4.子猫と“追放された勇者”

 翌日、今日は子猫になって帝都を徘徊していた。時刻は昼前 人で賑わう場所は情報が集まりやすい。

 酒場の近くにやって来て聴力を強化して役に立ちそうな情報を集めた。


 …そんな時だった。



「こんなのあんまりだぁぁ!!」


「みゃっ!?」



 壁越しに聞いていたが…耳が殺られそうになった…どうやら泣きながら大声をあげてる男の声だ。


 そぉ~と窓から覗くと…床に伏して大泣きする青年冒険者の姿があった。周りの人々は気の毒そうな顔をしたり、慰めるような言葉をかけていた。



「うぁぁぁ!オレが弱いのは自分でもわかってるのによぉぉ!あんなに言う事ねぇじゃねぇかよぉぉお!」


「みゃ~…(なんだあの男は、見た感じから冒険者みたいだが、そこらの冒険者よりも装備が豪華だな)」


「まぁまぁ、泣くなよ兄ちゃん。よく耐えたな」


「そうよ『アッシュ』様、あんたみたいな優しさの塊ななんて滅多にいないわよ」


「でもよぉぉ!うぉぉぉ!」



 どうやら…流行りのパーティー追放を受けた冒険者みたいだ。

 しかし流行りと違うのは追放されたのが【勇者】という事…そんなパーティー追放あるか?



 泣きじゃくる勇者アッシュはガタイの良い男に支えながら椅子に座った。

 悔し涙をなのか嬉し泣きなのかわからないが…泣きながら口を開いた。



「やっとなんだよぉ…オレ勇者なのにくそ弱くて…でも魔王の城まで生きていけたから良かったけどよぉ…」


「おう」


「でも魔法使いの『ミラ』が怪我しちまったから一回引こうって言って此処に来たんだけどよ…うぅ…」


「あら~優しわね」


「それが昨日の事で、ミラも元気になったから今日また魔王の城に行こうって話になった時に、『グラン』にお前弱くて邪魔だって言われちまって…」


「まぁ…」


「でも一瞬グランの嫌がらせから解放出来るって心で喜んでた時にミラと賢者の『リリィー』にキモいって言われてよぉ…うぅ…勇者を追放する勇者パーティーなんて聞いたことねぇよぉ~」


「うわっ……」


 女子の罵倒、そこから元仲間の罵倒をもろに食らって心に傷を被ったようだ。



「みゃ~(勇者が勇者パーティーから追放されたのか…仲間を気遣える時点で良い人なのは確かだが…その気遣いを無視して罵倒するなんて…むしろ解放されて良かったんじゃ…)」



「とにかく飲みな、今日は解放祝いだ。アンタの活躍は耳にしてるよ。もう仲間の嫌がらせに苦しむ事はねぇんだ」


「おぅ…うぅ」


「あんたは良い男だよ、また良い仲間に恵まれるよ。ほらお食べ」


「うぅ…」


 テーブルには料理が並べられ、泣きながら食べるアッシュだった。

 アッシュが善人だったから周りが良い人達なのだろう。


 その光景を見ていた子猫のシェズは静かに立ち去った。


 ☆★☆★☆


「わぁ~猫ちゃん!」


「みゃっ!?」


「まぁ可愛いわねぇ、子猫かな?」


「ママお家に連れてっちゃだめ?」


「可愛いけどダメよ~バイバイしようね」


「うぅ~バイバイ猫ちゃん」


「みゃ~」



 母親と子供に撫でられ、親子は笑顔で去っていった。子猫になってるとよくある出来事だ。

 スッとベンチに登って丸まった。


 時刻は夕方前 かなりの時間が過ぎた。

 そんな時、見覚えのある男が隣に座った。

 昼間のアッシュだ、しかし身に付けてる装備が一つも無かった。ラフな格好をしており、どこか落ち着いた様子だった。


 先程まで頭の装備でわかりにくかったが、顔がかなり整ってる、赤茶色の髪に緑の瞳…これはモテるだろう。



「…なんか装備を売ったらスゲー楽になったなぁ…。勇者アッシュから『アッシュロード』に戻れたんだな…実感が無いけど…本当に解放されたんだな」


「……」


 独り言のようだが…隣には子猫に化けた魔女が居る、がっつり他人に聞かれてしまってる事に彼は気付かない。


 しばらく彼の独り言が続いたが…ようやく隣に何か居ることに気付いたのだった。



「ん?…はっ!?子猫!?」


「みゃ~」


「うわ~子猫に色々聞かれちまった。何時からだ~このやろう~」


「んみゃぁぁ(離せ~)」



 猫相手にかなり手慣れてる…猫が好きなのか?

 激しいスキンシップだが優しい声で猫と戯れる勇者アッシュこと『アッシュロード』だった。



「んみゃぁぁ!(やめろぉ~)」


「可愛いな~」



 そりゃあ可愛いさ、何せ魔女が化けた魅惑の子猫なのだから。全てが計算されてる借りの姿だ…これで正体を現したらアッシュロードが気絶するだろう。


 時々あるのだ、先程の子供が寄ってくるように、猫好きな大人に激しく撫でられる事が…。



「はぁ…この際子猫でも良いや。


 聞いてくれよ~ パーティー結成時は不仲じゃなかったんだ。同じ村の生まれでな、オレに勇者の紋章が手に出たんだ。神殿の人間が来てオレを勇者の一人だと言ったんだ。

 そこから早くてな、グランは双剣使い、リリィーは女賢者、ミラは魔法使いになってパーティーを結成して魔王討伐の旅に出たんだ。今思うと結構バランス悪いな…剣士二人と魔法使いと賢者…格闘家がいるべきだったんじゃ…まぁ、もう終わった事だし良いか。


 で、それが5年前くらい前でな~ 此処からかなり離れた場所から来たから結構時間がかかっちゃったから、オレらの力に差が出来ちまったんだ。オレなりに頑張ってたんだけど、グランはめちゃくちゃ強くてめっちゃモテたんだ。

 オレは普通の顔だからリリィーとミラからも馬鹿にされてたんだ。

 ほら、おとぎ話や伝説の勇者ってイケメンじゃん?オレとは大違い…

 顔も強さも完璧なグランを勇者だと思ってる人も多くてなぁ~ はぁ…


 差が出来た頃からグラン達は変わっちまった…いや、オレが変わっちまったんだ。アイツらは強いのにオレはクソザコ勇者…気付いた時には勇者の紋章も消えてた…。

 何処に行ったと思う?グランの左肩に有ったんだ。

 勇者の紋章は勇者の素質を持つ人材に宿るから、途中で消えて別の人間に浮かび上がる事も結構あるんだ。

 オレは勇者に相応しく無い人間になっちまったんだ…それがつい最近の事、そして今日…元勇者が追放された…。まぁアイツらなら魔王を倒せるだろ…」


「みゃぁ(大変だったなぁ…お疲れ様)」


「はぁ…また1からやってくか、これでも元勇者の冒険者だし。頑張るか、じゃあな~」


「んみゃぁぁ!(もうやめろぉー)」



 色々吐き出してスッキリしたアッシュロードは満足した様子で離れて行った。

 激しいスキンシップに疲れ果てた子猫のシェズだった…。



 ★☆★☆★


sombra酸化防止加工



 アトリエに戻ったシェズは紅玉石を粉末にして金色の染色液にしていた。

 溶けて液体になったモノを瓶に移し、温度装置に入れ適切な温度に設定して保存した。


 紅玉石の液体が錆びる事はないが、このひと手間が長持ちに繋がる。

 紅玉石は赤い鉱石だが研磨しても宝石にもイミテーションにもならない。

 これが金色の液体金属になると知ってるのはプロの職人だけだ。

 紅玉石は見た目は赤い鉱石、しかし削って粉末にし、普通の水と火で溶かして液体にすると不思議な事に金、金箔以上の輝きを持つ金色になる…原因は未だに判明していない。



 この鉱石に限らず、シェズが素材から歯車や部品を作る時は必ず粉砕から始まり、研磨、液体化をし固める工程が入る。

 それが丈夫な部品を生み出す工夫なのだ…



「ちょっとずつ集まってきてる…でも店を開くには全然足らない、必要不可欠なモノが無い…次は歯車の素材だな。紅玉石は十分あるからしばらくは良いな。えっと、普通の懐中時計と時計に使える『ガルダクス』は…専用の鉱山がない、この地の岩肌のあちこちにあるくらい珍しくもない鉱石だから…結構大変だな」


 そう呟きながら地図に印を付け、特殊な採掘道具を整備して就寝した。



 ☆ガルダクス

 主に普通の時計、懐中時計に使われる歯車の素材  銀、銀鉱石と同じ種類にあたる。

 頑丈で壊れにくいが、歯車にするまでが大変

 珍しい鉱石でもないので、あちこちに自然生成する。主に洞窟や地上の岩肌にもある。どういう原理なのか不明だが、この日採掘しても翌日には復活している…謎が包まれてる。

 どこでも採掘出来るので金額も安く、簡単に手に入るが…商人が取り扱ってるのは傷物など…品質の良いモノは採掘したほうが早い。

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