18話 (ややR15)紙一重の先の闇。私の知らないカナタの激情


「うーーん、結局カナタには会わなかったな。仕事長引いているのかな」


 自分のベッドに腰掛けて、私は今日1日の心地良い疲れを感じながら呟いた。


「なんだかんだで楽しかった…。」


 格好が変わったからか

 周りの私への対応の違いにも驚いたし。


 特にトラブルなく過ごせたのはありがたかった。


(リュートのエスコートはスマートで、私を飽きさせず楽しませてくれたよね)


 新鮮で楽しかった、けど。


 ……なにか足りない。


「…カナタ」


 少しでも似た人を目で追いかけて、落胆する。

 無意識で。

 翠玉カナタを探してしまっていた。


「カナタ、遅いなぁ。もう日が落ちるよ」


 窓の外に見えるのは、黄昏色に染まった空。


「どうして私なんだろう?」


 あんなに執拗に追いかけて、ごり押しで脅して。

 表面的な理由しか語らないカナタに、モヤモヤとしてしまう。


「わからないけど…」


 その時、性急な足音が私の部屋に近づいてくる。

(カナタかな?)


 バタンと大きな音を立てて、やや乱暴に開け放つのは思った通りの人ではあった。


 いつも物腰は丁寧なのに、ずいぶん荒々しいな、何かあったのかな…?


「…ハナ」


「わあっ、びっくりした!カナタ遅かったね、お帰りなさ…」


 いうなりカナタは無表情のまま、足早に私に近づいてくる。


「ちょっ…カナタ!?」


 どさっ!


「何…?」

 私は有無を言わさずに押し倒され、柔らかなベッドに背中を埋めた。


 吐息がかかる距離に端正な顔があり、

 翠玉エメラルドの瞳は仄暗く輝き、表情が抜け落ちたようで。



 私の知っているカナタとは別人の様に感じた。


 両手首をがっちり押さえられ、組み敷かれた身体は動くことも許されず。本気の男の力に支配されていた。



「カナタ…?」


「ただいま、ハナ。よかった…ここに居た」


 にっこり微笑むカナタだが、どこか危うい空気を醸し出していた。



「え…うん。なかなかカナタに会えなかったから、先に戻ってようかって、リュートが」


 異様な雰囲気に、危ないと警鐘がなり響き私の口元も強張る。


 リュートは私を部屋に送り届けたあと

 野暮用があるからと姿を消した。


 このフロア内は防護の魔道具で守られているから逃げ出すことも叶わないし。


 いままで大人しく自室で待っていたというわけで。



「リュート?…ああ、あなたはリュート君の言うことは素直に聞くんだね?


 私のことは…私からは…あんなに必死に逃げようとするのに」


 ぐっと眉間に皺を寄せるカナタ。

 私を見つめる翠玉が悲しげに揺れる。


「どうしたの…痛いよ、何だか」


(カナタの様子が変。なんだろう、怖い…)


「今日はリュート君と一緒だったから、逃げる気は起きなかったの?」


「違うよ、そうじゃない。

 リュートと一緒にカナタを待ってた!

 そんなふうに思ってないよ、本当に」


 カナタの姿が逆光に遮られ、灯りに透ける前髪がキラキラ輝くのが、綺麗で逆に恐ろしく感じた。


「そうですか」


 仄暗く、激情をたたえた瞳が真っ直ぐに私を捕まえる。

 危険を孕んだ色気に背筋が冷えていく。


「いっそのこと、あなたの手足の自由を奪って、誰にも

 見せないで閉じ込められたら…

 私はやっと安心できるんだろうか?」


 ギリっ、と私の手首を押さえつける手に力が入る。


「…っ」

 痛苦しさに顔を顰める私。 


「あなたのこの髪の一房さえ、誰にも触れさせたくないって思う私は、

 とっくに壊れているのかもしれないね」


 視線を彷徨さまよわせ、独白するようにカナタ。


「カナタ…そうまでして私を捕らえておくのはどうしてなの?」


 ちょっと…じゃなく常軌を逸した執着の

 理由を知りたい。


「…あなたは、本当に忘れてしまったの?大切な思い出、宝のような時間を覚えているのは私ばかり?」


(覚えている…?一体何を…)


 一瞬、浮かんだのはあの夢の光景。

 緑の溢れる森の教会。


 ハナキ(夢…??)


 カナタの顔が、切なそうに翳りを見せ、その光を無くした翠玉エメラルドの瞳が潤んで揺れる。


 そんな切実な姿に、ぎゅっと胸が締め付けられた。


「…あなたを捕まえておく理由?

 そんなに知りたいですか?」


 意味深に唇だけ笑みを作る。

 組み敷いた私に徐々に重さを与える。


「その目も、髪も、柔らかく甘やかな身体も、愛らしい唇から、こぼれる声も。


 今も昔も、あなたの全部が可愛い。

 だが同じくらい……憎らしい」


「…!?」


(びっくりしすぎて、声が出ない…)


「私にも教えて。ハナのイイトコ。

 こうやって組み敷いて、泣いて嫌がるあなたをたっぷり、優しく責め立てて」


 まぶたに、耳に、首筋に、鎖骨に、

 小さく口付けを落としていく。


 カナタの唇は

 仄暗く小さな火種を全身にまいていく。


(この人は、だれ?)

 器はカナタなのに、別人のようで。


 ……怖い。


「いずれいやとも言えないくらい、快楽に飲み込まれ

 意識は法悦ほうえつの高みで散る…」


「……その時だけはきっと、あなたは私の事だけでいっぱいになる」


「ああ、いいね。すごくいい」


「時間をかけて…かけて…境界が曖昧になるくらいぐずぐずに溶かして、


 まだ青い蕾をこじ開けて、私で染め上げてしまうのもいいですね。

 ああ…それは大層幸せかもしれない」



「やめて…カナタ、大声出すよ」


「出せばいい。その前に唇をふさがせて貰いますが。

 それにこの階にはこちらから呼ばない限り人は来ませんよ」


 表情の抜け落ちた顔はただ、作り物のように美しいが


 カナタの匂いが、重みが、獰猛どうもうな雄を感じさせるのに十分で

 経験の薄い私には、ただただ恐怖でしかなかった。


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