21話 ミズキに会いにいくリュートの話1


 淡い水色を基調としたインテリアでまとめられた、高貴な女性らしい部屋。


 品良く可愛らしいインテリアの中に、ちょっと異質なものも混じっているが、基本的には高位貴族の姫君のお部屋に違いはない。


 薄いレースを層にした天蓋てんがい付きのベッドの中で身を横たえているのは、

 薄桃色の長い髪に、青黄玉ブルートパーズの瞳をもつ、

 透けてしまいそうに儚げな雰囲気の美少女だ。


 歳のころは16、7といったところで


 その顔色は透けるように白く、華奢な様子が

 深窓の令嬢という言葉がしっくりくる。


 ちょっと異質なもの…とは、令嬢が大切に集めているマスコットたちで。


 彼女のコレクションの奥から、淡い紫色に発光し、魔法陣が浮かび上がる。


 そして。

 その魔法陣の中から1人の男性が姿を現した。


 銀色の長い髪を緩くまとめた、紫水晶アメジストの瞳を持つ優雅な青年、リュートだった。


「やぁ!具合はどうだい。ミズキ」


「ご機嫌よう、リュート殿下。今日はとても調子がいいのに、お父様ったらベッドから出てはならないというのよ?


 お役目があったばかりだからと。

 こんな姿で出迎えてごめんなさいね」


 ベッドから身を起こすのは、ミズキと呼ばれた少女で、リュートの婚約者だ。


「いいんだよ~、きにしないで?僕といる時くらいは気楽に過ごしてほしいし~

 2人の時は昔のままでいいって。」


 ミズキの肩にストールをかけながらリュートはおどけた口調で笑いかけた。


「ありがとう存じます。あなたが今日いらっしゃるのはわかっていたの。

 なのに支度もせずうっかり寝いってしまって。恥ずかしいわ…」


 寝癖を治すように髪を手櫛で整えながら、ミズキは恐縮する。


「大丈夫。どんなミズキも可愛いから。

 寝癖だってチャームポイントだよ」


 ミズキの髪を一房手に取りその手触りを楽しんでからキスをおとした。


「もう、リュートったら」


 慣れたやり取りなのか、ミズキは照れることもなく微笑む。

 一緒に髪飾りを選んでいたハナキの新鮮な反応を思い出し、リュートは思わず笑みが溢れた。


「あ、これお土産だよ~街で見つけたんだ。

 ミズキ、これ集めてるやつでしょ」


 ポケットから小さい包みを取り出し、ミズキに渡す。


「!!」


 包みの中身を見ると、ミズキは輝く様な笑顔でありがとう!と笑う.本当に嬉しそうに。


「僕にはよくわからないけど…好きだよね、君」

 視線を逸らしながら、少々ゲンナリしつつ呟く。


「なんてこと!!この臓物シリーズの可愛さがわからないなんて、がっかりだわリュート。


 淑やかな令嬢のミズキが、

その『臓物シリーズ』への愛を語る時の早口かつ声量を上げる熱量が、リュートには理解できない。


 できないが…好きなものを語る彼女を見るのは面白いし可愛いので、行く先々で見つけたら買ってしまう。


 このマスコットもハナキと初めて出会った日に

 立ち寄った小間物店で見つけた地域限定品だった。


「ああ、なんて可愛らしいんでしょう。この垂れた臓物に死んだ魚の目がついているのよ!?

 海の街だからかしら、気が利いてるわ」


 くるくる踊り出しそうな勢いでミズキは語る…


「そうかい、喜んでもらえて良かったよ」


 着々と増えていくマスコットの中に、リュートの転移陣ゲートは隠してあった。


 この部屋に来る時はいつもおどろおどろしい…

 ミズキ曰く『キモ可愛いグッズ』たちにお迎えされるのはちょっといただけないが、


 おかげで家人にうるさく言われることもないからいいといえば、いい。


 手順を踏んで会いにきたら、なかなか面倒くさいし時間もかかるので2人の秘密の転移陣ゲートなんてものを持ち、

 手紙のやり取りや、時にリュートが会いにきたりしていた。


 転移陣ゲートは魔術具の一つで、それ自体は小さいものなので、リュートは旅などの何日も家を空ける時は拠点に持ち込む様にしていた。


 ハナキへの服の貸し出しもこのゲートを使ってやり取りしたのだ。


 ミズキとリュートの登録で2人しか使えないので密談にも適している。


 ミズキは聡明で、信用がおける婚約者なので色々な片棒を担いでもらっていることもある。


 リュートにとって優秀で大切なパートナーだった。



「こないだはありがとうね。服、助かったよ~。カナタは怖かったけどぉ」


「いいえ、お役に立てたならよかったわ。

 イグニード様、そんなに怒っていらしたの…?悪いことしたかしら…」


「いやいや、ミズキに感謝していたよ?

 でも彼今すごく拗らせているから大変なの」


「拗らせている…」


「そうそう。拾った猫ちゃんが可愛すぎてたまらなくてね。

こないだなんて心配が過ぎて、

どえらい首輪つけちゃった」


「どえらい首輪、ですか?」

 思わず神妙な面持ちになる。


 リュートはヒソヒソとミズキに耳打ちすると、ミズキの顔が次第に真っ赤になっていく。


「それは……由々しき問題では?」


「だよねぇ~。カナタは確信犯だし、彼女には表面的なことしか言えなかったよね…

 ほんと、怖い男に目をつけられたもんだよ.あの子も」


 カナタにはそれができる実行力しゅうねん経済力おかねがあるから、太刀打ちできない。


「愛の重さに耐えきれなくならないかしら…」


 リュートは案外頑丈そうだよ、あの猫ちゃん。と肩をすくめた。


「それでさあ、こないだの手紙にも書いたんだけどさ、その猫ちゃん、君に似てるんだよ。


 ……似てるどころか、ミズキの格好をした彼女は、君にしか見えなかったよ。」


「そう……ですか」


「他人の空似ってレベルじゃないよ。

 こんな偶然って、あるんだろうか??

 ミズキ、君は一人娘だったよね?」


 いつになく真面目なリュートの目をまっすぐに見返す。

 ミズキは神妙な面持ちで、ええ、と肯定する。


「対外的にはそういうことになっているわ。

 お父様もお母様も私にはなにも言わないもの。


 けれどね、あなたから手紙をもらってから『夢』を見たの」


「夢?」


 リュートの言葉に頷き、ミズキは続ける。


「健康そうな、弾ける笑顔を浮かべる元気な女の子

 よく笑って、よく食べて、怒って、恥じらって…感情表現が豊かな子


 私のワンピースを着ていたわね。


 鏡の中の私だけど、私じゃない。

 私がなりたかった姿なのかしら

 そんなふうにも思ったわ。


 それが、もしかしたらあの子がその『猫ちゃん』なのかしら」


 夢の彼女を語る目は優しく、どこか懐かしむようなミズキの横顔はとても綺麗で。

 リュートも優しい気持ちに満たされていく。


「多分そうかも。ミズキの夢は当たるからなぁ。

 ねえミズキ、会ってみたい?彼女に」


 少し考えを巡らせてから、ミズキは口を開く。


「ええ、そうね。彼女が望んでくれるなら。会ってみたい。

そして、確かめたいわ」


 小さい時から感じていた漠然とした寂しさの正体を、

 欠けた何かを見つけられるかも知れない。そんな予感にミズキは胸を躍らせた。


「君の体調もあるし、無理はさせられないよねぇ。近いうちに合わせられるよに調整するね。


 この部屋に連れて来るわけに行かないから、ミズキに転移陣ゲートを渡ってもらう事になるけど…」


「そうよね、大丈夫。しっかり持つように管理するわ。

 ありがとう、リュート。いつも心配かけてごめんなさい」


 肩のストールをキュッと握り締め、ミズキは儚く微笑んだ。

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