動き、ボタンが正常に動くか確認し、問題無ければ黄金のチェーンを通して修理完了。


 ピンセットと拡大レンズ等、様々な道具を使って行うシェズの修理作業…まさに職人、魔女とは思えない…



 後は箱に入れて依頼人に届けるだけ、未知の地だったのでギリギリだったが、何とか予定通りに終わった。



「はぁ…何とか終わったな。

 しかし、身代わり石を使った懐中時計か…まるでこうなる事がわかってたみたいだな、魔法具では無いのに、アッシュロードの物理ダメージ、精神ダメージのどちらも身代わり石が使われた懐中時計が受けていたか。

 彼が落として踏んだ事で派手に壊れたみたいだが、本来ならあり得ない傷もいくつか有ったから辻褄つじつまが合うな…。


 ただの装飾ではなく、歯車やネジ、粉末にして光沢として全体に付け、内からでも外からでも彼のダメージを受け、彼を守ってきた…これを与えた人物も、作った者も凄いな…」



 しかし…それは同時にアッシュロードがかつての仲間であるグラン、ミラ、リリィーから嫌がらせを受けていたと言う事にもなる…。


 以前子猫になって話を聞いた時、結成時は不仲ではなかったが、しばらく経った後から変わってきたと…


 顔や弱さを馬鹿にされてきた…精神ダメージだけでなく、撲る蹴るなどの物理的な暴力も受けていたのかもしれない。

 彼はそんな事一言も言ってなかった、彼のパーティーには格闘家が居なかったから…グランの暴力、女性2人の魔法攻撃による…嫌がらせを受けていたのだろう。


 何も知らない子猫(魔女)に言えなかった…言わなかったのかもしれない…



 いくつかの歯車が真っ二つに割れてたり、ネジが折れてたり、更には歯車が粉々になってたりと…落としただけじゃ絶対にならない壊れ方をしていた…


 これは…少し話さないといけない…


 …修理が終わったのに…何故か嫌な予感がする…


 何も起きなければ良いが…



 ★☆★☆


 遠い何処かにて…



「クソッ!何やってんだよ!!そのクソザコ魔法、全然魔物に当たってねぇじゃねぇか!それでも魔法使いかよ!!」


「アタシだってわからないわよ!急に命中率下がったんだから!アンタだって!何よそのへなちょこ剣術!」


「なんだと!」


「煩い!!静かにしてよ!!」



 …左肩に赤い紋章が刻まれている青年と杖を持つ二人の女性が口論していた…。


 アッシュロードを追放した勇者パーティーだ…


 かつて彼らは魔王城目前まで来ていたが、アッシュロードが抜けた事によって…城よりも手前の魔物の砦で苦戦していた…。

 何とか中の魔物を倒せたは良いものの、命中率、攻撃力…全能力の低下に苦しめられていた…。



 【革命の戦旗】…アッシュロードの持つ最強のサポート能力が有ったから彼は城の前まで来れたんだ。

 しかしその最強サポート能力が無い今…彼らは魔王に勝つことも…魔王の部下に勝つことすら出来ない…出来ても雑魚だけ…


 雑魚の魔物相手にこの有り様…アッシュロード様さまだ…

 彼にどれだけ救われていた事か…それもわからずに追放したとは…自業自得だ。


 近くに宿屋が有るはずもなく、野宿が続いており、不安が怒りとなって仲間に当たり散らしている…


 サンドバッグでもあったアッシュロードが居なくなったので…それぞれのイライラはそれぞれに…


 当然連携も取れず、囮作戦を行えば罵倒し合い、協力すら出来なかった。



 勇者の素質があると紋章に判断されたグランの肩から…勇者の紋章が今にも消えそうになっていた……。


 数日後…

 結局彼らは魔王城に行けず、ラナリア帝国の帝都【東エリア】に戻ってきたのだった…

 …その頃には…グランの左肩には勇者の紋章は無かった。

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