33話 見えない執着の悪夢。金の闇と翠玉の魔力

「見つけた」


「俺とあなたは繋がっているよ」



 あれから、言葉通りに繰り返し見せられる夢。


 沸き起こる不安は止まることなく、

 意識下も無意識下でも侵食してくる。


 気を抜いたら金の視線を感じる日々に徐々に憔悴しょうすいしていく。

 私は眠るのが怖くなった。


 夢に囚われて帰ってこられない様な、そんな気がしてならないのだ。



 仕事や事後処理あとしまつに追われるカナタとリュートは忙しい。

 ミズキさんと面会の段取りの都合もあるのだろう。


 私に構う暇はない。

 心配かけたくない。


 帰宅する暇がないくらいに忙しい時間の合間を縫って、カナタは私に会いにきてくれる。


 カナタは確実に思うところがある素振りをするが、私はそれを否定する。


「なんでもないよ」と無理にでも笑って平静を装っていた。


 誰か知らぬ声に粘着される恐ろしさ。

 私自身が妄執もうしゅうに取りかれ、狂っただけなのか境界がわからない。


 本当はそばにいてほしい。

 全部打ち明けてしまいたい。


(でも、できない。)

(落ち着くまでは、無理は言えない)


 自分の心は自覚しているのに答えを出さず

 ただ居心地の良い場に身を置いて。


 曖昧なままでいる私を許し甘やかす彼に

 これ以上のワガママは言えない。


(いつかは消える)

(これは悪い夢)


 そう思ってやりすごす。


「カナタ、私を守ってね」


 護符アミュレットだというネックレスに触れ、翠玉の瞳あのひとを思う。


 私を尊重して見守ってくれている優しい緑で上書きして。


 宵闇よいやみに、飲み込まれないように。



 ・・・・・・



 金の闇からの通信回数コンタクトも頻回になり、ろくに眠れなくなって数日経つ。


 体力的には辛いが、

 明日にはミズキさんとの約束の日がくるのだ。


(最悪なコンディションだけど、明日が来るのは楽しみ……だな)


 私はリビングから繋がるテラスに足を運ぶ。

 湯上がりにほてった肌を冷ますにはちょうどいい。


 空に浮かぶ月は薄い三日月クレセントムーン

 柔らかな光が微かに浮かぶ。


 最上階のテラスから見る夜空はとても美しい。

 私の好きな場所の一つだ。


 連日の激務で夜遅くに帰ってくるカナタで、夜もだいぶふけてきているがまだ顔を合わせていない。


 会えなくて寂しいと思うが、取り繕うのも限界だったので今は少しホッとしている。


 テラスのガーデンセットの椅子に腰掛けて、ふっと気を抜いたらまた意識が遠のく。


 細切れの睡眠で夢もうつつの境界も溶ける。


(ああ、また)

(やって来る)

(宵闇の金鷲きんわし



 ・・・・・・・


 緒が切れたように意識を手放した私は

 最近の定番の宵闇に連れてこられたと理解する。


 程なく現れるだろう。

 金色の双眸そうぼうが。


 「翠玉すいぎょくの姫」


 (金鷲。いつもの夢だ)


 「まだ一方通行だね?あなたの意思が届かないね。まあいいか。

 おいおい穴を拡張すれば良いだけだし。

 今日は俺の独白劇モノローグだね。楽しんでもらえるかな? 」


 (一方的に話しかけてくる。今日はいつもより饒舌じょうぜつだ)


 「翠玉すいぎょくの王子様の想いに応えないのは何故なんだい?

 さくっと契りを結べば良いだけなのに」


 相手の様子はわからないが、声の調子からからかい半分で問いかけてきていることはわかる。


 「悪いお兄さんにちょっかいかけられなくなるよぉ?

 御伽噺おとぎばなしのハッピーエンドはすぐそこじゃない」


 「彼にはちょっと同情しちゃうね。

 姫様は無意識でやってるのかな?


 まぁ、俺的には大歓迎だけど?

 横から掻っ攫うかっさらうのは痛快だよね~」


 大層たのしそうに分析してくる金の鷲に不快感しか湧いてこない。


 (私だって、わかってる。はっきりしない自分が悪い。

 だけど、あなたに言われる筋合いはない)


『姫も姫だけど~』、と前置きして

 

「彼は肝心なとこで何故躊躇ためらうのかな? わからないなぁ。

 つがって、自分色に染めてかせでもつけて、つないでおけばいいのに。

 閉じ込めて、蓋をして。

 誰の目も届かないところに隠して仕舞えばいい」


 的確でいて、冷静で冷酷な声音。

 この彼なら躊躇ためらわずにそれができるのだろう。

 

(カナタは、そんなことしない)

(私の意思を尊重してくれる)


 言い返しても、金の鷲には届かない。


 「曖昧あいまいを好む翠玉すいぎょくの姫?あなたを俺のものにしたいな。


 選べないなら選ばなければいい。

 そのまま流されてよ。


 何も考えなくて良いように、染めてあげるよ」 


 金の光が宵闇と混じり合い、私を覆い尽くす。

 夢の中でも窒息しそうな圧を感じる。


 「俺は優しくするよ、姫様?

 翠玉すいぎょくの魔力など、すぐに上書きしてあげる」


 (違う!違う!!

 あなたじゃない)


 「嫌だ!」


 (金鷲。私が望むのは、あなたじゃない)


 今も昔も。かわらない翠玉カナタを。

 どこまでも優しい緑の。


 「…助けて、カナタ」


 かの人を想う。

 私の奥にいるのはずっと、変わらない。


 底冷えする金の闇にまとわりつかれて、意識も絶え絶えになっていたその時、



 ふいに唇に温かいものが触れて

 何かが流れ込んでくる。

 纏わりつく金の闇をはらい、

 淡く光る緑が、私を包み込む。


 木漏れ日の光。柔らかく照らし

 心ごと抱きしめられているような。そんな暖かさ。


 「起きて。…私の玻璃はりの花」


 待ち望んだ声は

 私をうつつに連れ戻す。



 「あーあ、残念.あと少しだったのに。

 今日のところは分が悪いな、幕引きだね」


 消えていく宵闇が残す置き土産。


 「まだ、あなたとの糸は切れていないよ。

 翠玉すいぎょくの姫、またね」


 金鷲は不穏に微笑む。


 これにて幕間ーーーーー

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